二
「報告は以上です」
【
「わかった。本日の任務は以上で終了だ。しかし、廿八期からの古株とはいえ、これまで実に二百六十一体の【
「失礼ながら補足いたしますが、今回撃破したものは【
「そうかもしれないが、ここ最近の出撃でますます撃破数を上げているのは確かだ。この調子なら今期にもコウサキが残した歴代記録を更新するかもしれない」
「ありがとうございます」
ハルカは再び頭を下げた。
「――もっとも、【
「それは比較してはいかんな。【
――しかし、それはともかく、ハギワラの態度は気になるな。彼女は危うい」
リー大佐が首をかしげる。
大きな身体を折りたたむようにして司令室に腰掛けている彼は、その身体に似合わず思慮深く執念深い。誤解されがちなその特徴をハルカはよく心得ていた。
「わたしもそう思います」
「とすると第三部隊の配属は厳しい。ペトローヴナ曹長とは合わないだろう」
「ええ」
「第一部隊で引き取ってもらえるか」
ハルカはあえて口を噤んだ。
「まあ、貴殿の考えることもわかる。だが第一部隊はただでさえこの前の【
――ハルカさんがそうおっしゃるなら。
第四部隊長のミズタニ・ナナ軍曹の苦い顔が浮かんだ。
「おっしゃるとおりです」
ハルカは否定する言葉を飲み込んだ。
「まあそう拗ねるなよ。無理を言っているのは承知だ。それに、ハギワラはオノ軍曹のことを慕っているそうじゃないか」
「あれは、慕っているというより――」
執着だ。
言いかけて冷静さを欠いていることに気づいた。「この程度」で熱くなってしまう理由から、ハルカは明確に目を逸らした。
「いずれにしても、ハギワラ・ミツキを第一部隊に引き取れない理由はないだろう」
「――はい」
「懸念はあるだろうが、こらえてくれ。ここ最近、【零式】に付け狙われているせいで、この【詰所】は常に
「わかりました」
ハルカは静かにうなずいた。
数日後、新兵たちに辞令が下った。ほとんどが予備戦力に回る第四、第五部隊だったが、ハギワラ・ミツキが第一部隊、シバタ・アカネが第三部隊へ配属された。同時に、ハギワラ・ミツキを一等兵、シバタ・アカネを二等兵に昇格する辞令も下された。
第一部隊は【
能力と実地訓練結果を見ればかれの配属と待遇は当然であった。数値化できる能力には欠点がなく、またすべての数値を総合した全能力総和は【東東京詰所】の【V】の中でも抜きん出ているばかりか、歴代の【V】と比較してもその記録に並ぶものであった。コウサキ・アヤ大尉の再来かもしれない、と息巻く軍務官たちをよそに、リー大佐はため息を漏らした。リー大佐はこれらの「数値」がいかに「でたらめ」なものかを、現場の人間として肌で知っている。それは、【V】の個体としての身体能力を表現してはいるものの、【
「ちょっとハルカを働かせすぎじゃないの?」
コギソ・フミコ曹長はリー大佐にもたれかかる。首元にしたくちづけは優しく、彼の肌になんの痕も残すことはない。
【V】を生み出す過程で再構成される細胞の遺伝子構造は、人間のそれとは似ても似つかなくなってしまう。その技術は同時に、極めて遅い老化と、極めて長い余命を生み出した。かれらの身体は、通常の人間から見ると全く老いないように見え、四半世紀程度の年月では見た目はほとんど変化していないように見える。
「そうか?」
「私の倍は出撃している」
「それはそうだろう。君とは体力も仕事も違う」
「あら、そう」
斑のない紫の瞳が大佐を見つめる。
かれらの関係は実に
フミコは【
「サエグサは、望んでああなった。お前も知っているだろう」
「そう。知ってはいるわ。けれど」
フミコの靴が硬い音を立てた。
「
大佐は口を結んだ。
「それに、ハルカをそうさせたのは、貴方でしょう?」
漆黒の鱗に覆われた左腕が艶めかしく揺れた。
「他に仕方がなかった。そうだろ?」
大佐は肩をすくめる。
「まあ、そうね。それに――」
フミコはすらりと踵を返す。
「それこそが、
僅かばかりの皮肉を込めたその言葉を、大佐はため息で返した。
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