第7話 かわいい女の子はなんでつくる
俺がクリス・ヴァイオラについて知っていること。
その名前。おそらくはヴァイオラ公爵家縁の人間であること。
魔法でもない謎の力を持っていること。年齢。
それくらいだ。
あとは、
(俺を、名前で呼ばないこと)
「路銀が尽きそうだ」
「なにか依頼を受けてきますか」
ある街を訪れた矢先にそうぼやいたファウストに、クリスが笑顔で答える。
「うるせえ。そもそも本当なら今頃当分遊んで暮らせる金が手に入ったはずなのに、どっかのクソ女のせいで…」
「それは弱いフォスたちのせいですよ」
「おい」
つい「殺せなかったその当人」相手に文句を言ってしまったがクリスはどこ吹く風だ。
「そもそも当分遊んで暮らせる金が、と言いますがね、公爵家がそこらのごろつきたちに本当にそんな大金支払うと思います?」
「………それは」
「踏み倒して罪を押しつけて終わりですよ」
「……………」
まずい。クリスの言うことを全く否定出来ない。確かにその通りだ。
クリスの名乗った名前が本名なら、公爵家の人間だ。そんな人間を殺したら、当然犯人は極刑。公爵家が金を払ってその罪に加担した証拠を作るはずもない。
「あ~~~~クソ! これだから貴族は!」
「その貴族の甘言に乗った人が他責をしないようにしましょうね~」
今更に気づいた事実に吠えたら、クリスにもっともな追撃を受けた。
悔しいが全くもってその通りだった。
「おや」
ファウストをからかっていたクリスが不意に目を瞬く。
住宅が並ぶ道ばたで、子どもたちが遊んでいる。
『こびっちょの男の子はなんでつくる、なんでつくる。
こびっちょの男の子はなんでつくる。
かわずとででむしとこいぬのしっぽでつくられた。
それそれ、こびっちょの男の子がつくられた。
かわいい女の子はなんでつくる、なんでつくる。
かわいい女の子はなんでつくる。
おさとうに薬味に、あまいものずくめ。
それそれ、かわいい女の子がつくられた』
「…なんだありゃ」
「子どもですよ? 見てわかりませんか?」
「そうじゃねえ。あんな歌、聞いたことねえが」
「ああ、最近新進気鋭の作家が作ったとか聞きましたが」
「ふうん?」
思わず率直な感想を漏らしたファウストにクリスが答える。
納得したように呟いてから、眉根を寄せた。
「…悪趣味な歌だな」
「おや、フォスもそう思いますか」
「だってそうだろ。女は綺麗なもんで出来てるなんて幻想だ、…も?」
「私もそう思いますので」
ふとクリスがさらっと言った言葉に疑問符を浮かべたら、クリスは常の笑顔で続ける。
「女の子があまいものずくめで出来てるわけがないんですよ」
そう答えて、そのまま道を歩き出す背中をぼんやり見つめる。
揺れる長い艶やかな黒髪、華奢な体躯、その美貌は普通の男なら守ってやりたいと思うもののはずで。
「やっぱり、よくわかんねえ女」
だがファウストにとってのクリスは、未だによくわからない厄介な女のままだ。
「ゲートという作家を調べて欲しい?」
「そういう依頼が来てるんですよ。冒険者の仕事じゃないって突っぱねたんですがしつこくて」
そのまま路銀を稼ぐために訪れた冒険者ギルドで聞いた依頼にクリスはオウム返しし、ギルドの職員が返答した。
「まあ身辺調査の依頼だったらなんでも屋向きですよね」
「引き受けてくれる物好きな冒険者もいないので、よかったら受けてくれませんか?
