第30話 護衛1日目



 1時……2時……3時……殺されるかもしれない不安を抱えているからか短い間隔で何度も目を覚まし、朝を迎える。当然、体に疲れは残ってしまい倦怠感を抱えたまま目を開くと枕の横でモーズさんが座っていた。


「目覚めたか。寝起きのところ悪いが昨晩の報告だ。エリク、グスタフ、ルーナへは既にテオとカミラの件を伝えておいたぞ。あと数時間もすれば護衛の為にエリクとグスタフが来てくれるはずだ」


「そっか、何から何までありがとうモーズさん」


「礼には及ばぬ。ちなみに両親には屋敷へ籠らせてもらえるよう頼んでおいたか? まだなら仮病でも何でもいいから学房を休ませてもらうといい」


「そうだね、じゃあ行ってくるよ」


 確かに外に出るのは危険だ。モーズさんの言う通りに動こう。


 1階に降りてからフィオル両親へ『今日は休ませて欲しい』とお願いすると意外にもアッサリと許可を貰えた。と言っても私の顔色が明らかに悪いからという理由で許可をもらえたから素直には喜べないのだけど。


 モーズさん監視の元、再びベッドで横になった私はエリクとグスタフが来るのを待つことにした。


 2時間後、同じタイミングで私の部屋を訪れた2人は朝に相応しくない険しい顔を浮かべており、グスタフが理由を語る。


「実は朝一番に俺とエリクでテオの屋敷に向かったんだ。ぶん殴ってでも馬鹿な真似を止めさせようと思ってな。だが、アイツは屋敷にいなかった。使用人が言うには仕事で隣国のキノリス王国に向かったらしい」


 隣国に向かったのなら暫くの間は安全なのかな? いや、テオが離れた位置にいても別の刺客が私を殺しに来る可能性だって充分にある。警戒しないと。


 エリクも同じことを考えていたのか机の上にノートを広げて呼びかける。


「テオがどこに居ようと気を抜ける日は1日もありません。3人とモーズさんで今後の護衛について話し合いましょう。まずはスミレを屋敷の中で守り続ける為に、外へ出なくていい口実を作らなければいけません。その為には……」


 エリクの考えた口実は『フィオルに拉致の予告状が届いたから皆で彼女を守りたい』という嘘をフィオルの両親へ伝えるというものだった。


 早速、偽の予告状を用意して両親へ伝えると流石に2人は『どうして昨日のうちに言わなかったの!』と驚いていた。娘が顔色を悪くしている点やエリクたちが必死になっている様子を見て、すっかり信じてくれたようであっさり屋敷に籠る許可をくれた。


 クワトロ家で用意できる私兵も可能な限り屋敷周辺に配備することで、お父様は私を……フィオルを必死に守ろうとしてくれていた。当たり前だけど娘が大事なのだなぁ、と実感する。


 なお、就寝時間帯の警備はエリクとグスタフが交代で担当してくれることに決定した。より正確に言えばモーズさんを入れた2人と1匹になるのだけれど。


 敢えてエリクたちを選ぶことができた理由は私が『エリクかグスタフじゃないと安心して眠れないの』と両親にお願いしたからだ。本当は夜でも話し合いができる状況を作りたかったのと、モーズさんが私の部屋で戦っても私兵の目に触れないようにしたかったからだ。


 年頃の娘が若い男と2人でなんて……と反対されるかと思ったけど、意外にもすんなり受け入れてもらうことができた。それだけエリクたちが信用されているのだと思う。


 これで土台は完璧だ。後はテオたちがどんな手を使って攻撃してくるのか皆で予測し合わなければ。


 モーズさんは机の上にある屋敷の見取り図を眺めながら持論を語る。


「ふむ……とりあえずスミレは庭やベランダに出ない方が良いな。いや、窓際にすら近づかない方がいい。遠距離から魔術を撃ち込まれないとも限らぬからな」


 もし、この世界でモーズさん並に腕の立つ魔術師がいるなら有り得るかも……。敵は何人いて何処に潜んでいるのか分からないのだから。


 モーズさんの言葉を聞いて頭を抱えていたグスタフは急に何かを思いついたらしく提案する。


「そうだ! しばらくの間だけでいいからカイロスさんの力を借りるのはどうだ? あの人は空を飛べるし、透明化だって使えるんだから護衛どころか、怪しい人物を捕まえることだってできるはずだ。頼んでみてくれよ、モーズ」


「それは無理だ。カイロス様が別の世界に移動したことは覚えておるな? 我は別世界にいるカイロス様に連絡する手段を持っていないのだ。つまり最低でも次の満月までは力を借りることができない」


「そうか、俺たちだけで頑張るしかないんだな」


 その後も私たちは、あらゆる攻撃手段を想定しながら話し合った。


 話し合いの中では異世界の文化を知っている私の知識を求められることが多く、私はマンガ、ゲーム、ドラマなどで学んだ殺害方法をエリクたちに伝えた。


 銃殺、毒殺、ガス殺など普段なら絶対口にしないような言葉を並べていると彼は感心しつつも少し引いているように見えた。私に引いている訳じゃなくて手口とか道具に引いているだけだよね?


