第35話 怒声



 裁判当日――――私はキノリス兵に連れられてキノリス中央裁判所の法廷に立っていた。


 法廷は日本のテレビドラマで見たものよりも広く、内装も少し豪華でシャンデリアが2つも設置されている。とはいえ中央奥に裁判官席、左右に被告側、原告側の席が用意されているのは日本と変わらず、真ん中に証言台があるのも変わらない。既視感のある光景は私の緊張感を一層高める。


 捕まってから今日までの時間は本当に長かった。何度も何度も取り調べを受け、その度に私はありのままの真実を伝えたけれど納得してもらうことはできなかった。加えて裁判の打ち合わせもろくに出来なかったから私は何の役にも立てていない。もうエリクたちに任せるしかない。


 先に入室していたテオとカミラは原告側の席に座り、私を見て不敵に笑っていた。一方、グスタフとエリクは被告側の席に座っていて、机の上には小型蓄音機が置かれている。あの蓄音機は何に使うつもりなのだろう?


 首を傾げる私と目を合わせたエリクは安心させるように笑顔で頷いている。そして、エリクは入口近くにいる私に歩み寄ると……


「この先、どんな危険があっても僕たちが守ります。なので落ち着いて対処してください」


 と小声かつ早口で伝えて離れていった。その様子を見ていた裁判官は注意を促す。


盾法士じゅんほうしエリク・ロンギーク殿。裁判前にむやみに被告へ声を掛けないで頂きたい」


「申し訳ございません。以後気を付けます」


 盾法士じゅんほうしは日本でいう弁護士みたいなもので、逆に検事は剣法士けんほうしというらしい。


 今回の裁判ではエリクもテオもサポート役の盾法士・剣法士を横に座らせてはいるけど、基本的には自分がメインで弁論するとのこと。今更ながら2人が当たり前のように裁判で戦うことのできる資格を持っていることに驚かされる。


 いよいよ、裁判が始まってしまうんだ。結果次第では何十年と牢に入れられるかもしれないし、最悪死罪になる可能性もある。鼓動が早く、血の気が引いていく感覚に支配される中、白髪と白髭をたずさえた威厳のある裁判長がガベルを叩く。


「それでは裁判を始める。まずは剣法士側から被告の悪事を説明してください」


「分かりました。皆様にはまず、こちらを見て頂きたい」


 テオは立ち上がると、まず最初に異鏡の泉の水で作った氷鏡で私の真の姿を映し出した。


 立花スミレの姿を初めて見る傍聴人たちの騒めきは中々収まらない。ようやく静かになってきたタイミングで“私が転生者であること”と“カイロスさんの協力を得て転生した事実”を蓄音機を再生しながら裁判官へ証明してみせた。しかも、音声を部分的に切り取ることでフィオルが私に肉体を託そうとしていた事実が無かったことにされている、最悪だ。


 恐らく2つの蓄音機を用意し、蓄音機Aで1度全体の音を録音した後に蓄音機Aで音を再生させながら蓄音機Bで小刻みに録音と停止を繰り返すことで違和感のない会話に仕上げているのだと思う。


 これじゃあ私のいた世界の傾向報道やフェイクニュースと変わらないよ……。テオはここまで汚い手を使うの?


 開幕から10分以上喋り続けたテオは最初の陳述を締める前に仰々しく両手を広げて訴える。


「以上が立花スミレの罪と遷移神せんいしんカイロスの失態の全容です。転生だとか神だとか、にわかには信じられない内容が多いことは認めます。ですが、真実を映し出す鏡がある時点で今回の事件は常識の枠を飛び出しています。そのことを踏まえたうえでスミレが貴族令嬢に成りすます為に転生してきたことを皆さんに知って頂きたい」


「異議あり!」


 ここでやっとエリクの反論だ。エリクはテオの持参した蓄音機を指さす。


「異鏡の泉でのやりとりは僕とグスタフもルーナ様も現場にいた。しかし、録音された声は部分的に切り抜かれている。本当はフィオルがスミレに肉体を託していたことを示す会話があるのです。故にスミレは自らの意思で異界からミーミル領に来たわけではない!」


「だが、エリクの方には証拠となる音声はあるまい? 一方、こちらはスミレが何年も前からフィオルやミーミル領のことを熟知していたと留置所にいるスミレ自身から証言を得ている。この証言そのものがスミレに言い訳できない状況を作り出している」


 何故、転生前の私がフィオルやミーミル領について詳しく知っていることがマズいの? 詳しいからこそフィオルたちに愛着が湧き、悪事を働く可能性が低くなると証明できるはずなのでは?


