第39話 グスタフの想い
まさかテオが高位裁判官を人質にとるなんて……。堕ちるところまで堕ちたテオを直視するのが辛い。
ガタガタと震える人質の高位裁判官と共にゆっくりと扉へ近づいていくテオ。打つ手の無い状況下で最初に言葉を発したのはグスタフだった。
「馬鹿野郎ッッッ! 負けたなら腹を括りやがれッッ!!」
…………! これまでのグスタフどころか、人生で1度も聞いたことが無いレベルの大声に思わず身が竦んでしまった。いつも大らかで優しいグスタフだけど、屈強な体と本気の怒りから発せられる怒声は人の域を超えているのでは? と思うぐらい恐い。
それでも不思議と強い愛情を声から感じる。あくまで行為を非難し、責任を問いかけているような……テオの未来を憂いているような……そんな声に。
「うっ……う、うるさい! 黙れ!」
ナイフを持つテオは目の縁が薄く震え、怯えた小動物のように瞬きが細かくなっていく。テオは真っ当に生きてきた期間の方が圧倒的に長いのだから叱責が届く善の心を持っているはずだよね?
結果、テオが次にとった行動は武器を捨てるわけでも、人質と逃げるわけでもなく、単独の逃走だった。高位裁判官の背中を蹴り飛ばしたテオは廊下に向かって走り、窓から飛び降りてしまった。
私とグスタフとエリクが窓から顔を出すとテオは既に馬へ乗り込んで南方向へと走り出していた。早く追いかけないと!
外に出たところで私はママの乗ってきた馬を、エリクとグスタフは自分の馬へと乗り込んで追跡を始める。だけど、前方向には既にテオの姿が見当たらない……となると私たちが取るべき行動は……
「3人バラバラにテオを探した方がいいよね?」
追跡方法を提案する私。しかし、エリクは首を横に振って理由を語る。
「いえ、このまま3人で真っすぐ南に向かいましょう。きっとテオの向かった先は僕たちにとって思い出深い“あの場所”ですから」
「あの場所?」
「着いてから説明しますよ。それよりもっとスピードを上げて追いかけましょう。自棄になったテオが自害してしまえば、悔やんでも悔やみきれません」
追い詰められたテオが最後に向かう場所……恐らくフィオルを含む4人に関わりのある場所なのだと思う。着いたら教えてくれると言っているから、その時まで待とう。
馬を走らせている間、私たちはほとんど会話を交わさなかった。これだけ緊迫した状況下だから無理はない。それでも10分ほど走ったところでグスタフが裁判について言及する。
「今回の裁判、エリクは本当によく頑張ったな。準備、推理、弁論、何をとっても完璧だった。俺はお前が誇らしいよ」
「ちょ、ちょっと、こんな時に照れくさいことを言わないでくださいよ」
「いいや、言わせてくれ。俺はエリクの成長が嬉しいんだ。俺とテオを入れた3人の中でエリクはいつも自信が無さそうだった。そんなエリクが成長できたのはフィオルとスミレのおかげだと思う。だから俺は……」
言葉を途中で詰まらせたグスタフは目に薄っすらと涙を浮かべていた。
グスタフが抱くエリクへの友愛を私は何%把握できているのかは分からない。それでもグスタフが心の底からエリクの成長を喜び、テオの凋落を悲しんでいることが分かる。そこには確かに美しい涙があった。
私以上にグスタフのことを理解しているエリクは黙って頷き、グスタフの言葉を聞き続けていた。友の涙を優しく見守るエリクの姿もまた等しく素敵だと思える。
色々な想いを巡らせつつ馬を走らせること15分――――街から離れた私たちの前にはとんでもなく大きな円形の崖に囲まれる円柱状の大地があった。吊り橋が掛けられている円柱状の大地の幅は1㎞ぐらいかな? 円周を覆うように背の高い木々が囲んでいてイマイチ中の様子が見えない。
馬から降りた私たちは吊り橋に足を踏み入れる。幅の狭い吊り橋は3人が歩いただけでそこそこ揺れていて少し怖い。
なるべく下を見ないようにして吊り橋を渡り切ると何かに気が付いたグスタフは突然後ろを振り向く。
「はぁ……どこに潜んでいたのかは知らないがテオの味方がこっちに来てやがるな」
グスタフの視線の先、私たちが馬を走らせてきた遮蔽物の無い一本道には鎧を着た男たちが10人が馬に乗って、こちらに向かって走ってきている。
テオはもう法的に逃げ場がないのというのに。悪人に手を貸す形になっても助ける覚悟が彼らにはあるのだと思う、テオのカリスマがあってこそ為せるものなのだろう。
このままじゃ後数分もすれば彼らと接触してしまう……テオを追いたいのにどうすればいいの? と私がアタフタしているとグスタフは再び吊り橋に向かって歩き出し、地属性魔術で生み出した大剣を構える。
「俺がアイツらを止める。絶対に橋は渡らせない。だからエリクとスミレの2人でテオと決着を片付けてこい」
私はグスタフの言う“決着”という言葉が気にかかっていた。まるで、これからテオとの戦いが始まるような言い方だったから。胸のざわめきが抑えられない私が「決着って?」と尋ねるとグスタフの代わりにエリクが答える。
「テオが思いっきり自分を曝け出し、暴れることが大事なのだとグスタフは言いたいのだと思います。そのうえで負けて、吹っ切れないとテオは前に進めないですから。そうでしょう? グスタフ」
「ああ、よく分かってるじゃないか」
