第29話 メリット



「どうしてここに?」


 驚いた私が理由を尋ねるとテオは肩を竦める。


「どうしてだって? 月の出ている今夜なら貴様が本物のフィオルと話をすると思ったからだ。ましてや異鏡の泉に行って全てを知った後だ、なおさらフィオルと話したいだろう?」


 やっぱりテオは私が偽物だと分かっているみたい。 でも、どうして泉に行ったことまで知っているの?


 私と同じ疑問を抱いたモーズさんが尋ねる。


「何故、我々が泉に行ったことを知っている?」


「ほう、こいつは驚いた。噂のモーズがまさか黒猫だったとはな」


 噂のモーズ? モーズさんの存在を部分的に知っていたってこと? 誰から聞いたのだろう? 私には分からないけれどモーズさんは気付いたらしくハッとした表情を浮かべた後に答えを告げる。


「噂の……き、貴様! さては我とルーナの会話を録音したな?」


「ご名答。流石ルーナ様が認めた仲間だ。俺が与えたヒントからすぐに答えへ辿り着いたな。そう、俺は蓄音機を仕掛けていたのさ。お前たちが定期的に話し合いをしていたルーナ様の部屋にな」


「くっ……お前はどこまで知っている?」


「少なくとも、そこの女の名がスミレであること、そして、カイロスという名の神が裏で動いていたことは知っているぞ」


 モーズさんとルーナ様はこれまで綿密に話し合いをしてきたはず。そのぶんだけ詳細を知られてしまっているってことだよね?


 テオはほぼ全ての事を知っている……ってことは逆に言えばフィオルが私の転生を心から望んでいる事も知っているはず。それなのに私へ強い敵意を向ける理由は何? 不安による動悸で堪らず後ずさってしまった私はテオに問いかける。


「じゃあ今のテオがわざわざ偽物の私に会いに来た理由は何?」


「お前に会いにきた理由? そんなもの1つに決まっているじゃないか」


 吐き捨てるように呟いたテオは手の平をこちらに向ける。その手には強烈な氷の魔力が練られていて……


「お前を殺す為だ!」


 氷柱が矢を超える速度で私の腹部に迫る……このままじゃ殺さ……


「させるか! ウインド・シールド!」


 死を覚悟した次の瞬間、目の前に飛び出したモーズさんが竜巻を起こし、氷柱を斜め後ろへと往なしてくれた。


 モーズさんがいなければ死んでいたかもしれない。どうして……どうして私を殺そうとするの?


 大好きなフィオルの肉体を借りている私が憎いのは分かる。だけど、殺しは一線を越えているよ……。私が大好きだったテオはどこにいったの? ミーミル・ファンタジーで描かれていたテオだって本物のテオの延長線上にあるキャラクターだったはずなのに。


 悲しさと悔しさに満ちた涙がとめどなく溢れてくる。だけど、泣いていても何も進まない、テオに聞かないと。


「どうして……私を殺そうとしたの?」


「決まっているだろう、危険分子を消そうとしただけだ」


「危険因子? 私は何も企んでなんかいないし、誰かに害をもたらそうなんて……」


「俺からすれば目障りだ。それにフィオルが認めたとはいえ異界の人間がミーミル領に害をもたらさないとも限らない。人が何を考えているのかなんて分からないからな。少なくとも俺と同じ考えを持つ者が、ここにもう1人いるぞ?」


 テオが視線を横にずらすと木の陰から現れたのは妹のカミラだった。初めてモーズさんと会った日以来の再会だけど、あの日以上に彼女の目は冷たく、なのにこちらを見て笑っているから不気味だ。


 カミラはわざわざモーズさんの前まで移動してからしゃがみ込み、頭を撫でようと手を伸ばす。当然、モーズさんは憮然とした表情で横に跳んで避けるとカミラは更に妖しい微笑みを浮かべる。


