第21話 あなたなしで
反転の魔法。
禁術とされる魔法を使って、兄は自分を女性にした。
自分の持つ毒の力は、反転した際に得た副産物だった。
兄は魔法の天才だった。だからこそ禁術すら扱えた。
だがその兄をしても、禁術を二度行使するのは無理だろう。
だから、元に戻すのは実質不可能なはずで。
じゃあ、どうしてこんなに、怖いのだろう。
「…リス、クリス」
「え、あ、はい。なんですか」
「なにぼーっとしてんだ。
そろそろ次の街だぞ」
ハッと我に返る。次の街へと続く大通りが視界に入った。
「あ、はい」
しまった。思案に沈んでいた。
「もうすぐだな。王都」
「…そうですね」
その言葉に心が沈む。このときを、待っていたはずなのに。
目指す先はずっと、王都だったはずなのに。
「で、どうする?」
「え」
「公爵家への復讐なら手伝うぜ」
「それをやったらフォスも死罪になりかねませんが」
「別に、地獄まで付き合うって言っただろ」
気軽に言ってきたファウストに、また心臓が痛くなる。
「そう、ですね」
曖昧に頷いた。急に、現実を突きつけられた気がして。
忘れていたんだ。
ファウストと過ごす時間が、あまりに楽しかったから。
「おい」
「わっ」
考え事をしていたせいで石に躓いてよろける。
その身体をファウストの腕が抱き留めた。
「やっぱりお前、様子変だぞ。なにかあったのか?」
「いえ、別になにも」
「俺にも言えない話か?」
少し不安げに、心配そうにファウストが言う。
「…本当に、なんにもないんですよ」
そう答えれば、ファウストが寂しそうな表情になる。
ああ、いつから彼はこんなに表情が豊かになったのだろう。
自分はいつからこんなに、嘘が下手になったのだろう。
王都近くの街の宿屋の一室。
寝台に寝そべっているファウストを見やって、話しかけた。
「どこか行きます?」
時間は夜だが、この街は王都に近いだけあって夜でも賑やかだ。
行く店ならたくさんあるだろう。
「いや、いい」
「そうですか」
「俺は、お前のそばにいる。
怖いからな」
「…失うのが?」
「当たり前だろ」
迷わず答える彼の横顔が愛しくて、だからこそ胸が苦しい。
でも、
(あなたの知っているクリスは、いなくなってしまうかもしれない)
そんなこと、言えるはずない。
寝台から下りると、寝そべっているファウストにのしかかった。
「クリス?」
「してみませんか?」
「…なにを」
「セックス。
手前まではありましたし、まあお試しにでも」
冗談のつもりだった。いや、冗談じゃなかったかもしれない。
いずれ終わりが来るなら、一度くらい。
彼に愛される幸福を味わったっていいじゃないかと、そんな思いが胸をかすめる。
「わかって言ってんのか?」
真剣な声が響いた瞬間、体勢が反転していた。
「俺がお前をどれだけ抱きたいか、わかって言ってんのか?」
シーツが背中にあって、ファウストは自分を組み敷いてのしかかっている。
「おや、経験豊富なフォスらしくもない言い方ですねえ」
「ふざけてんな。
俺は、もうお前しか抱きたくないんだよ」
真剣なまなざしは、怖いくらいで、でも、
(それは私が、女性だから)
ファウストの手がクリスのシャツのボタンを外す。
その動きに、急に怖くなった。
「ま、待ってください、フォス」
「言い出したのはお前だ」
「い、いや、あのですね」
「待たねえ」
性急な動きでボタンを外したファウストが、クリスの胸元にキスをする。
「フォス…っ」
あらわになった肩の傷口にも口づけて、舌を這わせた。
先の行為を連想させるそれに、恐ろしくて仕方なくなった。
「っやだ…!」
思わず動かした手が、指先がファウストの頬を引っ掻いて、彼の動きが止まる。
「あ」
我に返って、血の気が引く。
なに、やってるんだろう。自分から仕掛けたのに。
「す、すみません。つい咄嗟に」
「馬鹿野郎が」
ファウストはわかりきっていたように舌打ちして、身を離す。
「そんな震えるほど怖いなら、最初から男を誘惑するな」
「え、あれ」
手が震えていることに、今更に気づいた。
こちらに背を向けて寝台の端に座ったファウストが、ぽつりと零す。
「あと、やめてくれ。…俺も傷つく」
「…すみません」
ただ謝ることしか出来ない。
どうしてこんなに、怖いんだ。
クリスの様子がおかしい。
なにがあった? 数日前からだ。
だから、あいつから目を離すのは怖いんだ。
用事があってフロントに行く途中、そう考えていたファウストは不意に聞こえた声にはっとする。
「憂い顔だね」
視線を動かした先、先ほどまで別人だったはずの男が佇んでいる。
「やあ、ファウスト・イーグル伯爵令息」
「てめえ…、いつの間に」
あの男だ。クリスの兄だという、あの男。
一瞬で警戒態勢に入ったファウストに、彼はにこやかに微笑む。
「まあ、そんな怖い顔をしないでくれ。
健気にクリスを慕う君に、教えたい情報があってね」
「断る。信用出来ない相手の話なんざ、聞く耳持たねえよ」
「そう言わずに」
そう言って、彼は悪魔のように微笑むのだ。
「これを聞いても、君はまだクリスを想っていられるかな?」
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