第2話 じいちゃんとの誓約

「どうしても行くか、カトルよ」

「ああ。ってゆーか、長老がそう仕向けているようにしか思えないんだけど」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

「笑ってごまかすな、じいちゃん」


 今から三年前、ユミスネリアははるか西の人族が住む大陸へと移り住むことになった。

 その時、俺は彼女についていくと宣言し、長老によって止められた。


「カトルは人族の姿をしているが紛れも無い竜族カナンじゃ。それが何を意味するのかお前は知らなくてはならん」


 俺はその意味を知る為に、この三年間地獄を見た。




 ―――



 ユミスネリアが長老の背に乗り旅立った日の夜、どうやって戻ってきたのか長老はすでに眠りについていた俺を叩き起こし、荒行が始まった。


「カトルよ。お前がどうしても大陸に行く、なら止めはせぬ。だが、ユミスネリアとともに行くというなら話は別じゃ」


 長老はそう言ってどこに隠していたのか数々の武具を俺の眼前に並べた。


「人族は竜族カナンに比べるとはるかに脆弱な存在じゃ。それゆえに彼らは魔法を欲した。それが何を意味するのか、お前には教えて来たはずじゃ」


 その発言の真意がわからず、俺は眉を寄せながらも小さく頷く。


 大陸には人族よりも力を持ち、野蛮で好戦的なものたちが数多く存在した。知恵もなく友好を計ることすらままならない猛獣も生息しており、人族は生きていくことさえ難しかったという。

 それがなぜ今日に至って大陸の覇権を争うまでになったのか。


 その理由こそが魔法の存在であった。


「人族は魔法によって狩られるものから狩るものへ立場を変えた。それを可能にしたのが魔道具じゃ」


 魔道具とは人族が造り出した、誰でも魔法が使えるようになる為に脳を改造する道具のことだ。

 それにより今まで才能ある者だけしか会得出来なかった魔法を全ての者が使えるようになり、外敵からの侵略に対抗するのはもちろん、農耕から工業、漁業など全ての分野に置いて人族は著しい発展を遂げていった。


 だが便利な道具には代償が付き物である。

 そもそも魔法は使う者の脳を酷使するのだが、それを和らげる為に魔力を増幅させ魔法へのイメージを内包させなくてはならない。

 それを魔道具は無理やり引き起こす為、脳を傷付けてしまうのだ。


 一度傷付いた脳は治らない。

 正確にはのだという。

 傷ついてしまった部位は欠損し、小さくなってしまう。


「あれは灰を造る道具じゃ。何も残らん」


 長老は特に人族を毛嫌いするわけではなかったが、こと魔道具については温和な瞳に怒りの色を隠さなかった。

 温厚な長老が怒るなど滅多になかったが、その理由は長老の無二の親友とも言うべき白竜のじいちゃんがこっそりと教えてくれた。


長老ヤムはまだ人族の住む大陸に居た頃、魔道具を大々的に広めようとした時の王に忠告したんじゃよ。魔道具で得る力は人族の可能性を狭めるだけだとな。だが王は長老ヤムの言葉より魔法による一時しのぎの発展を選んだ。それで長老ヤムは王と仲違なかたがいしてのう。大陸を離れたんじゃ」


