第三十二話 対談
「――この度は申し訳ありませんでした」
「ええ、ほんとうに驚きましたわ」
フェデリカは着替えてすぐに皇女の元へ向かった。茶会で王が毒を盛られた、それを許したのはこちらの落ち度である。北の帝国の態度が大きくなるのも仕方がないことと言えた。
「わたくしも毒を盛られたのではないかと気が気ではありませんでしたもの。それで、犯人は捕まりまして?」
「いえ。現在調査をさせております」
まあ恐ろしい、と皇女は大袈裟に手で口元を覆う。
「王を殺害せんと目論む輩がいるような所に長居したくはございませんわ」
「現在貴国とは条約を見直しているところであるかと記憶しております。終わり次第、速やかに帰国なされると宜しいでしょう」
「そうさせてもらいますわ。貴国の安全はあまり信じられないようですから」
「誠に、王宮と毒は切っても切れぬものですから。帝国でも半月ほど前に皇太子殿下がお倒れになったそうですね。無事に回復なさいまして?」
「......ええ、なんとか。お気遣いいただきありがとうございます」
帝国が秘している情報を持っているとチラつかせれば、皇女の頬が微かに引き攣った。今後の予定を調整して部屋を出る。急ぎ海の王国と西の共和国の使節団の元へ向かった。両国はやんわりと警備体制の穴を指摘しつつも、こちらを表だって批判することはなかった。
「......なんですって?」
執務室に戻ったフェデリカは、従者からの報告を聞いて眉根を寄せた。
「会談を予定通り行えというの? 陛下が倒れたのに」
「はい......その、滞在できる日数は限られている、陛下の容態がいつ回復するのか分からないのであれば、妃殿下とのみの会談で構わないと」
フェデリカは黙り込んだ。レナートの呼吸は回復したが、未だ予断を許さない状況だ。痙攣、発汗、嘔吐など多様な症状を訴えている。他国であれば事情を汲んでくれるかもしれないが、現王朝はこの機会を逃しはしないだろう。
「......私の判断で何かを決定することはできない。会談の後で必ず陛下にご判断いただくこと、それが叶わなければ貴族議会の判断を待つこと。これが受け入れられないのであれば、残念ながら今年中の交易回復は望めないと伝えて」
「畏まりました」
フェデリカはペンを置き、専用通路から夫婦の寝室へ向かった。侍医たちは今も忙しく立ち回っている。フェデリカは部屋に入ろうとしてやめた。今顔を見たら、泣いてしまいそうだった。
***
「王妃殿下に拝謁いたします」
「楽にしてください、皇子」
皇子と複数の重臣が座している。フェデリカは口元に笑みを浮かべた。
「陛下の体調が優れず、私ひとりになってしまったことお詫び申し上げます。どうかこの会談が実り多きものになりますように」
「陛下のお体が一日も早く回復することをお祈り申し上げます。またこのような状況で会談を受け入れてくださいましたこと、改めてお礼申し上げます」
不思議な気分だ。かつて合奏した皇子と、国を代表して向き合っているとは。
「さて、我々は貴国との交易を復活させたいと思っております。現在アンヌンツィアータ家の奮闘により、交易を妨害する
「王国側も交易路を整備し、交易を再開させることに同意いたします。しかし初めから流通の拡大を計画するのはいかがなものかと。国内の反応を見て徐々に交易を活発にする方が宜しいかと存じます」
「現時点でも細々と商人の行き来はございます。それを拡大させたいという意図であります」
「ええ、しかしこの20年間、砂の皇国との交易を増やすべきという声は民の間でも多くはありませんでした。現時点で砂漠を超える術を持つ商人を御用商人に任ずるだけで十分かと」
国交断絶後、砂漠の民の出現によって随分と交易は縮小した。大規模な商会が細々とキャラバンを向かわせている程度だ。
「金、銅、象牙、胡椒......いずれも交易品として悪くないものであると思いますが。我が国に対し嫌悪感を抱いておいでであろう貴族の方々の嗜好品ともなりますから」
「確かに交易品は素晴らしいものですが、貴族が貴国の品を手に取るまで、また交易路が確実に安全になったと判断するまで時間がかかるでしょう」
「それは、貴国は未だ
「サアドゥーン殿、わたくしは貴殿に発言を許した覚えはありません」
フェデリカが微笑みを浮かべたまま告げると、重臣は息を呑んだ。小娘にそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
「お許しを。臣下の統制が取れていないのは私の罪です」
「皇子がお謝りになることではございません」
張り詰めた緊張感はそのままに、貿易についての取り決めを詰めていく。レナートに確認を取れば大丈夫、という段階に至ってフェデリカは漸く安堵の息を吐いた。
「此度の会談が実り多いものになったことを嬉しく思います。貴国と良い関係を築く礎にならんことを願ってやみません」
「ええ。貴国との同盟が締結された暁には、どうぞ我が国までおいでください。我々はいつでも貴国を歓迎いたします」
「嬉しいお言葉です」
退出しようとした時、後ろから静かな声がした。
「妃殿下は竪琴の名手であると伺いました。此度の滞在中にその音色を聞く機会を得られるでしょうか」
フェデリカは振り返り目を細めた。練習だけして参加できなかった演奏会のことが思い出されたが、今はそんな穏やかな語らいを望んでいる訳ではないだろう。
「.....皇子も楽器をお弾きになるとか。きっと素晴らしい腕前なのでしょうね」
「是非、一度披露したいものです。両国の関係改善の証としても」
「では機会を設けましょう。日程は後程ご連絡いたします」
アーキルは深く頭を下げた。
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