第27話 似た者同士(カイロス視点)



 遷移神せんいしんの秘術によって次元の壁を越えた私は地球に存在する国々の1つ日本に到着しました。


 エリクたちには信じられないかもしれませんが高度な文明を持ち、人口の多い日本は所狭しと建物が並び、視界の大半が人で埋め尽くされるような場所も存在しています。


 そんな日本でも転生条件に合う女性を探すのは大変です。なので私は『とある男性』に接触します。


 その男性の名は浦島 修うらしま おさむ――――日本では漫画と呼ばれる物語性のある絵を描き、同じく物語性のあるゲームという遊具を作る会社で働いていました。ですが、歳を取ってから政治家……ミーミル領で言うところの施政者や貴族に相当する仕事に励んでいました。


 私は早速、浦島の暮らす家へと向かいました。深夜、彼が眠っているであろう屋敷の私室に足を踏み入れると偶然起きていた浦島は……


「うわぁっ! カ、カイロス様!? いきなりでビックリしましたよ、お久しぶりですね」


 と笑顔で迎えてくれました。


 最後に彼と会ったのは20年以上前ですが、あの頃と変わらない柔和で、どこか童心を残した表情は健在でした。小柄でふくよかな体格と垂れた優しい目も健在で思い出話の1つでもしたくなったぐらいです。


 久しぶりという言葉を聞いてスミレたちは驚かれましたか? 実は遷移神せんいしんである私は極々稀に特定の人物へ素性を明かす事があるのです。


 わざわざ素性を明かすのは主に世界の危機やトラブルがあった際、力を借りたくて教えています。スミレたちに正体を明かしたのも転生絡みのトラブル……いえ、フィオルに対する友人孝行とでも言った方がいいですかね。


 私は挨拶もそこそこにフィオルのことを伝えて転生者を探す手伝いをしてほしいと頼みました。すると彼は眉間に皺を刻みます。


「今の僕のツテを使えば若くして亡くなりそうな少女を探すことは可能です。本来、政治家が個人情報を探るような真似をするのは良くないのでしょうが、僕の利益に繋がるような悪事ではありませんし、2人の女性を救う行為だと考えれば許されるでしょう。ですが、フィオルさんと親和性がある女性を見抜くのは大変そうです。そちらの方がよっぽど難易度が高いでしょう」


「こっちの世界には心理テストや相性診断と呼ばれる調査方法があるでしょう? そういったものを使ってフィオルの人生の続きを生きるのに相応しい人を探せないでしょうか?」


「……カイロス様は意外に乙女というかミーハーですね。残念ながら、その手の調査は信憑性が低いのです。それに人間は診断テストの類でも時々嘘をつくことがありますから精度は保証できないかと……ん? いや、待てよ、ゲームとネットを使えば上手くいくかもしれないかな?」


「ゲームとネット? どういうことですか?」


 今から話す内容はスミレにしか理解できない説明になってしまうかもしれませんが聞いてください。浦島は最近の地球ではありふれている“ゲームとネットの結びつき”に注目しました。


 浦島の案は主に2つのステップに分かれていました。まず最初にフィオルを主人公に添えたゲーム『ミーミル・ファンタジー』を作成し、多くのユーザーに遊んでもらいます。


 次にユーザーごとにゲームのやり込み具合を数値化してからアカウント情報を調べてミーミル・ファンタジーに対する愛情が深い女性ユーザーを見つけ出します。そこから更に転生条件を満たす者を絞り込んでいくわけです。


 早速、浦島は自分が過去に関わっていたゲーム会社に連絡し、製作途中のアクションゲームに手を付けて今のミーミル・ファンタジーへと改変してくれる流れとなりました。ちなみに浦島がわざわざ恋愛要素の強いアクションゲームに仕上げたのは女性ユーザーを沢山集める為でした。


 浦島は上手くやってくれるはずだから後はフィオルの周辺のことを沢山調査してゲーム内のストーリーに組み込んでもらう必要があると私は考えました。


 私はモーズへ『フィオルの人間関係をとことん調べてきて欲しい』と追加の仕事を頼みました。その影響でモーズはますますフィオルの魂とルーナに接する機会が増えていくことになったのです。


 ゲームの作成は極めて順調に進んでいました。しかし、私の心にはまだ不安の影が覆っていました。いくら人口が多いとはいえ余命が少ない若い女性がミーミル・ファンタジーを手に取り、フィオルに強く感情移入してくれるのだろうか? と考えてしまったのです。


 ですが、私の心配はゲーム発売後に払拭されることとなりました。あれはフィオルがアナイン病になってから1年ほど経った頃、浦島が自宅で私にパソコンの画面を見せてくれました。


