2-3.コウ、初めてスラム街に入る

 休日の翌日、オレはスタイアと一緒にスラム街へ出かけた。


 先日税務署うちにやって来た強盗の組員から、アジトの場所も聞き出してるんでな。今日はちょっとしたあいさつをしに行こうと考えて来たんだよ。



「署長もずいぶん大胆になりましたね。出会った当初からは考えられませんよ」


「そりゃ、魔獣と命賭けて戦ったりしたからな···。あれに比べたら···」


「ですが、スラム街は魔獣とは別種の恐ろしさがあります。油断しないで下さい」


「だから貴重品は全部署長室に置いてきたって!今のオレは丸腰だ」


「丸腰の相手がやって来るなんて、向こうも思いもしないでしょうね」


「そういうスタイアはムチは置いてきただろうな?」


「置いてきましたよ。今日はあいさつだけですよね?拷問なら喜んで持っていきますが?」


「···お前、先日のアレが気に入ったな?」


「心外ですね?ああいう手段・・もあると新たに知識を得たと言って下さい」


「へいへい。そんじゃあ乗り込みますか!」



 スラム街···。元の世界でも見かけることもあったが、世界が変わっても存在していた。


 高失業率で、その日を生きるのでも精一杯という極貧の人々が集まってできた無法地帯だ。犯罪率も非常に高く、さらには衛生環境が劣悪で感染症が発生したりもする場所だ。


 たった1本道を挟んだだけで雰囲気がガラリと変わる。雰囲気だけでここから先は危険だという警鐘がオレの心で鳴り響く。


 普段なら近づくことすら危ういので来ない場所ではあるが、今回はここが目的地だ。オレとスタイアは堂々と中に入った。



「···おい。ここはの連中が安易に入っていい場所じゃねえぞ?悪い事は言わん。すぐに出て行け」



 入っていきなり建物の前に酒瓶片手に座り込んでいたおっさんに注意された。


 そう、オレみたいな連中が中に入るのを極端に嫌う。異物は排除されてしまうのだ。警告してくれたのはこのおっさんの優しさだな。



「忠告ありがとな。だが今日はこの中に用事があるんだ。平穏を脅かしたりする気は毛頭ないし、用事が終わったらとっとと出ていく。こっちは丸腰だから安心しな」


「けっ!丸腰だと?魔法が使えるんだろうが?」


「うっ···!」


「···まぁいい。丸腰でこんな場所にやって来る度胸は気に入った。気をつけな。ここはお前さんが思ってる以上にヤバい場所だぞ?マズいと判断したらすぐに逃げろ。いいな?」


「ありがとよ。サイフ置いてきちまったから礼ができねえんだ。悪いな」


「···変わったヤツだな」



 忠告通りスラム街に入ると道が狭く、ゴミが散乱していた。ものすごい悪臭を発している場所もあったな。こんなところに住めるのか···?もしくはもう···。


 道端で寝転んでる人、座り込んでる人、ガラスのない窓から覗く目···。いろんな視線が突き刺さってきた。


 住んでいる人間も様々だ。片腕・片足のない人、目がうつろでなにかヤバいクスリをやってそうな男女、アル中のジジイやババア、目つきが妙にギラギラしてる少年少女···。


 あとは思ってた以上に静かだった···。てっきり襲われるか?と思っていたがそういったものもなく、ただただオレらを見ているだけだった。オレたちが丸腰だから盗めるものもないと思われてるのかもしれんな。



「思ってた印象と違ってるな」


「油断しないで下さい。いつどこから襲われてもおかしくない場所です」


「わかってるさ。さてと···、この建物が『勝ち組』の本拠地ね···」



 ものすごく汚い通りの先にあったのは、かつて立派な建物だったであろう廃墟だった。3階建てで窓ガラスは多少ヒビが入ってるものの、ちゃんとあった。ここだけ多少まともな建物だったので、思いっきり目立ってるな。