 エリクは眉間に皺を寄せながら感想を語る。


「スミレのいた世界は平和そうに見えましたが物騒な手口に溢れているのですね。特に指先1つで金属を超高速発射する銃……でしたか? それには驚きましたね」


 ミーミル領レベルの文明なら銃が無いのも無理はないよね。むしろ魔術で代用しているのかも?


 話し合いは途中から質問コーナーのような形になっていて私は散々、地球や日本の話をさせられることになった。グスタフは特に楽しそうにしていたけれど流石に何時間も話をしていたからか全員が少し疲れだしてきて、一旦休憩を挟むこととなった。


 グスタフは床に寝っ転がると愚痴を漏らす。


「緊張感を持たなきゃいけないのは分かってるが、それでもちょっと暇だな。ましてや室内でやれる暇つぶしなんて限られてるし。スミレ~、何か暇つぶしのできる遊戯とかないのか? 前に暮らしていたニホンって場所は娯楽が豊富なんだろ?」


「う~ん、そりゃ色々あるけど、道具を使う物ばっかりだから……あっ、そうだ! アレなら紙で代用できるかも」


 私は棚から白紙の束を取り出して鋏を握り、小石サイズの円を沢山作り、半面だけを薄く黒色に塗った。そこから更に別の紙へ格子状の線を描き込めばあっという間にオセロの完成だ!


「じゃじゃーん! 今から大人気ゲーム『オセロ』のルールを教えてあげるね。まず最初に――――」


 エリク、グスタフ、モーズさんは食い入るように手製のオセロボードを見つめている。私が説明する度に3人が同じタイミングで相槌を打っていて正直凄くカワイイ。


 ルールを理解した彼らは早速、オセロを楽しみ始める。


「ははっ! 甘いぜ、モーズ! 角を取っちまえば裏返せないんだぞ」


「ぐぬぬ……脳みそが筋肉でできているかと思いきや意外とやるではないか。エリクもそう思うだろう?」


「ええ、正直とても悔しいですよ。もう僕はグスタフに5連敗ですからね……」


 命を狙われる者と護衛がいる部屋とは思えないぐらいオセロで盛り上がっている。それにしても意外なのはエリクだ。まさか沢山対局して1勝もできないなんて。


 あまりにも負けすぎて縮こまっているエリクが可愛すぎる。パーフェクトイケメンだと思っていた過去はとっくに消え、今では母性すら湧き始めているかもしれない。


 その後も3人の熱い対局……いや、正確に言えばグスタフとモーズさんのデッドヒートが続く。すっかり戦いについていけなくなったエリクは椅子に座ってボーっと天井を眺めていた。


 どうしたのかな? 敗戦続きで落ち込んでいるかと思った私は「オセロの傷を引きずってるの?」と問いかけるとエリクは笑いながら首を横に振る。


「ハハッ、流石にそこまで落ち込んでいませんよ。ただ、昨日カミラが言っていた『殺すメリット』という言葉が気になっていましてね。カミラの私怨以外に何があるのだろうと」


「そうだよね。私も昨晩からずっとそれが気になってた」


「ですよね。何となくですが、この言葉にこそテオたちを深く知り、悪事を止める鍵があるような気がするのです。本当にただの勘なのですが……」


「エリクがそう言うなら私ももっと深く考察してみるよ。お互い頑張ろうね」


 時に真剣に、時に肩の力を抜きながら今日という時間が流れていく。


 こんな危険な状況下で抱く感想ではないのかもしれないけど、正直エリクたちとの時間は修学旅行の宿泊部屋みたいで楽しかった。小さい頃から体が弱くて遠足、修学旅行、林間学校のような行事には軒並み参加できなかったから失った青春を1つ取り戻せたようで嬉しい。


 結局、日の出ている時間帯は特に事件が起きなかったこともありがたい。だけど、屋敷の外を見張っている私兵たちからは「時々、屋敷をチラチラと見つめる男たちを見かけました。ですが、こちらが近づくと逃げてしまいました」という報告を受けることがあり、私たちの警戒は少し高まっていた。


 さあ、ここからはいよいよ夜の時間が始まっちゃう。とりあえず今晩、私の部屋で護衛を担当してくれるのはエリクだ。色々な意味で緊張しちゃうけど何も危険なことは起きませんように……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る