第41話 プレゼント(グスタフ視点)



 裁判を終え、俺がスミレに想いを伝えてから早50日が経とうとしていた。


 秋が近いとは思えないほどに熱い陽射しが降り注ぐ昼下がり。ガントレット家の屋敷を出発した俺はスミレの家の敷地前に到着する。俺が着いてから数分後にはエリクも到着し、顔をほころばせた笑顔を向ける。


「いよいよスミレが帰ってきますね。テオが捕まってからも毎日忙しかったので随分長く感じました。やっと一区切りですね」


 エリクの言う通り裁判以後も俺たちの周りは忙しかった。スミレの裁判はテオとカミラの悪事も絡んでいたから相当拗れており、裁判は全部で3回も行われることとなった。


 と言っても2回目以降の裁判はスミレにとっては形式的な裁判にとどまり、無罪となって今日解放されることになる。


 なお、カミラはテオに比べて遥かに悪意が強く、情状酌量の余地は無しと判断されることとなり終身刑がほぼ確定となっている。


 一方、テオに関してはカミラほど罪が重くならないらしく刑はまだ確定していない。


 というのも、テオに関しては極刑にならないように俺やエリクが2回目の裁判以降、精一杯アピールしてきた点も影響していると思う。テオ自身、貴族としての仕事は誠実に取り組んでいたから裁判官の印象は想像よりも良かったようだ。


 それにテオの周りにはテオが黒く染まる前から慕っていた者たちが大勢いる。テオを慕う多くの者たちから減刑を望む署名が送られており、その点もカミラとは大きく異なっている。


 テオには白と黒の過去がある。判決がどちらに寄った灰色になるかは神様にしか分からない。もう俺たちにできるのは友の幸せを祈る事のみだ。


 テオのことを考えていた俺が無言になっているとエリクが話を広げてくれた。


「またテオのことを考えているのですか? 心配しなくても大丈夫ですよ、やれることはやりましたから。それより心配しなきゃいけないことは他にもありますよ。スミレがいない間、本当に色々なことがありましたからね」


「確かにそうだな。裁判を通して異界の存在が沢山の人に知られてしまって世間は大きく揺れちまった。今回の件みたいに“異界が絡む事件が起きた際の施政と法律”についても現在進行形で忙しく話し合っているからな」


「ええ、落ち着くにはまだまだ時間がかかるでしょうね。でも、僕たちなら大丈夫ですよ。ミーミル領の人々も近隣国の人々も逞しいですから」


 エリクの言う通りかもしれない。今は皆を信じて前に進み続けよう。


「そうだな、俺たちはやれることをやるだけだ。それに俺たちなんかよりもよっぽど頭を抱えている人もいるわけだしな」


「ははっ……遷移神せんいしんカイロス様ですね。まぁ、異界の存在を伏せておきたかった彼女からすれば、これだけ多くの人間に知られてしまったわけですから無理もありませんよね。この前のカイロス様の落ち込みっぷりは中々のものでしたから」


 直近の満月の夜――――スミレとテオが欠席する形になってしまったが、俺とエリクとモーズとルーナ様、そしてホフマンさんとブリジットさんは異鏡の泉を訪れて全ての事情をカイロスさんへ伝えている。


 彼女はテオを含めて誰のことも悪く言ってはいなかったけど『私がもう少し上手くやれていれば……』と自分を責めてしまっていた。あまり落ち込まないで欲しいものだ。


 満月の日と言えばカイロスさんと会った後、俺たちはフィオルの魂とも会話を交わすことができた。スミレやモーズさんから魂と会話できる秘術があると聞いてはいたものの本当に会話した、あの日の夜は生涯で1番のインパクトに残る出来事だったかもしれない。


 久々に会う本物のフィオルを前に俺は大泣きをしてしまって正直情けなかった。ホフマンさんたちは涙を堪えながら『スミレを娘として迎える』ことを伝え、気丈に振る舞っていただけに尚更だ。


 色々な報告を終えて終始フィオルは驚いていたけど、同時に納得しているようにも見えた。テオのことを誰よりも深く見ているフィオルだからこそ予感した未来があったのかもしれない。


 次の満月の日にはスミレも墓に連れて行くつもりだから2人の笑顔が今から楽しみだ。


「お! 馬車が来ましたよ、グスタフ」


 両手を振るエリクの視線の先には護送用の馬車が歩いている。馬車は正門前で止まると中から飛び出てきたのは、ずっと待ちわびていた元気な顔のスミレだった。スミレは両手広げてこちらに走ってくると、いっぺんに俺とエリクを抱きしめる。


「ただいま! ずっと2人に会える日を楽しみにしてたよ!」


 これ以上ないほどにスミレは元気だ。正直フラれた身としては久々の再会に気まずくなってしまうのではないかと心配だったが、気にしていないようで良かった。これからスミレは恋仲となったエリクと共に歩んでいくのだから、やっぱり笑顔でいてもらわないと。


 俺とエリクがおかえりを伝えるとスミレは俺たちを屋敷の方へと引っ張り出した。中に入るとエントランスには既にホフマンさんブリジットさん、そしてドルフさんたち使用人が大集合してスミレの帰還を祝ってくれた。