報酬はたっぷり出せますよ」
「なんでそんな専門外の依頼に報酬がたんまり出るんだよ」
「依頼主が多額の報酬を置いて行ったんですよ」
怪訝な声を漏らしたファウストに、職員が答える。
「ふーん?」
「じゃあ受けてみますか」
そう結論を出して、その依頼を受けた二人だが、
「意外ですね」
「なにがだ」
ギルドを出てから、クリスが何気なく呟いたのでファウストは視線を自分よりずっと低い位置にある彼女の顔に向ける。
「ああいうつまらない依頼は無視するかと」
「報酬が魅力だった。あとは興味だ」
「興味」
ファウストの口から出たこれまた意外な言葉にクリスはまたオウム返しした。
「身辺調査の依頼でそんな多額の報酬を出す奴はよほどの金持ちか物好きだ。
しかも冒険者ギルドに持ってくるってことは切羽詰まってたってことだろう。
そのあたりの事情に興味が湧いた」
「なるほど」
「別にてめえはついて来なくていいぞ」
「私も行きますよ」
「あ?」
さらっと言われて低い声が口を吐いたがこれはファウストの平常運転だ。そもそもクリスはついてくるとは思っていた。
「興味が湧いたので」
「んだよてめえもかよ」
「いえ、私の場合は身辺調査される作家に」
「は?」
つい怪訝な声を出したら、クリスは笑顔で、
「ゲートって、さっきの歌の作者ですよ」
と告げた。
「で、街中歩き回って集めた情報がこれっぽっちか」
「街中歩き回った甲斐はありますよ。ゲートは元々この街の住民じゃないみたいですから、出て来た情報としては多いほうです」
その日の昼過ぎ。依頼を受けてから数時間は経っている。
街の道ばたで集めた情報を整理し、嘆息を吐いたファウストにクリスは笑う。
「ふむ。元々は旅人なんですね。それが急に作家になったと。
まあ隠れた才能が目覚めたなんて、珍しくもない話ですが」
「…おい?」
不意に歩き出したクリスに、思わずファウストが声をかける。
「ちょっと行ってきます」
「は? どこに」
「彼の家に」
そう、やはりクリスはいつもの笑顔で言った。
訪れたのはそう遠くない場所にあるアパートメントだ。
一階にあるその部屋の扉をノックすると、足音が聞こえてきた。
「すみませーん」
「なんです、か…ッ!?」
出て来たのは薄茶の髪のどこにでもいそうな青年だが、彼は扉を開けるなりぎょっとして身を引いた。
「なんだその反応は」
「フォスにびっくりしたんですよ。見た目も表情も怖いから」
「あ?」
「そういうところです」
つい眉根を寄せたファウストに青年がますます怯える。にこにこ笑って言うクリスに「そういうてめえはまるで動じねえが」と内心思った。
「すみません。ゲートさんですか?」
「は、はい、それがなにか…?」
「凄いですねえ。あなたの作った歌を聴きましたよ。
面白い歌ですね」
「は、はあ、ありがとうございます」
お仕着せの笑みで賛辞を送るクリスに、青年──ゲートは曖昧に頷く。
「でもひどい言いようですね。
男の子はかわずとででむしとこいぬのしっぽで作られた、なんて。
あなたも男性なのに」
「男の子なんてそんなものでしょう」
「女だって、可愛いばっかりじゃないですけどね」
ぼそっと付け足すように言って、クリスは笑顔のまま、
「ではお邪魔しました」
と来た時と同じ突然さで別れの挨拶をする。
「は、はあ…?」
「行きますよ。フォス」
「おい、クソ女…。なんだってんだ…」
そのままさっさとアパートメントの外に出ていくクリスに、ファウストはがしがしと頭を掻いて足を向けかけた。
「いい、ですね」
不意に聞こえたその声にわずかに、足が止まる。
「あなたみたいな、男だったらぼくだって」
そう呟いてうつむく、ゲートの姿が見えた。
「おい、クソ女」
「街中で呼びかける名前じゃないですねえ」
「実際そうだろうが」
足の歩幅はファウストのほうが明らかに長い。そのためクリスにもすぐ追いついた。
呼びかければ振り返ったクリスの長い髪とコートの裾が翻る。
「寂しいです。私は名前で呼んで欲しいのに」
「いいから、なにかわかったのかよ?」
「ええ、まあ」
全くそうは思っていない顔で言うのでいっぺん殴ってやろうかと考えたファウストだが、反撃が怖かった。
「なんだよ」
「あの歌、作ったのは彼じゃありません」
やけにはっきりと、確証を持った声でクリスが言う。
「は?」
「あの歌は、おそらく盗作です」
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