2-10.自らの手で発売中止に追い込んでしまった、哀れな男の物語? 後編
「···ん?なんだこれ?」
今日はスケスケ出版社という会社にスタイアとベクトさんと一緒に税務調査に来ていた。オレとしては年末に発売されるヌード肖像画集の予約に来たんだが、スタイアによって今は阻止されている状況だ。いや、スタイアから直接言われてないけどな。
そしてお手洗いを借りて手を洗おうと洗面所に行くと、ふと目の前の鏡が気になった。
「虫···?なんで鏡と壁の隙間から···?まさか···?」
その鏡は上と下に引っ掛けがあって、左にスライドして取り外しが簡単にできる作りのようだった。
いったんオレはお手洗いの外の通路を確認した。誰もいないからちょっとの間だけは問題なさそうだな。再びオレはその鏡の前に立ち、鏡をスライドしてみると···!?
「マジかよ···?隠し通路じゃねえか!?」
そう、鏡の裏には隠し通路があり、その奥には扉が2つあった!一方は会議室側の壁に、もう一方は···、どこにつながっているのかは不明だ。
とりあえずオレは鏡の裏に入り、裏側から鏡を閉めた。ご丁寧に鏡の裏には取っ手がついてたぞ。
そしてオレは会議室側の扉を開けた!
「えっ!?署長!どこから入ってきたんすか!?」
「そんなところに扉が?こちら側からだとただの壁でしたのに···」
「マジでここにつながってたのかよ···」
予想通り、オレは会議室に戻ってきていた。そう、この扉は隠し通路側から開ける仕様になっており、会議室側にドアノブがないのだ。だからタダの壁としか見えなかったんだよな。
怪しい!完全に怪しいぞ!
「なるほど。男子トイレの鏡からここにつながる通路ともう一つの扉ですか···。よく署長は見つけましたね。ところで、手はちゃんと洗ったんですよね?」
「···あ、当たり前だろうが!?話そらすな!!」
「ちょいとヤバいニオイがプンプンするっすね···。帳簿上ではなにも不審な点はないんすけどね···」
「おそらく帳簿は偽装工作だろう。となると、もう一つの扉の奥には···」
「裏帳簿っすね···。隠し現金もあるかもしれないっす」
「だな。この隠し通路の扉は今は物を挟んで開けたままにしてるが、誰か来るとやっかいだ。どうする?」
「じゃあ、おれっちが行ってくるっす!」
「何があるかわからんぞ?どれぐらいかかりそうだ?」
「大丈夫っすよ!おれっちならワナ程度なら回避できるっす!1時間は欲しいっすね」
「そうか···。じゃあ頼む。オレはもうちょっとしたら社長と事務所で話して気づかれないようにしておくよ。スタイアはここで待機だ。だれか来たらトイレに行ってるとか適当にごまかせ」
「了解しました」
こうして3人担当を手分けすることになった。さすがに社長と1時間も長話はできんだろうからな。ちょっとしてから
30分が経過した。ベクトさんはまだ戻ってこない。
「そんじゃあ、そろそろ時間稼ぎしてくるわ。スタイア、あとは任せた」
「はい」
そしてオレは事務所にやって来た。
「すいませ~ん。社長さんはお手すきですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「先ほどは申し遅れました。オレはコウと言います。税務署長をやっております」
「これはこれは!大変失礼いたしました。ごあいさつがなかったので、てっきり署員の方かと思ってましたよ」
「こちらこそ大変失礼しました。思っていた以上に大きな出版社でして、その大きさに驚いていたものですから」
「ははは!そう言っていただけると嬉しいですね~。私どもは『誠実な商売』をモットーに創業時からやっておりまして、読者の皆さまの応援のおかげで少しずつ成長させていただき、今やこの規模になることができたのですよ」
「大変すばらしい心がけですね!私も税務署長なんてやってますと、商売をやってる方の中でここまで高潔な考えをされてる経営者はまず見かけないですね。どこも利益至上主義なところばかりで、
「確かに利益は大事です。社員を満足に食べさせてあげるというのが経営者としての基本ですからね。しかし、商売というのは1回だけのお付き合いでは成り立ちません。『今が良ければあとはどうでもいい』という考えは確実に破滅してしまいます。ですので、誠実に仕事をしてファンを増やす。時間は非常にかかってしまいますが、そうすることで我が社自体がブランド化して安定した利益と成長ができる。私はそう信じて今までやってきましたからね」
