第25話 異鏡の泉



 エリクとグスタフがモーズさんに接触してから5日後の夜――――モーズさんは自室の窓を外からノックする。早速私はモーズさんに誘われる形で家を出る。両親に『今からイロス島に行ってきます』なんて言えるわけがないからコッソリ抜け出すしかないよね。


 以前のようにモーズさんの風魔術で難なく敷地外へ出ることができた。ミーミル海岸に到着すると既にエリクとグスタフが到着していて小舟の前で待ってくれていた。


 頷き合って小舟に乗り込む私たち。10分ほどかけてイロス島の桟橋に降り立った私はその場で島を見渡す。


 無人島だから当然、植物が生い茂っているけど古代学の調査員が足を踏み入れているから小径はしっかりできている。桟橋からでも目に入る遺構には私が見た事の無い幾何学模様が刻まれていて改めて歴史的価値のある場所だと感じさせてくれる。


 私たちが桟橋を渡り切ると前方の樹からゴソゴソと音が聞こえてきた。視線を向けると現れたのはルーナ様だった。ルーナ様は開口一番「今まで色々と黙っていてごめんなさい」と頭を下げてくれた。


 私は何も嫌な思いはしていない。だけどミーミル領に帰って以降、私はルーナ様と顔を合わせていないまま、エリクたちから話しだけは聞いているから若干気まずさがあるのは否めない……。


「いえ、謝らないでくださいルーナ様。それより今日はどうしてイロス島に呼んで頂けたのでしょうか?」


「スミレたちに会ってもらいたい人がいるの。その人はここから南に15分ほど歩いたところにある異鏡いきょうの泉と呼ばれる場所にいるからついてきてちょうだい。そこに着くまで私の口から話せることは話しておくわ」


 ルーナ様から全ての情報を聞けると思っていたから別の誰かがいるなんて驚きだ。新しい人物がいると告げられてエリクとグスタフは警戒しているみたい。そんな2人を見たルーナ様は「悪い人じゃないから安心して」とクッションを置いたうえで私に語り掛ける。


「まず、異世界について話しておこうかしら。スミレは身を以て2つの世界を体験したわけだけど、そもそも異世界自体が幾つ存在していると思う?」


「えっ? 異世界の数ですか? ん~、見当もつきませんけど10か20ぐらいですかね?」


「……少なくとも300は存在しているらしいわ。あくまで確認できた数に過ぎないらしいのだけど」


「ちょ、ちょっと待ってください! らしいって誰が言っていたのですか? もしかして、これから異鏡の泉で会う人が?」


「ええ、その通りよ。その人は見た目こそ普通の女性だけど『遷移神せんいしんカイロス』と呼ばれる強い力を持つ女神なの。まずはカイロス様と異世界の関りから説明していくわね」


 ルーナ様から教えられた情報は全てが衝撃的なものだった。


 元々、遷移神カイロスは肩書の通り異なる世界を移動することができる女神らしい。加えて亡くなった者の魂を別の肉体に入れる秘術を使えるようで私の魂をフィオルの肉体に入れたのもカイロスさんとのことだ。


 カイロスさん曰く世界には時々、神や人間が認知できない歪み……例えば世界Aに存在する人間や魔物が突如発生した時空の裂け目に飲まれて世界Bに移動してしまうような事態が発生してしまうらしい。


 私の暮らしていた地球では『神隠し』『一部の神話』『一気に文明を進ませるような大発明や大天才』などは歪みから運ばれてきたケースも少なくないらしい。


 そんな歪みが発生する数多の世界の平和を維持する為にカイロスさんは日々働いているとのことだ。歪みに対処するか放置するかの判断をしたり、転生させるべき魂を選んで転生させたりと仕事は多岐に渡り、彼女の大変さが伺える。


 あまり文明が発展していないミーミル領と周辺国に蓄音機を始めとした少し高度な技術を伝えたのもカイロスさんで、特にルーナ様とミトさんは沢山の知識を与えられたらしい。


 これらの情報から考えると私……立花スミレの魂を転生させることに有益性があると判断されたってことなのかな? ただのゲーマー女子高生でしかない私に神が関与するほどの価値があるとは思えないけど……。




 色々な話を聞いて、思考を巡らせているうちに気が付けば泉の前に到着していた。


 目の前にある泉は幅、奥行き共に30メートルほどで小さいけれどホタルみたいな虫が飛んでいて水面が明るく、どこか神々しい。


 モーズさんはルーナ様の目を見て頷くとフィオルの魂を可視化した時と同じように水色の半球状の空間を展開させた。どうやら神様も霊体と一緒で可視化の手順を踏まなきゃいけないみたい。空間の中にある光の粒が少しずつ泉の上へと移動すると光の粒は徐々に人の形となっていき1人の女性を……女神を形作る。


 目の前に現れた女神は泉の上で浮遊していて、風に揺れる赤褐色の髪を月光で照らして穏やかに輝いていた。人間で言えば初老ぐらいかな? 目は鋭くも奥に優しさを感じさせ、頬には歳月を刻んだ皺がありながらも、どこか快活さが残っているように感じる。


 左手に持っている木製の小盾は懐中時計を模しているような趣があり、純白のキトンを着ていることも相まって女神としての威厳を漂わせている。彼女が遷移神カイロスだと確信がもてる。


「はじめまして。道中、ルーナから話を聞いているとは思いますが、私が遷移神カイロスです。ここまで足を運んでくださり、ありがとうございました」


 深々と頭を下げるカイロスさん。お辞儀1つとっても品があって美しい。


 ルーナ様は私たちに伝えてくれた情報をかいつまんでカイロスさんに伝えてくれた。小さく頷きながら報告を聞き終えたカイロスさんは私たちを呼び寄せた理由を語る。


「最初にスミレさんたちへ伝えておかなければならないことがあります。それはフィオルについてです。結論から申し上げますとフィオルがアナイン病となり、スミレさんが転生することになり、多くの人を巻き込む事態になったのは私の力不足が原因なのです」


「えっ……?」


 数多の世界の平和維持を仕事としているカイロスさんが原因? そんな馬鹿な……。彼女がこれからどんな話をするのかさっぱり予想がつかない。


 カイロスさんは「これから異鏡の泉の力を使って、長い話を始めさせてもらいます」と前置きすると泉に両方の手のひらを向ける。すると、水面に見た事の無い島が映し出された。


 視覚的には上空から島を眺めている感じで、島自体が雨雲に包まれていて朝か昼かも分からない。視界的には暗いけど自然が豊かで元気な鳥の鳴き声も聞こえてくる、映像だけじゃなくて音も出るなんて流石神様の秘術だ。


 謎の島を苦々しい顔で眺めていたカイロスさんは溜息を漏らした後、全ての真相を語り出す。


「全ての始まりは4年前――――フィオルが魔物モルペウスの攻撃を受けてアナイン病になる1日前のことでした」



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