「あら? 撫でさせてくれないんだ、残念。モーズちゃんは可愛げがないのね。おまけに凄く強くて氷魔術も防がれちゃったし。計画が狂っちゃったわね」


 モーズさんはかつてない怒りの形相で全身に魔力を漲らせ、毛を逆立てる。


「言っておくが2人同時に攻撃してこようが我は止められぬぞ?」


「モーズちゃんの強さが計算外だったことは認めるわ。それでもフィオルを消す算段は他にもあるから問題ないの。今から楽しみだわ」


「ちょっと待て。テオはともかくカミラがどうして死を望むのだ? しかも、わざわざスミレではなくフィオルの名を出したな?」


 そこは私も疑問に思った。カミラの考えが全く読めない。カミラはずっと保っていた冷たい笑顔を真顔に戻すと何故か墓の前へと移動する。


 一体何をするつもりなのだろう? と見つめていると驚くことにカミラは墓石に唾を吐き捨てる。


「私は昔からフィオルが嫌いなのよ。お互い貴族同士で同い年、だけどフィオルはいつも私より少し上の成績で、隣町でも噂になるほどの美貌を持ち、多くの人間を惹きつける人格者だったわ。何かと比較されることが多くてウザイったらないわ。だからフィオルがアナイン病になった時はせいせいしたわ」


「……絵に描いたようなクズだな」


「褒めてくれてありがとう。でも、私の復讐はまだ終わっていないの。だってフィオルの魂は今も墓の近くで漂っているのでしょう? 全てを託したスミレを殺す事が出来ればフィオルはもっと悲しんでくれると思わない? 想像しただけでゾクゾクしちゃうわ。だから私は殺すのよ。まぁ、殺すメリットは他にもあるのだけどね」


 カミラはテオの妹だけど根本的に人種が違う。ハッキリ言って彼女は狂ってる、とてもじゃないけど説得が通じる相手には思えない。


 モーズさんも同じ感想を抱いていたようで大きく溜息を漏らす。


「くだらない私怨を持っていることは分かった。だが、こちらに攻撃を加えた挙句、動機までベラベラ喋って無事に済むと思っているのか? 我々が今日の出来事を領護兵団に報せれば……」


「証拠も無ければ録音もしていないのにどうやって私たちの罪を訴えるのかしら?」


「くっ……だが、手の打ちようがないのはそちらも同じはずだ。今回の件を経て我々は警戒を高めることになる。何が何でもスミレを守り抜くぞ」


「あらあら、頼もしい猫ちゃんね。でも“力だけじゃ守り切れない戦い”ってものがあるのよ? 貴女たちの頭じゃ分からないと思うけどね。せいぜい余生を楽しんでちょうだい、偽物さん」


 再び冷たい笑みを浮かべたカミラはテオと共に去っていってしまった。緊張から解放されたモーズさんはまるで人間のように地面に座り込んで肩を落とす。


「ふぅ……。本当はこの場で2人を戦闘不能に追い込んで拘束したかったが、無理だった。奴らの放つ殺気、そして未知の戦闘能力を前にして賭けは出来ぬからな。すまない」


「謝らないで。守ってもらえただけでも凄く感謝しているんだから」


「そう言ってもらえると助かる。とりあえず予定していたフィオルとの対話は止めておこう。この状況を前にしてフィオルも何を言えばいいか分からないだろうからな。それにスミレは早く帰って安全を確保した方がいい。我も今回の件をすぐにルーナへ報告しなければいけないからな」


「そうだね……私はもう、いつ殺されてもおかしくないんだもんね」


 私は1度病気で死んだ身だけど、それでも殺されるのは堪らなく怖い。絶対に、絶対に死にたくない。やっと、まともに動く体を手に入れて、やっと青春を謳歌できるようになって、亡き友フィオルの望みを叶えてあげたいと心の底から思えたのだから。


 立花スミレとして亡くなった時以上の恐怖が私の手と膝を震わせる。私を見かねたのかモーズさんは小さな両腕で私の右手を抱え込む。


「あれほどの殺意と魔力を向けられては震えるのも当然だ。今晩のうちに我の方からエリクとグスタフに連絡を入れておく。明日以降は彼らに守ってもらうといい。彼らほど強く、想いの強い友はいないからな。もちろん我も極力スミレの傍にいるつもりだ」


「うん……ありがとう」


 モーズさんのおかげで震えが収まった私は足先を屋敷の方へ向け、風のアーチで運んでもらい帰宅した。


 明日からどうなってしまうのか不安はあるけれど、エリクたちがいればきっと乗り越えられるはずだよね?


 ベッドに寝転んだら眠気が強くなってきた。きっとエリクたちを信用しているから不安があっても眠れるのだと思う。


 自分がつくづく恵まれていることを実感しながら私は重くなった瞼を閉じる。



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