 こうして人族は竜族カナンとの交流は失ったものの全ての者が魔法を大なり小なり使えるようになり、瞬く間に大陸の東部を支配するまでに発展していった。


 だがそれは一時的なものに過ぎなかった。


 いつしか人族の隆盛は魔法技術の停滞により失速を余儀なくされる。

 しかも外敵の脅威が薄まるにつれてこれまでは目につかなかった様々な軋轢が表面化し、人族同士の争いへと発展していったのだ。

 その確執を超えるようなさらなる革新が起こるはずもなく、人族は一進一退の均衡の時代へと推移していくことになる。




「それはわかったけど、それとこの武具とに何のかかわりが?」

「大いにある」

「大いにあるのですか」


 長老は何事か呟くと、淡い光を放ちながらその巨大な体躯を小さくしていった。


「竜人化の秘法! なぜその姿に?」


 俺は驚いて人族の姿になった長老を見やった。髪や髭は白く染まり、顔にしわがあるのを除けば、その肉体から老いはまるで感じない。

 すさまじい力が圧となってびんびんに襲い掛かってくるほどだ。

 そのまま長老は手近にあった一本の長剣を手にすると、俺に向かって投げてきた。

 あわてて受け取る俺を横目に、長老自身も一振りの剣を手にする。


「人族の中で生きるためには剣術の一つも出来ねば話にならんからのう。カトルには最低でもこんな老いぼれの剣などたやすくなしてもらわねばならん」


 そう言って笑う長老の目は悪巧みを考えている悪戯好きのそれであった。

 どう考えても老い先短いと自分でのたまわっている老人のすることではない。

 長老は有無を言わさず剣を振りかざした。その斬撃たるや残像が残るほどのスピードで正確に俺の首筋に狙いをつけて振り下ろされる。


 ガキィィン


 鈍い音を鳴らして俺の長剣が弾き飛ばされた。何とか剣を目の前に繰り出したのだが、たったの一合ですら刃を交じ合わせられない。そもそも長剣で防げたのが奇跡的なほどに早く重たい一撃だ。元来の剣の重さなどものともしない。


「情けないのう。それでよくユミスネリアと共に行くと言えたものじゃ」

「……っく!」


 俺は半ば呆然として長老を見据えた。

 竜人化は本来の力を十分の一以下にするかわりに人の姿に化けることが出来る秘術である。

 もともとは長く生きながらえるために人の姿となってその力を封じ込め、少しでも消耗を抑える目的で作られた術法であった。もっとも孤島に住む竜族で寿命を気にするものは皆無だったが。


 ともかく長老は元の姿より格段に弱くなっているはずなのだ。

 それなのに、まともにやって太刀打ち出来るような相手ではない。

 俺だって結構竜族として力が付いてきたと思っていたのに、そんな自信など木っ端微塵である。


「ああ、そうそう。あくまでも剣術が主目的じゃからな。地面に半径1メートルほどの円を書け。その円の中でしか動いてはならんぞ」


 そこまで聞いて、ようやく長老の意図するところが見えてきた。

 つまりこれは俺が人族の中に入っても竜族だと見破られることなく過ごすための修行なのだ。

 容姿は人であっても、そこは曲がりなりにも竜族の端くれだ。皮膚は鉄より頑丈だし、凝縮された筋力で数十メートルの距離を簡単に跳躍できる。さすがに翼はないので長時間の飛翔は無理だったが、その気になればある程度の風を味方に島の端から端まで余裕で飛び続けることだって可能だ。


 だが、当然そんなことが出来る人族はいない。

 ユミスネリアは類まれな魔法の力で身体強化することも出来たが、それでも俺には遠く及ばなかった。

 彼女でさえそうなのだから、たかが魔道具で魔法を使えるようになった程度の人族に竜族の身体能力を再現するなど到底不可能だ。

 そんな中に俺がのこのこ入っていけば、確実に人族ではないとバレる。

 俺は自分の身体能力を剣の技量で誤魔化さなくてはならないということだ。


「どうやら理解できたようじゃな。ちなみにこの修行以外にもやることは山のようにあるので、覚悟しておくがよい」

「ひえええ」




 ―――



 そんなわけで、ユミスが孤島を去ってからというもの来る日も来る日も修行に明け暮れていた。そしてようやく三年かかって長老のお墨付きを得るに至ったのである。


 俺が孤島を旅立つにあたって、長老からはいくつかの誓約を課された。


 一つ、決して竜族であると漏らさないこと。

 二つ、同胞に会ったなら孤島へ一度は戻るよう伝えること。

 三つ、一年に一回は孤島に帰ってくること。

 四つ、ユミスネリアに会ったなら、状況が許せば孤島に一度は帰って来てほしいと伝えること。


 それを聞いて俺は思わず呟いた。


「なんだ。じいちゃんだって結局さみしかったんじゃん」

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