律命

七瀬瑠華

short story~律命~

 ある日の、放課後。


 先生に呼び出されて職員室に行った帰り。私の耳には、心が動く音楽が響いていた。


 「ん……この音楽は誰が奏でてるんだろう」


 多分、弦楽器の音色。本当に音色が美しい。


 意識もしていないのに、私の足の進む方は、音楽室に向かっていた。



 「やっぱり、きれい……誰だろ」


 放課後の音楽室は、普段ならとても静かな場所。月に一回、誰か(多分吹奏楽部)が自主練に来ているかくらい。


 音楽室のドアが、少しだけ開いていた。これはもう、覗いてくれという……そういう話だろう。


 (……あ、あれは柊先輩かな)


 ひいらぎ音羽おとは。私の一つ上の先輩であり、インターネットでは歌い手として活動していたり、ギターの弾き語りで定期的にバズったりしている、ちょっとした有名人。今、界隈ではかなり勢いのある人が、どうしてこんなところで。


 「ん、そこ誰かいる?」


 (え、何故バレたし……)


 「動画撮ってたけどまあいいや、出ておいで」


 (……行った方が、いいのかな)


 「し、失礼します……」


 「ん?どっかで声聞いたことあるような……」


 彼は動画を撮影していたであろうスマホで、何かを確認し始める。


 「あー、もしかしてはるかだったりする?」


 「え、何で私の名前を」


 「これでしょ」


 そこには、「遥。/officialchannel」と書かれた、動画投稿サイトの画面があった。


 「君のチャンネルは昔からよく見てるよ」


 「えっ、ちょ、えっと……」


 あまりに情報量が多すぎて、頭がパンクする。困惑ばかりしていた私のペースに、先輩は合わせることはなく、


 「俺と、タッグを組まないか?」



 「えぇぇ……」


 連絡先も、貰ってしまった。


 タッグを組むというか、二人でコラボ?的なものをして活動してみよう、という話だった。最近、動画投稿を止めていたので、私にとってはかなりの無茶ぶりである。


 一応、私も歌い手の端くれ。チャンネルの登録者は八万人くらい。たまーーーーに、歌ってみたがちょいバズをする。それだけの人間が、登録者が五十万人を超えていて、どの動画もバズりまくっている先輩と一緒に歌えることが、どうしても疑問だった。


 柊×遥。文字に起こした感じは。悪くない。インパクト:大。


 「琴葉ことはー、お客さん来たからちょっと見て来てくれなーい」


 「はーい」


 キッチンで料理をしている母が、私を呼んでくる。SNSで『遥。』として活動しているが、本名は『琴葉』。いたって普通の、女子高生。


 夕方、十七時。この時間にお客さんが来るのは珍しいわけでもない。近所に住んでいるおばちゃんが、晩御飯を作り過ぎた、とか言っておすそ分けに来ることがしばしば。


 「やあ、遥」


 「……先輩!?」


 玄関のドアを開けると、目の前には先輩が立っていた。めちゃくちゃびっくりして、思わず腰が抜けかけた。……あれ、私、先輩に家の場所教えたっけ。


 「琴葉ー、お客さんは一旦あげなさーい」


 「……はーい」


 先輩が来ていることは、母に言っても、恐らく何もないが、どうしても気まずすぎる。


 嫌でも私の部屋に、先輩を入れないといけない。



 「遥って、本名は琴葉なんだ、知らなかった」


 「……活動名と本名が違ってて、何か問題でも」


 「いやいや、そんなわけない」


 「先輩は本名の一部ですもんね」


 「そうだねー、ネットで活動するときの名前を決めるのが面倒になったから、こうなっちゃったかな」


 「そうなんですね、何か意外です」


 「そうかな?……そんな話を今日はしに来てないんだけど。例の件、決めた?」


 「あ……」


 例の件とは、恐らくコラボして歌い手活動をしてみることだろう。というか、先輩が私の家にわざわざやって来るなんて、その用事しかないもんな。


 「決めてるなら、ぜひ返事を聞かせてほしい」


 「えっと……」


 実は、そこそこ迷っていた。私なんかが……って、心の中で葛藤する気持ちが、そうさせた。


 迷いに迷った。最終的な結論は、一つしかないのだが。


 「先輩」


 「おう」


 「私で良ければ、ぜひ頂点を目指したいです」


 「もちろんだ」


 十七時九分、今ここに、私の部屋で。


 史上、最強の歌い手タッグが結成されたことは、当時の世間は誰も知らない。



 あのタッグを組んだ日から、一年。


 お互いに、結成を発表した日は、SNSもざわついていた。ネットニュースにも、一部取り上げられていたみたい。


 二人で開設した、『柊遥ひいらぎはるか』のチャンネルは、これまでにないくらいに伸び、メディアへの露出も増えていった。


 今年の年末の歌番組にも、私たち製作のオリジナル曲を引っ提げて出演することが決まっている。


 そんなタッグ、柊遥の柊の方。先輩は、高校卒業と同時に、大学に通いながら事務所を立ち上げようとしている。私は、そこの所属タレントとして、今も活動を続けている。



 「ただいま~」


 「おかえりなさい、先輩」


 「もう、その呼び方はやめてくれって」


 「ええ、別にいいじゃないですか」


 「俺たち、もう永遠に相方だろ?」


 「その言い方は語弊があります、あくまでも歌い手だけですから」


 「えー……」


 先輩が、少し残念そうに呟く。


 「まあ、私はもう先輩の旋律がないと歌えないですから」


 「そんなことないだろ、お前みたいな実力者」


 二人とも、笑う。


 そんな、毎日。


 歌番組に向けて、一歩一歩、先輩と合わせていく。

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