第24話 外れた狙い(エリク視点)



「おかえりなさいませエリク様!」


 我が家のエントランスにメイドの元気な声が響く。僕が家を空けていたのはたった10日間だけなのに随分懐かしく感じる、それだけシレーヌへの旅が濃かったということだろう。


 スミレたちと別れた後、屋敷に帰ってきた僕は明日から始まるルーナ様の尾行をうまく進める為、英気を養いつつ脳内でシミュレーションを繰り返していた。


 すると、1時間前に別れたばかりのスタッフが屋敷を訪れ、僕の部屋の扉をノックする


「ちょっといいかエリク?」


 部屋に入ってきたグスタフに「どうかしましたか?」と尋ねると彼は一際真剣な表情で提案する。


「明日からの尾行についてだが、スミレ抜きで進めないか? モーズって猫は悪い奴ではなさそうだが、異世界や魂が絡むような話だからな。多少手荒いことにならないとも限らない」


「それもそうですね。今やルーナ様すら信用できるかどうかわからないのですから」


「だろ? それにスミレにとって酷な話になる可能性もある。部分的に情報を隠して彼女に伝えることも考えなきゃいけないと思うんだ」


「相変わらずグスタフは優しいですね。貴方はまだ病み上がりで半分の力も出せない身だというのに、自分より仲間優先なのですから。分かりました、明日ミーミル学房に着いたら何とかスミレを説得しましょう。多分『やだ! 私も行く!』っと反対されそうですが……」


「そうだなぁ……まぁ出たとこ勝負で説得しよろう」


 その後、細かいところ話し合ってからグスタフは自分の家へと帰った。





 翌日、ミーミル学房に到着した僕とグスタフはスミレに事の次第を伝えた。


 彼女は少し寂しそうな顔をしていたけれど、意外にも「物理的強さの差はどうしようもないよね。分かった、2人で頑張ってきて。無事を祈ってるから」と言い、すんなりと諦めてくれた。


 きっとフィオルだったら食らいついてきたと思う。改めてスミレはスミレであってフィオルではないのだと実感が湧いてくる。



 学房での授業を終えて1度家に帰った僕は夜になってから個人的に雇った傭兵マーセナリーの青年3人とグスタフを連れて学房の敷地から少し離れた位置へと移動した。そして彼らに『ルーナ様が学房から出てきたら尾行してください、危なくなったら信号弾を空に打ち上げてください」と指示を出した。



 これで後はルーナ様が動き出すのを待つだけだ。僕とグスタフは丘の上へと移動して信号弾の煙が上がるのを待ち続ける。


 さぁ、怪しい動きを見せてくれるのはいつになることだろう? 今日は動き出さないかもしれないし、何日も成果を得られないかもしれないけれど覚悟は出来ている。


 あらかじめ自分の心に保険をかけて待っていると意外なことにたった30分で森の上空に信号弾が打ち上がる。


傭兵マーセナリーたちが早速、接触したようです! 急ぎますよ、グスタフ!」


 煙が上がったポイントまで急いで駆けつける僕とグスタフ。


 そこには硬直するルーナ様、そして強烈な風の檻で傭兵マーセナリー3人を拘束する黒猫……モーズの姿があった。


 地面にはあらかじめ傭兵マーセナリーに持たせていたナイフや盾などがバラバラに落ちている。きっと腕の立つモーズに武装解除させられたのだろう。


 モーズは舌打ちすると尾行について言及する。


「チッ、だからわざと見知らぬ人間にバレバレの尾行を命じ、武器を持たせたわけか。考えたな、エリク、グスタフ」


 モーズが舌打ちするのも無理はない。グスタフの作戦が完璧に成功したのだから。


 まだ事態を飲み込めていないルーナ様はモーズに問いかける。


「考えたな……とは、どういうことなの? 説明してちょうだい、モーズ」


「エリクとグスタフはどういう経緯か”我とルーナが関わりを持っている”ことを嗅ぎつけたのだ。しかし、現場を押さえつけなければ我々がしらばっくれると考えたのだろう。だからわざと我々に関わりの無い傭兵マーセナリーを使って反撃を誘ったわけだ。一見、ただの黒猫である我がルーナを守るために魔術を使う状況を作り出す為に」


