第37話 暗躍



 ミトさんを殺した犯人がテオとカミラ? エリクから発せられた驚愕の言葉を前に法廷は恐ろしいほどに静まり返っている。


 するとカミラは勢いよく立ち上がって両手を激しく机に叩きつけ、声を荒げる。


「おかしなことを言わないで! エリク……取り消さないと許さないわよ!?」


「今から1つ1つ根拠を並べて説明していきますので静かにしてもらえますか? 感情的になるとますます疑われますよ?」


「くっ……」


 忠告とも煽りともとれる言葉を前にカミラは渋々着席する。座ってからも彼女は鷹のように鋭い目でエリクを睨んでいた、隣に座るテオと同じように。


 しかし、エリクは意に介さず、ミトさんの死亡診断書を掲げて淡々と話し始める。


「25日ほど前……港町シレーヌに行った僕とスミレはルスコール家の人間からミトさんの死因を探ってくれないか? と頼まれました。早速調べ始めた僕がまず最初に感じた違和感は亡くなる前のミトさんの症状でした」


 エリクは『ミトさんと夫クラントさんの両方がじわじわと蝕む毒のような症状パクタム病に冒されていたこと』そして『両者の症状自体が5年に1人現れるかどうかの稀有な病であり、ほとんどの人が病名すら知らない』事実を伝えた。


 加えて2人が近い時期に稀有なパクタム病に罹り始めた過去を伝えると傍聴人たちは疑いの目をテオとカミラへと向けていた。


 下唇を噛みしめていたテオは反論する。


「くだらないな。そもそもパクタム病は原因が解明されていないのだぞ? 感染症や遺伝性の疾患である可能性だって十分あるではないか」


「ええ、テオの言う通りです。だから僕は他殺や事故など、あらゆる可能性がある前提で調査を進めました。結果、シレーヌにいる段階では毒の性質も、犯人も特定できませんでした。毒を盛ったという前提で犯行が可能である人間を絞ってみましたが、使用人など含めれば数は10人を超えてしまう結果となってしまいました。お世辞にも良い成果を得られないまま僕たちはミーミル領に帰ることとなりました」


 更にエリクは“外部から殺しを指示した可能性がある人間”……つまりルスコール夫妻が亡くなることにメリットのある人物にフォーカスしたうえで探していたことも明かした。そちらの結果も該当者が10人を超えてしまったらしく、芳しくない調査報告に傍聴人たちは肩を落としている。


 でも、テオとカミラを犯人だと断言したエリクがこんなところで止まるとは思えない。今もなお瞳に強い光を宿しているエリクは報告を再開する。


「ですが、シレーヌでスミレの正体が判明し、ミーミル領に帰ってきてからは調査が進み始めました。実は最近、訳あって僕とグスタフは泊まり込みでスミレを護衛することになったのですが、その時にスミレから異世界に関する面白い話を聞くことができたのです。それが何なのか……テオは察しがついているでは?」


「……知らんな。勿体ぶらずにさっさと言え」


「スミレから聞いた話……それは異世界で色々な用途に使われる小さな物質『ヒ素』の存在です。スミレのいた世界に存在する悪人は極稀にヒ素を毒薬として使い、食事などに盛って人を殺すケースがあるそうです。そして、こちらの世界の人間はスミレのいた世界の人間と肉体構造的な差異はほとんどありません。ゆえにミトさんは似たような毒物を盛られているのではないかと僕は考えました」


 確かに私は毒殺に限らず色々な知識をエリクたちに与えた。だけど、いくらヒ素を摂取した人と反応が似ているからと言って、似た物質を科学の発展していない異世界の地で見つけられるとは思えない。そもそもヒ素の入手方法ですら私は知らないのだから。


 ここからエリクはどう結論付けるのかな? 心配になった私と目線を合わせたエリクは安心させる為なのか一瞬だけ笑顔を見せると机の上にある沢山の紙を裁判長と傍聴人に向けて掲げる。


「次にこちらの診断書をご覧ください。これは最近、ミーミル領にて“とある理由”で体調を崩した者たちの診断書です。驚くことに彼らは同時期に『皮膚の変化』『消化器症状』『神経症状』などの異変が体に現れました。これらの症状はヒ素を取り込んでしまった者の初期症状と同じです。そして診断書に記載されている者は全員が街の西はずれにある鉱山の採掘者なのです」


 街の西はずれにある鉱山……確かエリクと初めてデートした時に聞いた話だとカミラが管理している鉱山だったはず。だけど、鉱山で体調を崩した人とミトさんに何の関係があるの?


 発言の意図が読めない私が頭を捻っているとカミラは再び立ち上がり、鋭く人差し指を診断書に向ける。


「私が採掘者たちに毒を盛っているとでも言いたいのかしら? だったら否定できるわ。体調を崩した者たちは私の管理下ではあるものの、私と直接的な接点はない! それどころか会話すら碌にしたことがないのだから」


「僕は別にカミラが採掘者に毒を盛ったとは思っていません。彼らが一斉に体調を崩したのは“ある種”の事故ですから」


「事故?」


「ええ、採掘者たちは気付かなかったのですよ。自分たちがピッケルを振るっていた“シカスト”という名の鉱石が肉眼で確認できないレベルの塵芥を生み出し、毒性のある粉塵を吸い込んでしまっていたことを」


 エリクの言う通り、採掘者が作業中に特定の物質を吸入して体を壊すケースは地球でも多々存在する。ってことは鉱山管理者のカミラが鉱石を持ち帰って毒を用意したってこと?


