亡都の行商人
@syukatoru
第1話
いつだったろうか。
この街が、まだ光に満ちていたのは。
いまや帝都は、中央教会の兵と機械仕掛けの騎士団に食い物にされている。
昼間は異端狩り、と言う名ばかりの粛清が行われ、見つかりなんかすれば最後。
名を呼ばれるより早くどこかへと連れ去られるか、面白半分に殴り殺されるか、はたまた騎士団の的代わりになるか…。
乾いて黒くなった血となんのか分かりもしない液体が染みて、石畳はひび割れている。
だから俺も含め、帝都の人々は夜を待つ。
か細い月灯りと雲が視界を曇らせるそのときだけ、追う眼がゆるみ、足音は夜闇に隠れる。
誰もが息をひそめ、骨灯火を胸に抱えて、食べ物や飲水を探して、廃墟の影を渡ってゆく。
それが、この帝都に残された唯一の自由。
でも初戦夜は、脆く儚い。
──────
夕暮れ時、俺は狭く汚らしい路地にある、瓦礫を積み上げて作った質素な壁に身を寄せている。
といっても、この瓦礫がもともと丈夫に作られた壁材だったとは限らないし、俺だってここが安全な場所だとは思っていない。
潜伏場所と言えば聞こえはいいが、変な隙間だらけの我楽多山だ。
いくばくかは囲まれているとはいえ、もちろん安全だ、なんて思っちゃいない。
中央教会の騎士団に見つかりでもしたらそれこそお終いだ。
まぁ、もっとも、彼奴らもこんな建物の奥までわざわざ踏み入ってくるほど暇ではないだろうが。
「…さみぃな」
最後の骨灯火に火を灯す。
誰のとも分からない骨をくり抜いて詰めただけの蝋燭もどき。無いよりはまし、とはこの事だろうか。
匂いは凄いし光も長つ持つわけではない。
なんせ蝋なんてものはもう奴隷同然の帝都人間では貴重品。
だから、死体の血や体液を布に染み込ませて骨の中に詰める『骨灯火』が主流となりつつある。
気味が悪い?そりゃそうだ。
でもこの季、誰だって暖を取りたがる上に作るやつは少ない。だから商人の俺にとっては稼ぎになるってんだ。
……いや、俺だって気味が悪い。
筋肉のあいだをのたまう白い蛆、目当ての骨に絡みついているよく分からない神経のような物やくり抜いて空洞にする時に出てくる謎の汁とか…想像だけでゾワッとする。
出来れば死体なんて触りたくもないもんだ。
「……」
俺は火を見つめる。
だが、火の揺らぎを見たところで落ち着けるものではない。
火は綺麗なはずなのに、どうも火材が悪い。
「…………クソッタレが」
がしゃん、と音が鳴る背負い箱を背負いそっと辺りを見回してから外に出た。
腰にかけたありったけの硬貨が入った袋が音を立てる。
誰もいないことを確認したら、ボロボロになったフードを被って暗闇に紛れながら歩き出した。
「商売の時間だ」
──────
冬の空気は澄んでいる、とか言うがあれ絶対そんなことないと断言出来るほどこの帝都の空気は澱みまくっている。
寒い。それに何か汚い。
まぁ灰、鉄破片、血錆、荒らすだけ荒れて死体も腐敗するような街で空気が澄んでいたらそれはそれで嫌か…。
なんて考えてもいられないのでそのまま前へと向き直った。
焼けて骨組みしか残らない家屋、酸化しすぎて分からなかったが血で染まった壁、砕けた武器が転がり、腐りかけた人の死体もちらほら。
歩く度にザリ、ザリと石畳に有るまじき音が響き渡るのももう慣れてしまった。
てかここ、本当に昔は栄えてたんだろうな…。
石造りの家に挟まれた通路には骨組みやレンガの残骸が転がっていて歩くのに苦労する。そんな時だった。
蚊の鳴く声のようなものが聞こえた気がして立ち止まった。
「───ぁ……商人さん」
その声は、すぐ傍らから聞こえた。振り向く前に肩を掴まれてびっくりしてしまうが、小さく細い手ですぐ子供だとわかった。