「付き合いの長い親友ですからね、当然です。ただ、グスタフだけにカッコつけさせるわけにはいきません。僕も戦いますよ」
エリクもまたグスタフと同じように剣を構える。しかし、グスタフは右手を水平に掲げ、首を横に振って制止する。
「いいや、俺だけでいい。早くテオのところへ行ってやれ。アイツは思い詰めちまうところがある。自身に刃を突き立てないとも限らない」
「で、でも、あれだけの人数を1人でなんて……」
「大勢の雑魚よりエリクやテオの方がよっぽど手強いさ。だから気にせず行け。お前だからこそ任せられるんだ。スミレが転生して以降、エリクは急成長して俺を超えた。かわいい弟分だった男から最期を任せたいと思える男になったんだ」
グスタフに対するコンプレックスが少なからずあったエリクにとって、これほど嬉しい言葉はないと思う。唇をきゅっと結ぶエリクに背を向けてグスタフは言葉を続ける。
「エリクに負けたと認められた今だからこそ、スミレに言えなかった“この言葉”が言える。俺はスミレが好きだ! それでも俺はエリクにスミレを託したいと思う。好きな子と相棒を守る為に雑魚どもを止めさせてもらうぜ!」
…………私なんかには勿体ない告白を置いて、グスタフは走り出してしまった。
私の仲間は全員が本当に格好良い。漢気を見せられて涙ぐんだ経験は前世を含めて初めてだ。でも、今は泣いている暇はない、テオを止めないと。
私とエリクは目線を合わせて頷き合い、グスタフとは逆方向に走り出す。
背の高い木々の間を抜け、飛び出した先に広がっていたのは……意外なことに朽ちた村だった。と言ってもそこまで時間が経過しているようには見えない、精々5年~10年ぐらいだと思う。
「……ここは一体?」
思わず口から漏れ出た疑問を受けてエリクが語る。
「この村はミーリス村と呼ばれていて、かつてはミーミル領とキノリス王国の2国を繋ぐ平和の象徴的な場所でした。位置的にも国境上にありますからね」
「だから両国を足したような名前なんだね。でも、どうして誰もいなくなってしまったの?」
「両国のがめつい貴族たちが所有権を主張し始めたからです。ミーリス村は面積こそ狭いですが、非常に希少な果物がとれる土地ですし、所有権を得れば領土自体も広がりますからね」
地球で言うところの島1つで領海が大きく変動する感じかな? 理屈は分かるけど村が丸々1つ潰れてしまうなんて……とは思うけど。
嫌な予感が胸をよぎる中、エリクは話を続ける。
「両国の主張は時間が経つにつれて小競り合いから武力衝突へと発展します。終いには両陣営に死者が出てしまう事態となりました。僕やスミレの家を含むミーミル領四大貴族は平和的な解決を目指して動いていたのですが、他の貴族を止めることはできませんでした」
「でも、今は人1人いない廃村になっているよね。それって……」
「ええ、最終的には第三者となる別国が間に入り、争いは終結しました。ミーリス村民も半々に分かれて暮らす形となって」
「何とも言えない結末だね……。そんなミーリス村はエリクたちにとって大事な場所だって言ってたよね? 楽しい思い出があれば聞かせて欲しいなぁ」
テオを探さなきゃいけないのは分かっているけど聞かずにはいられなかった。だってエリクが哀愁に満ちた目で村全体を見渡していたから。
エリクは「テオを探しながらでよければ」と前置きしたうえで思い出を語る。
「僕、グスタフ、フィオル、テオの4人は令嬢令息という立場上、他国に触れる機会が多く、親同士も仲が良かったので一緒に行動することが多々ありました。ミーリス村に来たのも、その一環で美しい果樹が実る自然豊かな村が4人とも大好きになりました。近くの公園で遊んだり、木登りをしたり、本当に楽しくて特にフィオルは大のお気に入りでした」
「じゃあフィオルは沢山落ち込んだんだろうね……」
「ええ、村の人間を除けばフィオルが1番泣いていたことは間違いないでしょう。僕もグスタフも歯を食いしばって耐えていました。ですが、テオだけは違ったのです。誰よりもフィオルを想っていたテオは涙を流す彼女の手を握り、誓いました……『僕が1日でも早く立派な貴族になって取り戻してやる。村を、果樹園を、そして両国の絆を!』とね。宣言通り、彼は貴族として目覚ましい成長を遂げ、僕は心の底から尊敬しました。それゆえにフィオルの死を乗り越えられなかったことが残念で……」
ゲームの中のテオはクールに見えて誰よりも熱い男性だった。転生以降、別人のようなテオばかり見てきたから、ようやく私の知っている彼の話を聞けた気がして嬉しい。
きっとテオが賢く、強くなれたのはフィオルへの誓いが大きなウェイトを占めているのだと思う。そんな彼が闇に堕ち、捕まる姿を見届けなければいけないのかと思うと胸が張り裂けそう。
――――余計なことをベラベラ喋るなよ、エリク。
文字通り胸をおさえていた私の後方から聞こえてきたのはテオの声だった。木の陰から姿を現わしたテオは思ったほど疲弊した顔はしていない。むしろ憑き物がとれたみたいに爽やかな顔をしている。
一方、エリクは両方の拳をギュッと握って緊張感を高めている。2人の間に流れる空気が私に教えてくれる……フィオルの死から始まった因縁が遂に終わりを迎えるのだと。
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