第26話 フィオルの希望(カイロス視点)



 4年前……遷移神せんいしんカイロスを名乗る私は地球でもミーミル領でもない別の世界を自分の足で観察していました。すると、その世界に存在する名も無き小さな島で“とある事件”が起きてしまいました。


 その事件は分かりやすく言うと神隠しのようなもので、島の生物を丸々転移させるレベルの大規模な現象が起きてしまったのです。


 別名“歪み”と呼ばれる空間の裂け目は遷移神せんいしんである私でも防ぐことができません。いわゆる天変地異のようなもので、その時も事後対応しかできませんでした。


「…………とにかく急がないと!」


 私はすぐにどんな生物が転移し、どこの世界へ移動したのかを調べました。


 その結果、アナイン病をもたらす鹿型の魔物モルペウスが大量に移動していること、そして魔物たちがミーミル領の未開拓森林地帯に移動していることが分かりました。


 アナイン病は最悪の場合死に至ることを知っていた私はミーミル領へと移動し、モルペウスの殲滅に励みました。私は神の力で透明になることができるので人々に見つからずに次々にモルペウスを葬ることに成功します。ですが、私の目の届かない所に隠れていた一部のモルペウスは人々を襲いかかってしまい、100人を超えるアナイン病発症者を出してしまったのです。


 私はアナイン病になった者たちが全員目覚める事を祈りました。元々、アナイン病は半年以内に目覚める者が大半なので全員が助かる可能性も充分にあると思ったのです。ですが、悲しいことにフィオルを含む一部の者たちはアナイン病に罹ってすぐに“肉体から魂が離れ始めて”しまいました。私が思っていた以上に魂の吸着力には個人差があったのです。


「1人でも多く救ってみせる!」


 私は眠り続ける者たちへ神の秘術を使い、必死になって魂を肉体へ戻そうと試みました。しかし、悔しいことに数名の救えない人間を出してしまったのです。私は消えゆく魂1人1人に名を名乗り、経緯を説明し、頭を下げて謝り続けました。


 私に謝られた魂は時に無言で、時に罵倒を浴びせて去っていきました。4人……5人……と色々な家や病院に行き、謝り続けていた私は遂に最後の1人が眠る屋敷に到着しました。屋敷のベッドには15歳の少女がスヤスヤと眠り、その横には少女の魂が漂っていました。


 こんなに若い子の人生を終わらせてしまったと自責の念に蝕まれそうになりながら私は彼女に近づきました。すると魂は亡くなっている者とは思えないほどに爽やかな笑顔を向けて自己紹介を始めました。


「はじめまして、私の名前はフィオル。貴女は誰? 私が見えているみたいだけど」


「私はカイロスといいます。実は貴女に謝らなければならない事がありまして――――」


 私はこれまで通り自分の力不足で犠牲者を出してしまったこと、そして今後も魂が肉体に戻る可能性はほとんど0に近いことを伝えました。私は当然責められることを覚悟していました。しかし、フィオルは首を激しく横に振ると私の手を握って言ったのです。


「カイロスさんは出来る範囲のことを一生懸命やったわけでしょう? 私は全くカイロスさんを責めるつもりはないよ」


「フィオル……その言葉はとてもありがたいのですが、神である私は言い訳するわけにはいかないのです」


「人間だろうと神だろうと関係ないよ。失敗は誰だってするもの……いや、そもそも失敗ですらないよ。だって、カイロスさんはたった1人で色々な世界を守る為に頑張ってくれていたのだから。おかえりを言う場所も無ければ、労ってくれる相手もいなくて辛かったよね? 誰が何と言おうと私は貴女を称えるよ?」


 亡くなっている身にもかかわらず神である私に優しい言葉をかけてくれるフィオルは本当に眩しかった……。涙を流したことのない私が泣いてしまいそうなほどに。


 私は出会ってすぐにフィオルの魅力に引き込まれていたのだと思います。だからでしょうか……気が付けば私は彼女に尋ねていました。


「本当に優しい子ですね。私はフィオルの事が気に入ってしまいました。ですので、よければ貴女の望みを教えてくれませんか。神の力でできることは限られていますが、可能な限り叶えさせてもらいます」