 スミレが両親から熱い抱擁を受けた後、俺たちは大広間に呼ばれて盛大な“おかえり会”が開かれることとなった。俺的には『家族水入らずの方が良いのでは?』と数日前まで考えていたのだが、当のスミレと両親がわざわざ俺とエリクを誘ってくれたから参加して正解なのだと思う。





 昼下がりとは思えないほどの盛り上がりっぷりだ。改めてスミレを救えた喜びが湧いてくる。気が付けば窓から見える景色も茜色に染まり、俺とエリクはスミレたちに別れを告げる。


「ごちそうさま。じゃあ俺たちはそろそろ帰ることにするよ。またな、スミレ。次に会うのは確か……えーと、何日後だっけエリク?」


「7日後の夜ですよ。まったく……うっかり遅刻しないでくださいよ? 全員で墓に行ってフィオルの魂に報告するのですから」


 小言で刺される俺を見てスミレはケラケラ笑っている。隠し事も悩み事も無くなった彼女は本当に楽しそうだ。


「あはは、じゃあ2人とも、またね!」


 スミレに見送られた俺たちは屋敷を後にした。屋敷から少し離れたところで足を止めたエリクは俺に提案する。


「そういえば昨日、僕の家に珍しい茶葉が届きましてね。よければどうです?」


「お、いいな! クワトロ家での大騒ぎも楽しかったけど、はしゃぎ過ぎたから少しゆっくりしたいぜ」


「ハハッ、確かに。ドルフさんなんて酒が入ってからずっと泣いていましたしね。じゃあ、行きましょうか」


「あ!」


 誘ってもらってばかりだというのに俺は大事な仕事があることを……いや、やっておきたいことがあるのを忘れていた。


「どうかしましたか、グスタフ?」


「悪い! ちょっと用事を思い出してしまってな。今日はもう帰るよ、またな!」


 少し申し訳ないと思いつつ、俺はガントレット家の屋敷へと帰り、自分の部屋へ直行する。中には掃除中のメイドがいるけれど、お構いなしに絵描き用の机の前へ移動した俺は椅子に座って筆を握り、白紙を広げる。


「もう少し遅くなるかと思っていましたが、お早いですねグスタフ様。あ! もしかしてスミレ様にフラれてるから気まずかったとか?」


「やかましい! スミレとは気まずくなってないつーの! ちゃんと迎えられたから安心してくれ。今日、俺が早く帰ってきたのは早く完成させなきゃいけない物があるからだよ」


 若いとはいえ付き合いの長いメイドだからだろうか? それとも俺の性格に影響を受けたからなのだろうか? フラれた傷をグッサリと刺してきやがる……。まぁ、気を遣われて優しくされた方がよっぽど惨めだから、この対応でいいのかもしれない。


 恋の話が好きなメイドはニヤニヤしながらこちらへ近づいてくると俺が開いている本を見つめて首を傾げる。


「その絵を完成させたいのですか?」


「ああ、その通りだ。スミレは無罪放免されて晴れてエリクと付き合うわけだろ? だから2つの祝いを兼ねて自作の本をプレゼントするつもりなんだ。と言っても、この本はそれなりのクオリティに仕上げて最終的には量産して沢山の人に配るつもりだけどな。まず最初は親友であるエリクとスミレの2人に読んで欲しい訳さ」


「それは素敵ですね! あれ? でも、本なのに絵を描くのですか? 図鑑でもないのに珍しいですね」


 メイドが驚くのも無理はない。ミーミル領も周辺国も本と言えば基本的に文字だけで構成されているもの指すからだ。たまに光魔術に長けた者が魔術を用いて風景を紙に念写することはあるけれど、それはあくまで写真であり描画ではない。俺が作ろうとしているもの、それは……


「俺は“絵と文字が混ざり合った本”を作るつもりなんだ。これはスミレから教えてもらった文化で漫画という本の形式らしい。異界の者達は漫画を通して沢山のストーリーを楽しんでいるとスミレは言っていたんだ」


 俺は自分の描いた下書きを指差して説明を続ける。


「ほら、ここを見てみろ。登場人物の台詞がフキダシっていう枠の中に入っているんだ、斬新だろ? スミレと出会ったことで俺には夢が生まれたんだ。自分の作品と漫画文化をミーミル領に広める……大きな夢がな」


 厳格な親父にはまだ言っていない夢を俺は告げる。ニヤケ顔から一転、優しい笑みを浮かべたメイドは問いかける。


「グスタフ様ならきっと叶えられますよ。で、記念すべき最初の漫画のストーリーとタイトルは決まっているのですか?」


「特別に少しだけ教えてやるか。ストーリーは異界から来た人間がミーミル領で一生懸命暮らしていく話だ、スミレと同じようにな。タイトルは……まだ考え中だ」


 タイトルは考え中と言ったものの実はほぼ決まっている。だが、本はタイトルも含めて完成品だ。やはり最初はエリクとスミレの2人に披露したい。


 次に2人と会うのは満月の日だから、そこまでには絶対完成させよう。今から楽しみだ。



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