七
第一部隊と第三部隊の全員が【
「哨戒警備している無人機より報告があり、【
リー大佐は大きな身体を震わせ、モニターに表示されたレーダーの一点を指した。
【
【竜段7】という規格はこの【竜】の登場によって設定されたものだ。
【
「大佐、討伐部隊を直ちに編成してください」
サエグサ・ハルカ曹長は手を上げ意見を述べた。
「早まるな。哨戒していた無人機は帰還していない。先程の言葉と矛盾するようだが、この影が【
「ハア? 何を言ってるのよ! その大きさで【
「【零式】は非常に大きいが、素早い個体でもある。仮にこのレーダーが【零式】だとしても、別の方向から襲来する可能性だってある! そうなったら【
大佐がふたりを一喝する。
「ここでは第三部隊を出撃させ、第一部隊は【詰所】の守備へ温存する」
大佐の決定に、エレナは深くうなずいた。
「安心して。私たちは【
エレナは挑発するようにハルカを見つめた。
「ペトローヴナ曹長、お言葉ですが、その【
ハルカは静かな怒りを表明した。セリナはたまらずオリガを見た。オリガは素知らぬ顔をしている。
「ふん、せいぜい吠えるがいいわ。どうせ次は勝ってみせるから、覚えておきなさい!」
エレナは大して気分を害することもなく、副長のオリガを連れて司令室を出た。
セリナは昨日のオリガの態度がどうにも気になって仕方がなかった。
十五対一。
昨日、セリナは初めてオリガに有効打を与えた。オリガの
「やっと勝ってくれたね」
オリガはセリナが勝つことをなぜか確信していた。オリガの体温が伝わる。少しだけ冷たい。セリナはめまいを覚えた。オリガが手当たり次第に女たちを抱く理由もわかるような気がした。きっとかれはそうしないと死んでしまうくらいに寂しいのだ。
「今日君に勝ってもらわないと困るんだ」
オリガは耳元で囁く。
「多分、僕はもうすぐ死ぬ」
「まさか」
「おそらく」
「やめろ。身体を遺して死ねば、【竜】になるぞ」
軍事的に隠されていることだが、戦友を喪った者であればだれもが知っているし、【V】であればいつかは直面することであった。
「僕はかつて、【
オリガの寂しさが徐々に、セリナに染み渡ってくる。
「でも、それは何かの間違いで僕が死んだとき、僕も【
セリナは、思わずオリガを抱きしめ返した。ああ、こうしてオリガは女たちを沼に引きずり込むのだ、とセリナは気づいた。けれど自分が沈みきらないのは、セリナもどこかで同じようなものを持っているからだと、同じく気づいてしまった。
「あんたって、実はウチの身体好きだよね」
「気づいてたんだ。――ああ、好きだよ。本当に好きだ。抱かせて欲しいくらいね」
「やっぱり」
ハルカはそうではなかった。自分の悲しみがオリガと根本的に異なるのもわかっていた。自分の中にあいた穴を満たすことは、きっともう許されないのだ。セリナはぎゅっと身体を縮めた。
「お願いだ。もし僕が死んだら、エレナとサエグサと共に、僕を殺してくれ。――他の誰かを殺す前に。僕は、できれば君に殺されたい。【
「その称号使うの、あんたとハルカくらいだよ」
オリガは【
「エレナと僕では指向が違う。エレナは僕のことが好きだけれど、僕はそうでもない。それに、どうせ僕は身体しか愛せない」
セリナはオリガをふりほどき、その目を見つめた。紫の斑のない瞳に、セリナの悲しげな顔が映っている。
「明日にでも、この近くで【
「彼女って、【
その問いにオリガは答えなかった。けれど、答えたも同然であった。
オリガは実戦経験があった。結果として討伐には失敗し、【旧モスクワ防衛統括本部】は壊滅、オリガとエレナ以外に戦力となる【V】は生き残っていなかった。かろうじて生き残ったふたりは、【
「なあ、オリガ」
「なんだい?」
「本当にあんたが死んで【竜】になったとしてもさ、多分【
セリナの疑問は、オリガにある事実を示すことになった。
「いや――彼女は、おそらく【V】じゃない」
「最初から【竜】だったってこと?」
「違う、そうじゃない。もともと、【
僕と、コウサキ大尉のどちらもが倒せなかった【竜】は、彼女だけのはずだから。
オリガは意を決したように地面を踏みしめ、訓練場を後にした。
「悪いけどさ、ウチには無理だよ。あんたの『
オリガに聞こえないようにセリナはそっとつぶやいた。
「セリナ、どうしたの?」
ハルカにのぞき込まれて、セリナは自分がずっと物思いに耽っていて全然動けていないことに気づいた。
「いや、なんでもない」
ちょっと煙草が切れちゃったかな、と無理して笑って誤魔化そうとしたが、ハルカの表情は変わらなかった。
「オリガ――イワノーヴナ軍曹に何か嫌なことを言われた?」
「いや、それはない」
ただ。
気がかりだった。
かれはこの事態をあらかじめ知っていた。どのように知り得たのだろう。
――彼女と二人きりになって、そして死ぬ。
オリガは確かにそう言った。「彼女」が【零式】のことを指しているのだとすれば、なぜ二人きりなのか。第三部隊全員で戦いに臨むはずではないのか。
そもそも、オリガはなぜ【零式】を「彼女」と言ったのか。
オリガが何かを知っているらしいということはわかるものの、それをハルカに伝えるべきか、セリナは悩んでしまった。
「正直、今の第三部隊では【零式】を倒せないと僕は思う。そして、ペトローヴナ曹長とオリガの性格から考えると、おそらくどちらかが犠牲になって帰ってくると思うんだ」
ハルカの声が聞こえた。
「多分、死ぬのはオリガだと思う」
「何か言ってたんだね」
「うん」
「無理に言わなくていい」
ハルカは低い声で、きっぱりと言った。
「わかった」
「でも、オリガの言葉に囚われないで。君は第一部隊で、部隊長は僕だ。わかったね?」
ハルカはそっと突き放すように、そう言った。
「そうだな。悪かった」
「謝る必要はないよ」
ハルカはこれで終わりとばかりに、すたすたと歩いて行ってしまった。
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