3.silent voices
廃墟の中で煙草の灯がともり、オノ・セリナ伍長の手元から白くたなびく煙がのぼった。
「あ、セリナじゃない」
遠くから、大柄の【V】が声をかけた。身体が大きく、薄い灰色に染められた髪が派手な印象を漂わせていた。
ジュリア・ベイカー一等兵は、セリナに大きく手を振った。
「来期から軍曹に昇格するんですって? おめでとう。あと、第一部隊の副長にもなるそうね。ホント、アンタがいれば第一部隊は安泰ね」
「ったく、お前は、噂をつかまえてくんのだけは早えよなあ……」
セリナはため息をついた。
「同じ仲間として嬉しいわ。
――あと、個室もらえるの羨ましい」
ジュリアも煙草に灯を付け、セリナに並んだ。
「――一緒にすんなよ」
ジュリアはセリナに視線を向けた。
「あら、そう? アタシは一緒だと思ってたけど?」
「全然違えだろ。だいたいウチは――」
「生まれ持った身体に、
セリナにかぶせるように、ジュリアは言った。
「――まあ、それはそうだな」
「アタシはそれが我慢できなかった。アンタは我慢している。それだけの差じゃない。だから応援してるのよ。
――アンタとハルカちゃんの恋もね」
セリナは思わず煙草を吹き出した。煙草が地面に落ちて灯が消えた。
「だから、あんまりそういうこと言うなよ」
セリナの顔は真っ赤になっている。
「何よ、恥ずかしがることないじゃない」
ジュリアはにこにこと笑いながら、煙を吐き出した。
「恋する気持ちが募って意中の男の子の部屋に夜這いしちゃうの、サイコーにスケベじゃない? アンタ、自分が思ってるよりよっぽどスケベよ。気をつけなさい」
「――悪かったよ。ウチらは仲間だ」
セリナはばつが悪そうにそう言った。
「いえいえ、謝るには及びませんことよ」
ジュリアも同じ温度で、気取りながら言い返した。
ふたりはしばし、煙草を吸いながら、それぞれ物思いに耽った。
「ジュリア、お前、この先どうすんだよ?」
セリナは唐突に訊いた。
「この先って?」
「ウチら、【V】になったが最後、結局死ぬしかねえじゃねえか。エリカが死んでウチは副長になった。
――あんな化け物みてえな奴が、戦場に出れば時の運であっけなく死ぬ」
「そうね。エリカの首なんて、アンタだって刎ねたくなかったわよね……」
先の出撃で突然現れた【
――セリナさん、おねがい。
エリカはセリナを呼び、その願いの通りかれはその首を鉈で刎ねられた。
「ほんとに強い【
「今じゃみんな揃って土の中だな……」
「そうね。
――ま、土の中にいれたのは、全部アンタの功績なんでしょうけどね」
セリナの得物は短い鉈で、【竜】の首も【V】の首も刎ねやすかった。どうにもならない仲間の首を刎ねることで【竜】にさせない、ということを無意識にやっていたら、いつしかその介錯をセリナに頼む【V】が増え、結果第一部隊の介錯人のような扱いになってしまった。
「そうそう、この前【
――アタシ、新生第三部隊に異動になっちゃった」
ジュリアはふっ、と鼻で笑いながらそう言った。
「うわ、マジかよ。だって第三部隊って、【
【
同じくして、北欧最大勢力であった【モスクワ詰所】が【
「ねえ、『ジュネーツァ』ってどういう意味?」
どうしても気になって、ジュリアはセリナに訊いた。
「ロシア語で『
「ああ、そういうこと。
――にしても、その仰々しい称号の【
「あ、ああ、たしかにそうだな」
セリナは称号が授けられる条件をいまひとつ知らなかった。ただ、強い【V】にのみ与えられると漠然と思っていたのだ。
「そういえば、アンタこの前ので討伐数九十超えたでしょ。もうすぐ称号つくでしょうから、ちゃんとハルカちゃんに伝えといた方がいいわよ?」
ジュリアは意味ありげに微笑みながらそう言った。
「――そうか。まあ、あいつのことだから、もう称号を用意しているだろうが、一応言ってみるか」
セリナがなんのてらいもなくそう言うのを聞いて、ジュリアは少し羨ましく感じた。
「アタシならそれこそ【
「どうだろうな」
セリナはなんとなく、ハルカがそこまでわかりやすい称号をつけるとは思えなかった。多分、称号を受けるとき、自分はその由来を尋ねることもできず、なぜその称号なのかを延々と考える羽目になるだろう、とセリナは容易に想像がついた。