子供はゆっくりとこちらに近寄ってきて、顔を覗き込んでくる。
ここら辺じゃ珍しくもない、痩せた身体つきの少年だ。
多少怯んだが声をかけてみる。
「…なんか用か?」
「商人さん、俺、銃を売って欲しい。」
「……は?」
思わず口をついて出た言葉に少年は悲しそうな顔をして俯いてしまった。
せいぜい干し魚とか、腐米酒とか、薬草とか、その程度ならまだわかる。
しかし少年は確かに「銃」と言ったのだ。
正気じゃない、と思ったのは内緒にしておこう。
だが銃は高価な代物だ。
しかも買い口など限られていて俺みたいな歩く闇市でしか売られることは無い。
でも品物も生活必需品も枯渇しているこの帝都人達に向けてなのだから、もちろん法外な値段が付いていて、それはもちろん俺も例外じゃない。
「…お金ならある。」
そう言って差し出されたのは、銅貨12枚と銀貨3枚、それから大金貨が1枚と小金貨3枚。
いやそれでもかなり足りないが、そこそこあると思う。
かき集めたんだろうか、何にしてもすごいことだと思う。
「……銃なんて使ってどうする。音は出るしなんせあっちは戦場をくぐってきた騎士団だ。勝てるわけないだろ」
「僕もそう思う」
「ならなんで」
少年は答えない。
だがその目は真剣そのものだ。
ただの御巫山戯では無さそうだとも思える。
…御巫山戯であって欲しかった。
……こんな目は、嫌いだ。変に澄んでいる目が。いやでも思い起こさせてしまう。あの日のことを。
「……一丁、持ってきてくれればそれで良い」
「ダメだ」
「頼むよ!!」
少年は叫ぶ。
俺は思わず後退りしてしまった。
まるで何かに取り憑かれているようなその表情に恐れすら感じてしまったからだ。
そして、その少年の瞳の奥にある確固たる決意に、つい圧されてしまっていた。
「……分かった。」
「…!」
重たい背負い箱を降ろし、その中身を開く。そこには様々な道具が雑多に詰め込まれており、手前の骨灯火をどかして一本の筒を取り出した。煤けた金の銃身をもつ銃。
所々煤けてはいるが手入れは行き届いているので撃とうと思えば撃てる代物だろう。
「あり、がとう…。お兄さん」
その言葉に胸がざわめく。
なんだか、あまり良くない物を見た時の様な、終わりを悟った様な。
「まて。商品説明だ……良く聞けよ。」
少し手の小さい子供には重たい銃を見せる。
「これは隣銃。本来なら銅と木で作られるやつなんだろうが…骨で作った即席だ。まぁ性能は変わらない。」
今から、この子供は人を撃つのだろうか。まだあどけの足らない子供が。
「連射は遅めだが5発まで。それから…打てば勿論反動も音もする。」
死んだ人の骨を使った銃でまた人を殺すのだろうか。
一通り説明し終えて、少年に銃を渡した。
小さくて細い体に銃の重みが伝わっただろう。 怯えと諦めしかなかった彼の目には、何故だか光が宿っているようにも見えた。
…気味が悪い
「……」
「ありがとう、お兄さん。」
「あぁ。」
そう呟くと、隣銃と一緒に駆けて行った。
消えそうな骨灯火とか細い月灯りに映る少年の背中が見えなくなるまで、背中を見送った。
「気を付けろよ。」
思わずつぶやくも、返す声があるはずも無く消えていく。
──────
重たい背負い箱の紐を肩に掛ける。
骨灯火は捨てた。新しく火をつけると、少しは明るくなった。
背負い箱に骨灯火を目印に客は良くやってくる。虫に群がる魚みたいに。
だから金に困ってはいない。
でもその硬貨も命と復讐の可視化にすぎない
けど、どうだって良かった。
『皆、銃を握れ』
あの子供の背中が目に焼き付いて離れなかった。
夜は、長い
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