 発言の意図が全く掴めないままテオは持論を展開する。


「自分の意思に関係なく転生したこと自体は罪ではない。だが、スミレが3年以上前からフィオルのことを知っていたうえでフィオルのフリを続けたことに問題があるのだ。こちらの世界のことをよく知っているのなら、なおさら貴族令嬢のフリを続けるメリットを知っているはずだからな」


「違います、スミレはフィオルの周りにいる者を悲しませたくない一心で本物のフリをしていただけです。もしスミレに邪な心があり、好き放題に生きたい意思があるならばアナイン病で全ての記憶を失くしたフリをすればいいだけなのですから!」


 両者はじわじわとヒートアップしている。その様子を見かねたのか裁判長が口を挟む。


「どちらも少し仮定の話が多いな。特にエリク殿は具体的な話に欠けている。主張を通したければ、もう少し客観的な情報を提示して頂きたい」


「分かりました。ではスミレに関する基本的なところから言及していきます。まずスミレは――――」


 そこからエリクは……


『私が学房内外問わず勤勉だったこと』


『船旅では気絶するほどに氷魔術を使って助け、危険な遠征にもついてきたこと』


『シレーヌに行った際、私自身にあまりメリットがないミトさんの死因探しを寝る間も惜しんで協力したこと』


 などなど、少しエリクが美化している部分はあるものの、本当のことを裁判長へと伝えてくれた。


 特に船旅の件では『遭難時に船に籠らず自らの足で魔物のいるエリアへ食糧を取りに行ったこと』そして、ミトさんの死因探しに関しては『ルーナ様を大切に想っているからこその精力的に行動していたこと』を補足してくれた。改めてエリクの弁護が身に沁みる。


 それでもテオは負けじと言い返してきた……ああ言えばこう言うを体現するかのように。


「エリクの主張は根拠に欠けるな。まずは勉学に関して言及しよう。もともと高度な文明があるというスミレの世界ではミーミル領よりも質の高い教育を受けていたはずだ。それにも関わらず学房や屋敷で必死に勉強していたのは何故だ? それはフィオルのフリの延長線上でしかなく、頑張っている姿を見せて周りの人間を味方に引き入れる為のポイント稼ぎでしかなかったのでは?」


「……演技だと言えば何でも黒にできると思っていませんか?」


「黒の可能性を感じる点がいくつもあることが問題なのだ。疑念の積み重ねこそが人となりを示すのだ。もちろん他にも嘘をついていると思う点はあるぞ? 船旅ではスミレが突然氷魔術を使えるようになったと聞いているが、これも“使えないフリをしていた”だけだと考えている。恐らく命の危機が迫っていたから仕方なく使っただけなのではないか?」


 ここからテオの追求が加速し始める。


 テオ曰く、私が真剣にミトさんのことを調べていた点については『自分の正体に迫る者が存在する恐怖から他の懸念を潰しておきたかっただけ』なのではないか? とのことらしい。


 そして、テオは挙句の果てに私の普段の行動にまで言及し始める。


「そもそもスミレがエリクとグスタフぐらいにしか絡んでいない点も気にかかる。本来のフィオルは1つのコミュニティーに閉じこもる女性ではないのだ。彼女はいつも街中を歩き、多くの人と挨拶を交わす社交的な人間だったのだからな。スミレがフィオルに成り代わって人生の続きを健気に生きようとしているようには見えない」


 中々痛いところを突いてくる……確かに私はボロを出さないように大勢の人間と関わることを避けていたことは否定できない。性格だって平均よりも内向的だと思うし。


 元々ミーミル・ファンタジーはどちらかと言うと自己投影型の主人公像だったからフィオルの掘り下げ自体が他のキャラクターに比べて少なく、普段の彼女の行動を把握しきれていなかった点も今となっては響いてしまっている。


 不安になり隣に立つエリクを見つめる私。エリクは目線を合わせると一瞬だけ微笑みを返し、すぐにテオを睨みつける。


「……それは単にスミレがフィオルに比べて内向的なだけなのでは?」


「俺からすれば関わる人間の数を減らしていること自体がスミレの策に思えるな。正体がバレないように、ボロを出さないように努めていたのが透けて見える。そう考えれば勉強熱心なフリをしていたことにも説明がつく。他の者に構うことができない体裁を保てるのだからな」


「本当にそうでしょうか? テオの仮説でシュミレーションしたとしましょう。その際、スミレは僕やグスタフとの関りすら持たない選択をしていたのではないでしょうか?」


「スミレがエリクやグスタフと仲良くしていたのはメリットがあると踏んだからだろう。ロンギーク家もガントレット家もミーミル領四大貴族と呼ばれる名家だ。強い貴族とパイプを持ちたがる女狐だと考えれば辻褄が合う。いや、パイプどころか結婚までこぎつけようとしていたかもしれないな。盤石な地位を築きあげたい野望があった可能性すら考えられる」



――――私の娘は悪人じゃないッ!



 テオの煽りを込めたデタラメが続く中、法廷に突然女性の怒声が響く。


 声の聞こえた方に視線を向けると、そこには傍聴席から立ち上がり、目を潤ませるブリジットさんの姿があった。


 今、ブリジットさんは確かに“私の娘”と言ってくれた。留置所では私のことを“さん付け”で呼んでいたのに一体どうして?



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