「私はもう死を受け入れたから私自身にして欲しいことは何も無いかな。でも……」


「でも? 何かあるなら遠慮なく仰ってください」


「両親の事が心配……かな。特にお父様は私がアナイン病になって以降、少しずつ食事が減って痩せちゃってるし。だから、どうにかして元気にしてあげられないかな?」


 病気の娘を想う両親を元気づける……フィオルらしい実に親孝行な願いではありますが、私には手が思い付かず黙ることしかできませんでした。それでもフィオルは全く諦めてはおらず、1つの案を口にしました。


「私そっくりの偽物の魂を肉体に入れて、私の人生の続きを生きてもらうことはできないかな? もしくは私の体で私の人生の続きを生きたいと希望する人を探し出して、代わりに生きてもらうとか! あ、でも、それは転生という名の人殺しになっちゃうのかな? 抜け殻になった人の家族が悲しむだろうし……」


 『転生』という言葉を聞いた時、私に雷を受けたような衝撃が走りました。


 神の力では元々の肉体から離れた魂を再度肉体に戻すのは『時間経過によって魂の吸着力の低下』が強くなるほど難しいものでした。フィオルの魂が正に該当するケースというわけですね。ですが、異界から呼び寄せた魂を新しく肉体に入れること自体はさほど難しくない特性がある……このことを私は思い出しました。


 魂を移動させることに関しては何とかなりそうでしたが、ここで新たな壁に頭を悩ませることとなります……それは『フィオルの人生の続きを生きたいと思ってくれる異界の人間を探す』ことでした。


 私は転生を叶えたい意思と転生の難しさの両方をフィオルへと伝えました。それでも彼女の目に諦めの色はありませんでした。


「色々な壁があることは分かったよ。それでもカイロスさんにとって無理のない範囲で私の代わりを務めてくれる人を見つけて欲しい。転生者に迷惑がかからなければ失敗しても構わないから」


 失敗しても構わない――――フィオルは再び“失敗を許容する言葉”を掛けてくれました。彼女の言葉によって私は決心を固めます。


「ありがとう、フィオル。何年かかるか分かりませんが必ず成し遂げてみせます」


「うん、こちらこそありがとう! 新しい人の魂が肉体に宿るところを見届けるまで私も消滅しないように頑張るね」


 こうして私とフィオルによる転生計画が始まりました。


 とりあえず今、私がやらなければならないことは『後腐れなく転生してくれる魂を見つけること』そして『転生までにフィオルの魂が消えないようにすること』この2つに狙いを絞りました。


 特に後者は最優先で動かなければいけないと判断した私はフィオルの魂を繋ぎ止めておく為の墓を作ろうと考えました。とはいえ墓がフィオルの肉体から極端に離れすぎてしまうと、辛うじて動いている臓器が止まってしまう可能性があります。危惧した私は“撤去されない墓をミーミル領に建てる”必要があると判断しました。


 となると、フィオルの事情を説明したうえで墓を守り続けてくれる優しく聡明な者の力を借りる必要があると考えました。そこで私が秘術を使い、使者として生み出したのがモーズなのです。


 私は自分の力を幾らか分け与えた黒猫モーズを召喚し、ミーミル領で最も有名な人格者ルーナの元へ派遣しました。結果はスミレたちも知っての通り、ルーナは今日まで私たちをサポートしてくださいました。




 ひとまず墓の件が解決したところで私は転生者の魂を探すフェーズに移行しました。


 私が考える転生者の条件は主に5つあり



『転生という現実を受け入れられる者』


『フィオルと歳が近い女性』


『現世での生を近々終えてしまう者』


『フィオルと周囲の者たちを愛してくれる者』


『フィオルのフリができる者』



 が必要だと判断しました。


 正直、エリクやグスタフから見ればかなり厳しい条件だと思われたでしょう? ですが、私には探すアテがあったのです。人口が多く、転生や異世界への興味が強く、優しくて賢い者が多く暮らす世界……地球と呼ばれる場所の日本という国に。



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