「カイロス様、こちらのブログと動画を見てください」


「…………これは!」


 そこには“スミスミ”というハンドルネームでミーミル・ファンタジーに関する熱量の高いブログ記事や動画を投稿する女性ユーザーの姿がありました。彼女はゲームのやり込み具合もさることながらゲーム内の登場人物に対する理解や共感力が高く、心の底からミーミル領の人たちを愛してくれていることが文面から伝わってきました。


 加えて彼女は闘病中で余命が限られていることをブログで明かしており、更に浦島の念入りな調査により立花スミレという名の学生であることも分かりました。私の心の中ではもう99%彼女で決まっていました。


 浦島も同じように考えていたらしく自身の座る椅子を回転させると隣で座る私にしたり顔を向けます。


「どうですかカイロス様? この子こそ転生者に相応しいのでは?」


「ええ、私もそう思います。ですが、人の心は自分の目で直接見てみるまで分からないものです。明日、私は透明化の秘術を使って立花スミレさんのいる病室に行き、彼女の人となりを確かめてきます」


「分かりました。フィオルさんが望むような人であることを祈っています」




 翌日の昼過ぎ、早速私はスミレの入院している病室へと向かいました。


 その病室のベッドには可愛らしい少女が座っていました。艶やかな黒髪を肩のあたりで切りそろえ、白く透き通る肌に真ん丸な頬がほんのり桜色に染まり、子猫のようなつぶらな瞳は年齢以上に幼く見えました。彼女こそが私が求めていた転生者候補……立花スミレだったのです。


 昼間ということもあり『スミレが病室でミーミル・ファンタジーを遊んでいるかも?』と予想しながら私は病室に降り立ちました。しかし、意外にも彼女は熱心に学校の勉強に励んでいたのです。


 私は『余命が限られているのなら残りの時間は好きに遊んで暮らせばいいのでは?』と考えていました。ちょうど見舞いに来ていたスミレの母も同じ思いを抱いていたらしく、オブラートに包んで思いを口にしていました。


「スミレ……その……好きに過ごしていいのよ? 貴女はずっと病に向き合って頑張ってきたのだから。漫画でもゲームでも好きなように遊んでいいのよ?」


「ありがとう、ママ。でも、私は最後まで普通の学生と同じように過ごしたいの。朝から放課後の時間まで勉強して、帰宅してから自由な時間が始まる……そんな普通のスケジュールをね。死を受け入れたからこそ、残りの生を真面目に使いたいの」


「スミレ……分かったわ。もうママは何も言わない。だけど、して欲しい事があったら何でも言うのよ? 子供が喜ぶことをしてあげるのも母親にとっての“普通”なんだから」


 スミレは私の想像以上に人格者でした。


 その後もしばらくスミレを観察していましたが、スミレは誰に対しても優しく、自分の抱えている苦しみを表に出さない子でした。


 むしろ両親以外の人と会話をしている時は「私が亡くなった後のパパとママの方が心配だよ。前を向いて歩いてくれるといいのだけど」と逆に気遣う優しさをみせていました。まるでフィオルのように。


 余命が限られていれば家族、友人、病院関係者を前にしてパニックになったり、暗い顔を見せるのが普通でしょう。ですが、スミレの悲しそうな顔が私の視界に映ることは最後までありませんでした。




 そして月日は流れ、スミレの命の灯がいよいよ消えそうになってきたところで私はフィオルの墓へ行くことにしました。もうすぐフィオルの肉体にスミレの魂が宿ると報告する為にです。


 月光に照らされるフィオルは私が近づいてきたことに気付くと、いつもとは違うぎこちない笑顔で言いました。


「ついに噂のスミレがミーミル領に来てくれるんだね、楽しみだなぁ。私ができることなんて何もないのに凄く緊張してきたよ」


「……楽しみ……という割には浮かない顔をしているようですが。緊張の正体は一体何でしょうか? もし、気持ちが変わって肉体を譲るのが嫌になったのでしたら今からでも……」


「違うの! 私は心からスミレに肉体を譲りたいと思ってるよ。ただ、スミレが平和に暮らせるかどうかが心配なだけ。最近、墓参りにきてくれるテオの様子もおかしいから万が一、スミレが偽物だとバレてしまったら、どんな行動にでるか……」


「不安でしたらスミレが転生した直後に私の口から注意すべき点を彼女に伝えましょうか?」


「ううん、それはしなくていいよ。スミレにはミーミル領での人生をゲーム感覚で生きてもらってもいいし、異世界と認識して生きてもらうのでもいいと思ってる。だけど、神様が存在することやルーナ様が裏で動いていることは知らないまま生きていってほしいの。本当は私の事すら意識しないで人生を楽しんでほしいぐらいだよ。両親とスミレが笑っていればそれだけでいいから」


「……貴女とスミレは結構似た者同士かもしれませんね」


 似た者同士だからこそ惹かれ合うのかもしれない……そんなことを考えながら暫くフィオルと会話を交わした私は再びスミレのいる病院へと移動しました、新たな人生を歩む魂を迎えに。



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