「報告は以上です」

 【詰所ステーション】の最下層、司令室でハルカはリー大佐に深々と頭を下げた。

「わかった。本日の任務は以上で終了だ。しかし、廿八期からの古株とはいえ、これまで実に二百六十一体の【ドラゴン】を撃破しているのは、記録的だな。副長のオノも百五十を超えていたはずだ。頼もしい限りだ」

「失礼ながら補足いたしますが、今回撃破したものは【竜段レベル1】なので、公式の撃破数には入りません」

「そうかもしれないが、ここ最近の出撃でますます撃破数を上げているのは確かだ。この調子なら今期にもコウサキが残した歴代記録を更新するかもしれない」

「ありがとうございます」

 ハルカは再び頭を下げた。

「――もっとも、【実績値スコア】ではアヤに遠く及びませんが……」

「それは比較してはいかんな。【円卓竜ラウンズ】が徒党を成していた時代ならともかく、今その指標はあてにならない。【実績値】は高い【竜段レベル】の【竜】を過大評価してしまうからな。

 ――しかし、それはともかく、ハギワラの態度は気になるな。彼女は危うい」

 リー大佐が首をかしげる。

 大きな身体を折りたたむようにして司令室に腰掛けている彼は、その身体に似合わず思慮深く執念深い。誤解されがちなその特徴をハルカはよく心得ていた。

「わたしもそう思います」

「とすると第三部隊の配属は厳しい。ペトローヴナ曹長とは合わないだろう」

「ええ」

「第一部隊で引き取ってもらえるか」

 ハルカはあえて口を噤んだ。

「まあ、貴殿の考えることもわかる。だが第一部隊はただでさえこの前の【零式レイシキ】との戦闘で半数以上を失っている。現に今いる頭数あたまかずはほとんど、ミズタニ軍曹に無理を言って第四部隊から異動させた寄せ集めじゃないか。【純粋兵コレクテッド】で能力はお墨付きのハギワラは即戦力としては申し分ないだろう」

 ――ハルカさんがそうおっしゃるなら。

 第四部隊長のミズタニ・ナナ軍曹の苦い顔が浮かんだ。

「おっしゃるとおりです」

 ハルカは否定する言葉を飲み込んだ。

「まあそう拗ねるなよ。無理を言っているのは承知だ。それに、ハギワラはオノ軍曹のことを慕っているそうじゃないか」

「あれは、慕っているというより――」

 執着だ。

 言いかけて冷静さを欠いていることに気づいた。「この程度」で熱くなってしまう理由から、ハルカは明確に目を逸らした。

「いずれにしても、ハギワラ・ミツキを第一部隊に引き取れない理由はないだろう」

「――はい」

「懸念はあるだろうが、こらえてくれ。ここ最近、【零式】に付け狙われているせいで、この【詰所】は常に人員リソースが不足している。ハギワラをうまく扱えれば、優秀な戦力になるはずだ。そうだろう?」

「わかりました」

 ハルカは静かにうなずいた。



 数日後、新兵たちに辞令が下った。ほとんどが予備戦力に回る第四、第五部隊だったが、ハギワラ・ミツキが第一部隊、シバタ・アカネが第三部隊へ配属された。同時に、ハギワラ・ミツキを一等兵、シバタ・アカネを二等兵に昇格する辞令も下された。

 第一部隊は【東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション】での中心となる部隊だ。ハギワラ・ミツキの二階級特進をもって、【詰所】はやや異例の配属を出した。

 能力と実地訓練結果を見ればかれの配属と待遇は当然であった。数値化できる能力には欠点がなく、またすべての数値を総合した全能力総和は【東東京詰所】の【V】の中でも抜きん出ているばかりか、歴代の【V】と比較してもその記録に並ぶものであった。コウサキ・アヤ大尉の再来かもしれない、と息巻く軍務官たちをよそに、リー大佐はため息を漏らした。リー大佐はこれらの「数値」がいかに「でたらめ」なものかを、現場の人間として肌で知っている。それは、【V】の個体としての身体能力を表現してはいるものの、【ドラゴン】の脅威から人類を守る、というかれらの仕事ぶりにおいては、特に考慮する必要はないと言い切れる程度のものであった。事実、【東京防衛統轄本部トウキョウ・センター】に配属された【V】の中で最も優秀な個体としての記録を保持しているコウサキ・アヤ大尉はもう四半世紀以上も前に戦死しているし、優秀とされていた【V】ほど、期待されるような戦果を残さずに死ぬことも知っていた。

「ちょっとハルカを働かせすぎじゃないの?」

 コギソ・フミコ曹長はリー大佐にもたれかかる。首元にしたくちづけは優しく、彼の肌になんの痕も残すことはない。

 【V】を生み出す過程で再構成される細胞の遺伝子構造は、人間のそれとは似ても似つかなくなってしまう。その技術は同時に、極めて遅い老化と、極めて長い余命を生み出した。かれらの身体は、通常の人間から見ると全く老いないように見え、四半世紀程度の年月では見た目はほとんど変化していないように見える。

「そうか?」

「私の倍は出撃している」

「それはそうだろう。君とは体力も仕事も違う」

「あら、そう」

 斑のない紫の瞳が大佐を見つめる。

 かれらの関係は実にさんじゅう年近くにわたっているので特に隠すような相手もいなかった。【東東京詰所イースト・トウキョウ・ステーション】のだれもが、リー大佐が誰の父親にもならないことを知っているし、他にパートナーがいないことも、それを公的に宣誓できない事情があることも知っていた。この時代の人間社会は、それをもってかれらを非難するほどの活力をすでに有していなかった。そしてそういった関係は何もかれらだけではないし、リー大佐が若き青年将校であった時代にはもっとありふれていた。【V】の見た目は廿歳はたち前後の人間の女性のそれに酷似しており、そのため、【志願者ナチュラル】でもとが男性だった場合、多くは女性名に改名することを希望し、実際にそうしている。

 フミコは【純粋兵コレクテッド】であるが、やはり同様にその見た目を卅年近くにわたり保ち続けていた。生み出された設定や生きてきた年数を考慮すれば、彼らは同年代といってよかったし、かつての人間社会上においては、彼らは夫婦として扱ってもさしつかえなかったといえるだろう。

「サエグサは、望んでああなった。お前も知っているだろう」

「そう。知ってはいるわ。けれど」

 フミコの靴が硬い音を立てた。

知っているknowing、と解っているunderstandingは、別物よ」

 大佐は口を結んだ。

「それに、ハルカをそうさせたのは、貴方でしょう?」

 漆黒の鱗に覆われた左腕が艶めかしく揺れた。

「他に仕方がなかった。そうだろ?」

 大佐は肩をすくめる。

「まあ、そうね。それに――」

 フミコはすらりと踵を返す。

「それこそが、第二部隊わたしたち仕事jobですものね」

 僅かばかりの皮肉を込めたその言葉を、大佐はため息で返した。

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