 さてと···。入口には見張りが座り込んで、ナイフの手入れをこれ見よがしにしていた。威圧目的でもあるんだろうな。


 その見張りが、オレたちの姿に気づいた。



「···ん?なんだぁ?お前らは?ここらで見ない顔だから、表の人間だな?ここがどういう場所か知って来たのか?」


「ああ。ここは、『勝ち組』の本拠地だろ?オレはコウ。ここを管轄している税務署長だ」


「···へぇ~!そんなお偉い様が丸腰でこんなところに来たのかよ?バッカじゃねえの?目的はなんだ?」


「税務署長として就任したあいさつを、と思ってな。ここに組長がいるんだろ?面会を希望したいんだが、取次いでもらえないか?」


「けっ!お前なんぞに組長が会うわけねえだろうがぁ!おとなしくこのまま帰れ!さもないと···、『ズブッ!』だぞぉ〜!」


「やれやれ···。穏便に面会をお願いしたいんだけどなぁ〜。ちょっと手荒い事しなきゃならなさそうだな」


「テメェ···。やる気か?」


「できればやりたくないんだけど?面会してあいさつしたらすぐに帰るからさ」


「ふざけんなぁ!お望み通りぶっ殺してやる!」



 やっぱそうなるか···。そう簡単に面会させてもらえるわけないか···。


 仕方ない。実力を知ってもらうのも大事だからな。そう思って身構えると···!



「止めな!!」



 建物の中から大声で止めに入られた。双方動きが止まってしまった。


 すると、中から出てきたのは···、猫の獣人の女性だった。



「ヤン。これはどういう騒ぎだい?」


「へ、へぇ!怪しい連中だったので追い返そうとしやした!」


「ふ〜ん。で?あんたらはここになにしに来た?迷って来たわけじゃないよな?」


「ああ。オレはコウ。ここを管轄している税務署長に先日就任したんでな。ここの組長にあいさつをと思ってな」


「へぇ~!アンタ面白いな!今まで税務署長が来たなんてなかったぞ!王国軍や憲兵ですらここには近寄らないってのにな!度胸あるのかタダのバカなのか···」


「酷い言い草だな?組長はいるのか?面会を希望したいんだが?」


「いるぜ?せっかくだし、会っていきな」


「あ!?姉御!?いいんですかい!?」


「ああ。ちゃんと筋通してやがるんだ。だったらこっちも相応の対応をしなきゃ『勝ち組』の名折れだ。ついてきな!」



 どうやら要望通り面会させてもらえるようだ。思ってた以上に順調だな。



「そう言えば名乗ってなかったな。おれはユミってんだ」


「ユミ、よろしくな」


「ホント、お前変わってんなぁ~。普通はスラムに入ったら表の人間はまず無事では帰れないんだぞ?それをわかって来たのか?」


「話は聞いてたけどな。でも、実際に行ってみないとわからんこともある。親切に注意してくれた人もいたな。今のところ・・・・・無事だから、帰りも大丈夫じゃね?」


「無事に帰れると本気で思ってやがるんだな···。まぁ、それはコウが親分とどう話付けるかによると思うぜ?ほら、着いたぞ」



 ユミの案内で建物の中を進んでいった。中は完全に迷路だった。倉庫代わりの木箱で通路が形成されており、いろんなところを経由して階段を上って行ったんだ。これ、木箱を動かして定期的に通路を変えてる可能性あるな。なかなか上手に考えてるじゃないか。


 階段は上るだけじゃなくて下る事もあった。これも侵入した際の精神的トラップだな。最上階にいると思い込んでるから、階段を下りる道になると『道間違えた?』って思って混乱している最中に攻撃したり逃げたりするんだ。元の世界では姫路城がこの作りをしているな。


 さすが王国軍や憲兵が手を出せないわけだ。ここの組長は相当頭がキレる。これはオレも心してかからないとな!

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