第3話 私と青年と、デート
その日、私は書斎で執筆をしていた。
基本、無音で作業することが常な私は、昼前に2LDKの玄関の鍵が開けられたことに気付いて、書斎を出ると、ルツが我が物顔でそこにいたが、五月なのに外はもう暑いらしい。薄っすらと彼は汗をかいている。
「あっつー」
「今日、来る予定だったか?」
「え?予定ないと来ちゃダメなの?」
「そんなこと言ってないだろ」
私は、リビング寝室のエアコンのスイッチを入れ、冷房をかけた。
すると、涼しい風が部屋を包むが、一向に身体は冷えてこない。
「こら、」
「先生。好き。今日デートしない?」
「は?」
後ろからルツが私を抱きしめてくる。
いやしかし、デートって……。
いきなり言われても、化粧しなきゃだしさぁ。
「映画のチケット、買ってきたんだ。今日のレイトショーのだからこれからご飯食べに行って、どっかブラブラして、観に行こうよ」
「映画?」
「先生が観たいって言ってた洋画」
くそ!!こいつはよく出来たやつだなぁ!!
ルツが見せてきたのは、マジで私が観たいって頻りにいってた映画のチケットだった……。
はぁ。おばさん、本気出すか。
「ちょっと待ってな」
「え」
「化粧してくる」
私がそう言うと、ルツはにへっと締まりのない顔をした。
「先生、今日一段と綺麗だね」
私がいつもより念入りに化粧をして、一張羅の黒のシフォンワンピースを着てリビングに出てくると、ルツは開口一番そう言った。
「いつもは綺麗じゃないってか」
「いつも綺麗だよ、先生は」
くっそ、こいつに口で勝てる気がしない。
私がどんな悪態を吐いても、さらっと返してくる。
ホントは四十代とかじゃないんだろうか、こいつ。
それか、人生二~三回目。
「でも、今日は一段と綺麗。嬉しい。俺とのデートで気合い入れてくれたんだ」
「うるさい、行くのか、行かないのか」
「行く!!」
やっぱり今日もルツは四十代のようでもあり、子供のようでもあった。
そんなこいつが、私は可愛くて仕方ない。
「いこっか」
「……ああ」
ルツは自分の左手を私の右手に絡め、恋人つなぎにして上機嫌で私の半歩前を行く。
私は、恋人とは縁遠い人生だった。
学生時代も、社会人になっても、小説家として活動し始めてからも。
全くいなかったわけではないけど、こんな上機嫌で私に付き合ってくれた男なんていたのか、と疑問に思う。
もしかして、ルツは私が作った妄想上の人物なのかも、とも思うけど、周囲の女子が私に嫉妬してるから、ルツはきっといるんだろう。
「先生!!かき氷!!」
「はいはい、食べような」
「わーい!!」
私は、こいつを離せそうにない。
いや、こいつの張った糸に絡まれて、四肢を捉えられて逃げ出せないでいるのだ———……。
—第三話 了—
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