「ほかの会社の経営者に聞かせたい言葉ですね~!」
「ははは!ありがとうございます。まぁ、順風満帆ではなかったですけどね。もちろん、つらい日々もありましたよ。私自身、食を切り詰めて命の危険もあった時期がありました。しかし、ファンの皆さまが助けてくださいました。その苦労が今は報われたかな?と思ってますね」
「そのあたりは難しいですよね。『引き際が大事』って言いますが、経営においてどこが引き際なんてわかんないですからね」
「おっしゃるとおりです。言葉は正しいのですが、その引き際というのは結果論でしかありません。もしかしたら、そのままだったらもっと利益が出たかも?なんて思うことなんてざらですよ」
「ですよね~!そういえば御社は新聞にも広告出されてますね~。今日の朝刊にもありましたし」
「あぁ!あの画集ですね!だいぶ先の発売にもかかわらず、おかげさまで予約が非常に多いんですよ~。ただ、予約数が多すぎるとうちとしての生産部数を超えそうになりそうなので、近日中に予約を締めきろうかと思ってるぐらいでして···」
「えっ!?そんなにもですか!?オレも予約しようと思ってたんですよ!」
「そうでしたか!でしたら今この場で予約なさいますか?」
「ぜひ!お願いします!」
「ははは!承知いたしました。では予約用紙をお持ちしますね!」
やったーーー!!話の流れでヌード肖像画集を予約できたどーー!スタイアもいないし、ラッキーだったなぁ~。
「お待たせいたしました。こちらに必要事項を記入していただけますか?」
「もちろん!あの~、部数制限ってあります?」
「申し訳ないのですが、1人1冊とさせていただいております。予想以上の反響なものですから」
「ですよね~!複数買えたら『見る用』、『飾る用』、『保存用』って買ってしまう性分でして···」
「それは面白い考えですね。今後の出版に際して参考にさせていただきますよ。いやぁ、こんなにお話が合う方とは思いませんでしたな~」
「そう言っていただけるとありがたいですね。オレは気軽に相談とかできる税務署を目指してますから!」
こんなやり取りをしつつ、話が大盛り上がりになってしまって想定外に時間稼ぎができてしまったんだ。
そうしてベクトさんと約束していた1時間を30分超えて、オレとエーロ社長は会議室に戻ってきた。
そこにはベクトさんが隠し部屋で発見した裏帳簿が置いてあった!隠し通路の扉も開け放たれたままで···。
「なっ!?これはどういうことだ!?」
「ベクトさん。もう大丈夫です?」
「もちろんっす!さて社長さん?これ何すか?」
「貴様!あの部屋に入ったのだな!?」
「はい。帳簿にない現金が、カギのかかってない隠し金庫にたんまりとあったっすね。裏帳簿も全部精査したっす。うまく隠してたからって、カギかけないのはよくないっすよ?」
「所得隠しによる売上税の脱税を確認しました。税法上遡れる5年前からの追徴課税として82億3800万ジールですね」
「クソッ!こんなところで終わるわけにはいかんのだぁ!死ねぇ!!」
社長が懐からナイフを取り出してベクトさんに襲い掛かった!そうはさせんぞ!
「水鉄砲!」
「ぐわっ!?」
オレは水鉄砲で右手を撃った!落としたナイフはすぐにスタイアが回収した。そしてオレはエーロ社長の後頭部を水鉄砲で撃って気絶させた。
「やっちまった···」
「何をやってしまったんですか?これはとんでもないものを発見してしまいましたけどね」
「思ってたよりもヤバイっすよ···?これ、どうするんすか···?」
結局社長は逮捕。隠し財産は全額没収し、足りない分は出版社の魔道具や建物を差し押さえることで賄ったが、それでも不足していたので社長がこれから獄中で稼ぐことになったのだった。
スケスケ出版社は倒産してしまい、オレが欲しかったヌード肖像画は自らの手で発売中止に追い込んでしまったのだった···。
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