「なるほど、そういうことなのね。ふぅ……どうやらここまでみたいね」


 観念した様子のルーナ様は大きくため息を漏らす。


 一旦、傭兵マーセナリーたちを解散させた僕はルーナ様に近づいて尋ねる。


「尊敬するルーナ様に対する不貞をお許しください。僕もグスタフもスミレも絶対に知りたかったのです、フィオルの周囲に何があったのかを」


 僕はあらかじめ預かっておいた蓄音機を懐から出して見せつけた。彼女は軽く顎を引き、穏やかな笑みを浮かべた。理解したとサインを示すように。


「スミレの名を知っているのね。つまり彼女が異なる世界からきた転生者であると教えてもらったと。やはりスミレは心の底からエリクたちを信用し、良い友人関係を築けているようね」


「はい、互いに信用し合っていると断言できます。そして、スミレから聞いたのは転生者であるという情報だけではありません。ゲームという特殊な遊具で僕たちやミーミル領について学んだ過去があることも聞いています」


「……! ゲームについてまで話していましたか! それは予想外ですね。となると私が話すべきことは……」


 ルーナ様はモーズと顔を合わせて頷くと続きを話し始める。



「……まず蓄音機について話しましょう。もともと蓄音機は私とミトが仕掛けたものです。フィオルがアナイン病になって以降、少しずつおかしくなっていくテオの言葉を録音するのが狙いだったの。テオは私のことを尊敬してくれている反面、私相手には本音を話してくれない子だから。ミト相手に本音を口にし、声色を聞くことで彼の精神状態を探るのも狙いの1つだったの」


「狙いの1つ……ということは他にもあると?」


「ええ、わざわざテオに墓作りを手伝わせたのにも理由があるの。それは”フィオル復活の可能性”を提示することで希望を持たせる為。本当は99%不可能だと分かっていたのだけれど、テオに本当のことを告げては心が壊れてしまうと思ったから」


「蓄音機が置かれていた理由は分かりました。では、何故モーズさんがスミレに蓄音機の存在を教えていたのですか? それもルーナ様の指示なのですか?」


「ええ、私がモーズに頼んだわ。理由は私の妹であるミトとスミレが接触することで”転生に関するすべての情報をスミレだけに知ってもらう”のが狙いだったの。結果は失敗に終わったのだけど……」


 シレーヌ行きの船が出た後にすれ違いでミトさんの訃報がきたうえに僕たちがスミレの正体に気付いたから失敗だとルーナ様は言いたいのだろう。


 ここまで黙っていたグスタフは1歩前に出て問い詰める。


「目的は分かった。だが、どうしてルーナ様が直接スミレに教えてあげなかったんだ?」


「……私は何も知らない人間のフリをしたかったの。スミレからすれば毎日のように学房で顔を合わせる私がスミレの正体を知っていると居心地が悪いと思ったから。彼女は前世の頃からずっとゲームを通して私のことをとても尊敬してくれていたから」


「……なに? 今、前の世界に居た頃からルーナ様を慕っていただって? どうしてルーナ様がスミレの前世について詳しく知っているんだ?」


 グスタフが驚くのも無理はない。ルーナ様はサラッととんでもない事実を口にしたのだから。


 ルーナ様は苦笑の奥に影のような憂いが滲ませると僕たちに背中を向ける。


「貴方たちの疑問には全て答えると約束します。ですが、今日は相応しくありません。5日後の夜10時、スミレを含めた3人でイロス島に来てください。知っていることを包み隠さず話しますので」


「…………分かった、それでいい」


 グスタフは完全に納得できてはいないものの小さく了承の返事を返す。僕も同じく了承するとモーズは人間のように頭を小さく下げると……


「我が友スミレを想い、危険を覚悟で動いてくれた君たちは尊敬に値する。ありがとう」


 と呟き、森の奥へと消えていった。


 スミレからある程度話を聞いていたから分かっていたけどモーズは武人のように礼節をわきまえているようだ。


 今日で全ての情報が分からなかったことは残念だけどモーズとルーナ様ならきっと納得のいく答えを返してくれるはずだ。


 何故イロス島で話をするのか、どうしてわざわざ5日後を指定したのか僕には分からないけど、ジタバタせずに約束の日を待つとしよう。今の僕たちならどんな真実を伝えられても乗り越えられるはずだから。



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