第3話 王家の裏切り

 ヘンリックとの茶会から一週間ほど経った日の朝、フォレスター公爵家に王家から緊急議会を開くので至急登城せよとの知らせが舞い込んできた。


 突然の事に公爵は取り急ぎ支度をして出掛けたが、公爵が出掛けた後の屋敷は不安に包まれていた。


 このような事がある場合は通常、筆頭公爵家であるフォレスター家に事前に根回しがあるのに今回はそれが無い。それはありえない事だったし、登城要請は公爵だけで王宮勤めをしていた嫡男のエーヴェルトは屋敷に留め置かれたのだった。


 ローゼリアはこの異常な事態に母と兄と一緒に応接間で父の帰りを待つしかなかった。


 応接間では誰も一言も話さなかったので、侍女が時々淹れてくれるお茶がカップに注がれる音や誰かの僅かな衣擦れの音が分かるくらいに静かだった。


 そんな嫌な時間をしばらく過ごしていると、昼前に公爵は戻ってきた。


「お父様っ!」


 見送った時の公爵は堂々とした出で立ちだったのに、帰ってきた公爵は怪我こそは無いものの、髪も乱れた草臥れた様子で重苦しい空気を纏っていて、ひと目で良くない何かがあったと分かる様子だった。


 尋常ではない父の様子に母も兄もローゼリアも父を囲むように駆け寄る。


 普段は淑女の面を被っているローゼリアだったが、今日ばかりは自分を取り繕う事が出来なかった。


「王家に………裏切られた」


 焦点の定まらない瞳のまま、公爵はそう言って床に膝をついてしまった。


 ローゼリアが父の言葉の意味を考えてるうちに、3歳年上の兄が父と視線を合わせるように跪いて声を掛けた。


「父上、一体何があったのです?」


 ローゼリアの兄エーヴェルトは取り乱すような事は無かったが、眉根を寄せている。


「緊急議会は私への糾弾の場だった。領地の管理を任せていた代官が数年前の干ばつの時に独断で領民に温情をかけていたらしく、国への税の報告を数年間偽って報告をしていたらしい」


「脱税ですか……、それならば我が家は罰金を支払えば済みますね。どの程度の金額だったのですか?」


「金額は大した額では無かったのだが、筆頭公爵家としての在り方について問われた。今後、他の貴族が脱税をしない為にも罪をかなり重くすると……」


「我が派閥の家の者たちは何をしていたのですか?」


「我が派閥の侯爵家と伯爵家はいなかったから緊急議会のことすら知らされていないのかもしれない。低位貴族だけでは何もできないからあいつらは見ているだけだった」


「はっ、あれだけ我が家から恩恵を受けながらこういう時に盾にもならないとは情けない。それでフォレスター家への沙汰は如何様な内容でしたか?」


「我が家は、…領地のほとんどを没収され、………子爵家に降爵となった」


 母親の息を呑む音が聞こえた。


「陛下もそれを認めたというのですか?かつての王弟が興したこの家は、建国以来王家を支えてきたのに、そんな我が家を切るとは……。王国史上、類を見ない愚行ですねっ」


 そう言い捨てて兄は立ち上がると応接間を出て行った。階段を駆け上がる音がしたので、おそらく二階の執務室か自分の部屋へ行ったのだろう。


 ローゼリアは自分がどう動けばいいか分からなかった。人生のほとんどを王妃になるための教育しか受けてこなかったローゼリアは、家が没落した時にどう動けばいいのかなんて教わってこなかった。


 それから半刻ほどして王宮の騎士と文官たちがやってきて、父と共に執務室に籠ったと思ったら、大量の書類を持ち出して出て行ってしまった。


 おそらく余罪を探しているのだろう。エーヴェルトは冷めた表情で「もういらないものなので、いくらでも持って行って構いませんが、何も出てきませんよ」と文官たちに話していた。


 ヘンリックとローゼリアとの婚約もその日のうちに破棄された。


 10年も婚約を結んでいたヘンリックからは何も連絡も無かった。


 国内で最も力を持っていた公爵家の没落により、国内の貴族の勢力図はがらりと変わる。フォレスター家が座っていた席に次に座る貴族と王家が裏で手を組んでフォレスター家を陥れたのだろう。


 そう分かっていても、ローゼリアに何かが出来るような力は無かった。

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