第28話 あの場所で再び
「以上が私の償い……そして、フィオルとスミレに関わる過去の話です。長話にお付き合い頂きありがとうございました」
まさか私の転生が4年間にも渡る壮大な計画だったなんて。改めて私は周りの人たちに恵まれているのだと実感が湧いてくる。
複数の世界を行き来する神様がいたことにも驚きだ。カイロスさんが世界を見守るだけではなく魂との対話、魂の移動まで出来るなんて。
これだけの力があるのなら、もしかしたら生きている人へカイロスさんの声を届ける事も可能なのかな? それができるなら私は……
「カイロスさん、全てを教えてくださりありがとうございました。1つ伺いたいのですが、カイロスさんは姿を隠したまま生きている人にメッセージを伝えることは可能ですか?」
「……それは難しいですね。私の秘術には欠点がありましてね。姿を隠している状態で私が声を出すと声を聞いた人間は少しの間、私の姿を認知できるようになってしまうのです。だから私がスミレの病室にいた時は一言も発していませんでした。もしやスミレは何か私にやって欲しいことでもあるのでしょうか?」
「もしカイロスさんが声だけを届けるられるのなら私のパパとママに伝言を頼みたかったのです『私は別の世界で楽しく暮らしているから悲しまないでね』と」
「なるほど、実にスミレらしいですね。一応、人の夢の中に声だけを届ける秘術も存在するのですが……」
「何か別の問題があるのですか?」
「神の掟のようなものがありましてね。日本で暮らすスミレの両親にミーミル領のような異世界が存在することを教えてはいけないのです。今回集まってもらった者たちや浦島のように異世界の存在を知らせなければどうにもならないようなケースだけは例外ですが……」
「そうですか……残念です」
良い案だと思ったのだけれども、掟があるならしょうがないよね。
カイロスさんは申し訳なさそうにしている。でも、転生させてもらえただけでも私は超幸運なのだからどうか気にしないでほしい。そんなこと考えているとグスタフが1歩前に出て問いかける。
「カイロスさんに聞きたいことがある。他の人間に異世界が存在することを知られてはいけないと言っていたが、それは天国も含まれるのか?」
「いいえ、天国や地獄はあくまで人間たちが善悪の帰結について考えたことで生まれた“教えや空想”に過ぎませんから」
「だったらちょうどいいな。昔、スミレと美術館に行った時、絵を眺めていた彼女の口から天国という言葉が出てきたことがある。つまりスミレのいた世界にも天国という共通認識があるはずだ」
「共通認識……なるほど、そういうことですか!」
「分かってもらえたようだな。スミレの両親には『天国で楽しく暮らしているからパパもママも心配しないでね』と夢の中で伝えればいいと考えたんだ。同じ日に両親の夢の中でカイロスさんが伝えれば娘からのメッセージだと気付いてもらえるし、異世界の存在もバレないはずだからな」
時々グスタフの頭の柔らかさには驚かされる事がある。彼の言う通りにすれば確かにパパとママを安心させられる。
直接会話ができるわけではないけれど、私の想いを伝えられるのはとても嬉しい。それにグスタフが私の言った何気ない一言を覚えていてくれて、解決に繋げてくれたことも凄くありがたい。
「ありがとう、グスタフ」
私が礼を伝えるとグスタフは珍しく照れた様子で鼻の頭を掻きながら視線をカイロスさんへと戻す。
「で、実現できそうかな、カイロスさん?」
「はい、もちろん大丈夫です。ではスミレは次に私が異鏡の泉へ来るタイミングまでに両親へ伝える言葉を考えておいてください。モーズを通して次に泉へ降り立つ満月の日をお知らせしますので」
「分かりました! 何から何まで本当にありがとうございます!」
「いえいえ、それでは私から伝えられることは全て伝えましたので、そろそろ帰る事にしましょうかね。あっ、その前に1つスミレたちへプレゼントをお渡ししましょう。散々迷惑を掛けてしまいましたからね」
そう告げるとカイロスさんは泉の一部分を魔術で凍らせて縦横50cmほどの丸い氷の板を作ってくれた。まるで鏡のように美しい板を手に取った私は驚愕する。何故なら氷の板に映っていたのはフィオルの顔ではなく私、立花スミレの顔だったからだ。
「カイロスさん、これは?」
「驚きましたか? そう、異鏡の泉の水は凍らせれば真実を映す鏡へと変化する性質があるのです。スミレの場合は転生者なので前世の姿が映りますが、他の者を映せば本当の“状態”を映し出すことができるのです。疲れている者はとことん疲れ顔を、憎しみに囚われた者はとことん醜い顔が、心を見透かすように映されるのです」
急にパッとしない前世の私が映って焦ったけど、さっきまで泉の水面を通して過去の私が映っていたから今さらエリクたちに見られるのを恥ずかしがってもしょうがないよね?