 一気に場の空気がエリクに偏り始める中、カミラは反論する。


「エリクが唱える『シカスト鉱石が悪影響及ぼしていた説』は本当に正しいのかしら? 仮に正しかったとしても私やテオ兄様が毒を集めて、ミトさんを殺した証拠なんて見つからないと思うけど?」


「殺した証拠を提示してもいいですが、先にシカスト鉱石の毒性を証明することから始めましょう。実はスミレが留置所に入っている間、ミーミル学房の研究員に実験の協力を頼んだのです。シカスト鉱石の粉塵を使った動物実験をね」


 ここからのエリクはまるで地球の科学者のごとく饒舌に説明していた。


 どうやら動物実験は地球と同じようにマウスを使ったらしく、体重や代謝率などに基づいて種間での時間・用量・効果の比較を行う方法、通称『アロメトリックスケーリング』を用いたらしい。


 エリク曰く、この手法も私のいた世界から得たものらしいけど、私は強い違和感を覚えた。だって私は動物実験の手法なんて教えていないのだから。


 何故、私が知らないような地球の技術を知っているのか尋ねたかったけど、エリクの推理は佳境に入っていて、今この場で聞くことは出来なかった。


「これでようやく毒の特定はできました。あとは犯人を特定するだけです。と言っても僕は色々な出来事を経て%テオかカミラ、もしくは両方が関わっているに違いないと思っていました。なので2人の暮らすリーフション家の屋敷を調べることにしたのです。と言っても僕が直接調べた訳ではありませんがね」


「ふ、ふざけるんじゃないわよ! エリクは恐らく使用人を買収したのでしょうけど、勝手に人の部屋を調べるなんて滅茶苦茶だわ。間接的な不法侵入よ!」


 自分の事を棚に上げて責めだすカミラ。それでもエリクは動じることなく、寧ろ今日一番の怒気に満ちた目で睨み返し、思いを語る。


「僕を捕まえたければ裁判後に好きなだけ訴えればいい。こっちは大切な人の命がかかっているんだ。僕が罪人の汚名を被ろうが関係ないッ!」


「うっ……」


「……話を屋敷の調査に戻します。結果は見事カミラの部屋から粉末状のシカスト鉱石が出てきました。吸引を防ぐマスクのおまけ付きでね」


「ち、違うわ! 私は毒を使う為に粉末を持っていた訳じゃない、色とりどりな粉末をパウダーアートに使おうと思っただけよ。マスクを持っていたのもそれが理由よ!」


 もはや子供の言い訳レベルになってしまっている。見苦しく抵抗するカミラに対し、エリクはトドメの証拠を提出する。


「まだ否定しますか……。では、こちらの証拠を見てもらい……いや、聞いてもらいましょうかね」


 ここでエリクは机の上に置いていた小型蓄音機のボタンに指を伸ばした。既に言葉すら発さなくなったカミラの目の前で音声が再生されると聞こえてきたのはテオとカミラの会話だった。



――――ようやくスミレを牢屋に入れられたね、テオ兄様。あとは裁判を終わらせられれば憎きスミレ……いや、フィオルを殺すことができるのね。何もかも順調だわ、ミト・ルスコールも毒殺できたことだし。


――――まだ、ルスコール家には夫のクラントが残っているが構わないのか?


――――本音を言えば殺したかったけど、クラントは入院以降、執事のオルガノ以外と接触を避けているらしいから難しいわ。でも、英雄と呼ばれるミトを殺せたのだから大丈夫よ。私たちリーフション家はミーミル領で頭1つ抜けた貴族になれる。


――――まさかルーナ様に血の繋がった妹がいて、あらゆる所有物や権利をミトに渡すつもりだったとは思わなかったな。ミトが本格的にミーミル領へ移ってきてしまっていたら我々リーフション家にとって邪魔な存在になっていただろう。ルーナ様とは歳もかなり離れているからな。現役でいる期間も長くなってしまうだろうしな。


――――ええ、その通りね。だけど実際のところ、テオ兄様はそこまで家柄の争いに興味は無いのでしょう? 私と手を組んだのも、あくまでフィオルの死の真相を探りたかったから……それと、偽物であるスミレに屈辱的な死を味合わせたいだけなんだものね?


――――否定はしない。俺はフィオルの面をして生きるアイツが心底不愉快なだけだ。もっと言えば転生なんて手段を提供した遷移神せんいしんカイロスも殺してやりたいぐらいだがな。


――――まぁ、スミレを無様な目に合わせられるだけでも良かったじゃない。何年も前からルーナとミトに目を付けて盗聴し、ルスコール家にある書類の一部を盗み出した私に感謝して欲しいわ。


――――ああ、分かっているさ。あの書類こそが我々にとってターニングポイントだってことはな。


――――あの書類にはミトがカイロスから得た異界の発展した知識が記されていた……あの情報がなければ私たちは蓄音機や毒を用意できなかったものね。ルーナもミトも英雄だとか聖女だとか言われてて気に食わないのよ。フィオルと同じ匂いとでも言うべきかしら……全く毒気を感じさせない善人ほど不快な者はいないわ。


――――とにかく最後まで気を抜かずにやり抜くぞ。エリクもグスタフも方向性は違うがどちらもキレ者だ。裁判は万全の準備を整えて望むとしよう。



 再生された音声は言い逃れの出来ない証拠だった。まさかカミラがミトさんの持つ書類を盗み、悪事の糧にしていたなんて。


 この音声を聞いた今なら分かる。エリクが動物を使った高度な毒の調査を行えたのもカミラの部屋に置いてあったミトさんの書類から手法を学んだからなのだと。


 おぞましい欲を抱くカミラと根深い憎しみを抱くテオの会話は1度聞いただけで一生忘れることはないインパクトに満ちていた。


 蓄音機を片付けたエリクは追い詰めている側にもかかわらず泣きそうな顔で問いかける。


「テオ、カミラ……もう諦めてもらえますか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る