「それより、お前、第三部隊へ異動って、どうすんだよ、ウチと別の部隊で、やっていけるか?」
セリナは再び煙草に灯をつけながら言った。
「ふふっ、実はアタシ、来期から伍長なの。
――ま、異動と引き換えなんでしょうけどね」
ジュリアは得意そうな顔をした。
「マジかよ」
セリナの顔が引きつる。
「何よ、『おめでとう』くらい言ってくれてもいいじゃない」
ジュリアは頬を膨らませる。
「いや、お前の危なっかしい飛び方でも伍長になるんだな、って思ってさ」
「シツレイね。
――でもまあ、それだってここまで生きてこられたわけじゃない。もちろんアンタがいろいろ助けてくれたこともあったけど、でも、それだけじゃないって、アタシは思うわ」
ジュリアは柔らかく微笑んだ。
「まあ、確かに、最初はなんで第一部隊に配属されたのかすらわからないくらいだったからな……それからしたら十分、マシではあるけどよ……」
配属された時、飛ぶことすら不安定で、得物の
少なくとも、今のジュリアは【竜段2】相手でも怯むことはないし、確実とまでは言わないが討伐は可能であるし、さらにいえばそのような体たらくでもなお、命を落とさないだけの力は身につけていた。
ただ。
セリナは悪い予感がした。それこそ、【
かといって、ジュリアは口には出さないが根は真面目で責任感が強く義理堅いから、下手に何か言えば、それが命取りとなってしまう可能性もある。
それ故に、セリナはジュリアにこれ以上何かをいうことはできなかった。
「まあ、アンタの心配もわかるけどさ、応援してよね! アタシ、最低でも個室は欲しいんだからさ!」
「そうか、軍曹以上だと個室になるんだったな……引っ越しめんどくせえな」
セリナは担当官から言われたことをようやく思い出した。セリナの担当官は指がやたらに長い女で、なんとなく粘着質なところがあってあまり好きではなかった。
「なあ、軍曹以上だと個室になって担当官も専属になるって言うけどよ、そのまま引き継ぎなのか?」
「あー、アンタ、ミネザキ担当官嫌いだもんね」
「いや、嫌いっていうほどじゃねえけどさ。合わないだけだよ」
「ミネザキ担当官は他にもついているから、必ずしもアンタにつくとは限らないけれど、担当官が希望すれば専属になるって噂だわ」
「う、うげえ」
セリナは露骨に嫌そうな顔をした。
「何、アンタ、あの担当官に色目かなんか使われてんの?」
ジュリアはほんの少し、嗤った。
「うーん、わからないけどなんとなく、そんな感じがするというか、やたらに褒めてきたり触ってこようとしたりウザいというか、そんな感じ」
「あーわかった、距離感がニブい子なのね。そりゃ難しいわ。アンタそういうのホントダメよね。
――司令に担当官変えろって言ってみたら?」
「できんのかよそんなの」
「さあ。でも、軍曹に上がるタイミングだったら、言ってみる価値はあるんじゃない? そこから先、相性の悪い担当官が専属じゃやりにくい、って言えば、リー大佐だって無碍にしたりはしないと思うけれど?」
「ああ、まあ、そうか」
セリナは煙を吐いた。
「司令に相談してみようかな」
セリナはゆっくりと、そう言った。
「今しかないと思うわよ。早々になさいな」
「ああ」
ジュリアは煙草の灯を消し、灰皿にそれをしまった。
「アンタはアタシと違って、ちゃんと目的があってここにいるんだから、見失っちゃダメよ。
――決めたんでしょ、ハルカちゃんを見失わないって」
ジュリアは真剣な顔でセリナを見つめた。
「ああ。そうさ、そのためにウチは【V】になった」
セリナはようやく、自分がなにかを見失いかけていたことに気づいた。
「ふふ、応援しているわよ」
ジュリアはそう言って、すたすたと歩いて行ってしまった。
「またね」
「ああ」
セリナは煙草をくゆらせたまま、しばし夜空を見上げた。
月はシェルターの陰に消えようとしており、光が徐々に弱くなっていくところだった。
セリナは煙草の灯を消し、灰皿にそれを入れて、ゆっくりと歩き出した。
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V to Z ひざのうらはやお @hizanourahayao
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