この鏡が役に立つ時がくるのかは分からないけど、持っていても損はないし、誰かが酷く疲れている時とかは鏡を見せて休んでもらうことができそうだから大事に冷凍保存しておこう。
「ありがとうございます。大事にしますね、カイロスさん」
「ええ、それでは次こそ本当に帰りますね。よいしょっと」
カイロスさんは自身の傍に薄紫色に光る楕円状の何かを作り出した。恐らくアレが異世界に渡るゲートなのだと思う。
深々と頭を下げたカイロスさんは安堵感に満ちた笑顔で別れの言葉を告げる。
「色々なことを知った後でも、きっと困難は待ち受けているものでしょう。それでもスミレ達ならきっと乗り越えられるはずです。貴女たちの未来が輝かしいものになることを祈っています。それでは、また」
ゲートの収束と共にカイロスさんはいなくなってしまった。
もっと過去の話を聞いたり、感謝の気持ちを伝えたかったけれど、複数の世界を守る使命がある忙しい神様なのだから仕方ないよね。それに今生の別れというわけでもないのだから次に会う時までに話したいことをまとめておこう。
衝撃的な話の数々に少し頭が疲れたけど充実感のある疲れだ。これでもう全ての事実が判明して私の隠し事もなくなったことになる。
グスタフも解放感を覚えたのか、背筋をグッと伸ばして話をまとめ始める。
「色々な昔話を聞いたわけだが、結局のところ悪い奴はいないようでよかったぜ。今晩を以て全てが解決したと思っていいよな、エリク?」
「う~ん、そうとは言い切れないかもしれません。まだテオには何も伝えていないわけですから。いや、テオの精神状態を考えると今日の話自体を伝えない方がいいのかもしれませんね」
「それも一理あるな。まぁ、テオのことは今度みんなでじっくり話し合って結論を出そう。今夜は一旦解散だな」
テオの事は本当にどうすべきか正解が分からない。恐らく彼は私が本物のフィオルではないことに気付いていると思う。かと言って、フィオルの魂をテオの目の前で可視化してもらってからフィオルの口で『私が自ら望んでスミレに転生してもらったの』と説明してもらっても彼は納得してくれるのかな?
よくない未来ばかりを考えてしまう。グスタフの言葉に頷いた私は仲間たちと共に来た道を引き返して小舟に乗り込む。
ミーミル海岸に着き、グスタフの一声で解散となり、私とモーズさんは屋敷に向かって歩いていた。モーズさんとペアで移動しているのは私だけが屋敷から抜け出す形で外に出たからモーズさんの風魔術を借りて自室に戻る必要があるからだ。
帰り道、心からモヤモヤが消えることはなく足取りは重かった。そんな私を見かねてか、モーズさんはいつもよりも優しい声色で話しかけてくれた。
「大丈夫かスミレ? やはりテオに話すかどうか迷っているのか?」
「……モーズさんにはお見通しだね。少なくとも私1人では答えが出せそうにないの。私は、ある意味1番の中心人物だっていうのに情けないよね?」
「そんなことはない。心からテオのことを心配しているのだから悩むのも当然だ。うーむ、落ち込んだスミレをこのまま家に帰すのは異界の使者の名折れか……。よし、今から墓に行ってフィオルに元気づけてもらうことにしよう」
「え? どういうこと? 私は別にそこまで落ち込んでは……」
「まぁ、いいではないか。フィオルに事情を話せば彼女なりの答えが聞けて参考になるだろうからな。それに全ての真実を知った今、フィオルに礼の1つでも言いたいだろう? 機会を逃せば再び満月になるまで待たねばならないぞ?」
モーズさんの言うことにも一理ある。礼を伝えたい気持ちと話を聞いて欲しい気持ちの両方が今の私にはある。モーズさんの提案に乗ろう。
「うん、分かった。じゃあ、フィオルの墓へ風魔術で飛ばしてくれる?」
「もちろんだ、行くぞ!」
風のアーチに身を委ねた私は数分でフィオルの墓から100メートルほど離れた位置へと降り立った。今さらながらモーズさんの風魔術が便利すぎるから通学に使わせて欲しいと思っちゃう。人目に付くから夜にしか使えないけど。
墓まであと少しの距離になったところでちょっとだけ緊張してきた。フィオルには物凄く世話になっていた過去が判明したし、前世の私の話もカイロスさん経由で沢山聞いているだろうから恥ずかしいというのが本音だ。
残り50メートル、30メートルと距離が近づくにつれて鼓動が早くなる。視界を遮る木々の横を抜けて遂に墓が視界に映る正にその時……私は驚きの余り絶句し、後ずさりする。何故なら私の目の前には……
「久しぶりだな」
目の笑っていない笑顔を私に向けるテオが立っていたから。
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