第23話 意地



 私の正体がエリクにバレてから4日後の朝――――名残惜しいけど今日でシレーヌとはお別れだ。


 宿屋に来たドルフさんと合流した私とエリクはその足でミーミル領行きの船へと乗り込んだ。


 ドルフさん曰く、グスタフは船内の医務室で既に横になっているらしい。一旦、ドルフさんと別れてエリクと2人になった私は緊張を宿した手で医務室のドアノブを開いた。


 ベットから窓を見つめていたグスタフは視線をこちらに向ける。すると、一瞬だけ目を大きく開き、すぐに笑顔を浮かべて驚きの言葉を口にする。


「そうか……もうフィオルではないんだな」


 まだ心の準備が整っていなかったから驚きで背筋がピンっと伸びてしまう私。どうして一目見ただけで分かったのだろう? エリクと目を合わせて驚いているとグスタフは理由を語る。


「何で分かったの? って顔だな。君の雰囲気が変わったからというのもあるが、エリクの顔がやたらと神妙だったからさ。あまり人のことは言えないが、エリクは分かりやすいよ」


「なっ! グスタフと一緒にしないでください!」


「ハハッ、すまんすまん。で、俺たちの新しい友達を何て呼べばいい?」


 新しい友達……優しい言葉でさらっと温かく迎えてくれるグスタフが本当に大好き。私は身に付けた三日月の髪飾りに少しだけ触れてから自己紹介を始める。


「はじめまして、と言えばいいのかな? 私の名前は立花スミレだよ。どうか驚かないで聞いて欲しいのだけど、私は異なる世界から――――」


 私とエリクは交代しながら全ての情報をグスタフに伝えた。


 グスタフは元々覚悟をしていたのか私が異なる世界、異なる文明から訪れたこと自体にはさほど驚いてはいなかった。それよりも町の英雄と言ってもいいミトさんがルーナ様の妹である事実、そして殺されている可能性があることの方がずっと驚いていた。


 一通り話し終えたところでエリクはグスタフの意見を仰ぐ。


「話せることは全て話せましたかね。グスタフはミーミル領に帰った後、どのように動くべきだと思いますか? 僕は一旦ルーナ様に知っている事を全て教えて欲しいとお願いした方がいいと思います。それでも良い情報が得られなければ、その時は3人でテオのところへ行くしかないかと」


「いや、ルーナ様やテオと接触するのは状況を整えてからの方がいいと思う。言い逃れ出来ない状況を作ってから……と言うべきかな。良くも悪くも2人は何かを隠しているはずだからな」


「言い逃れできない状況? 一体どうやるのです?」


「夜間限定でルーナ様に尾行を付けよう。日中のルーナ様は基本的に人前で仕事をしているだろ? 黒猫モーズと接触したり、何か怪しい動きをする時は夜に動くはずだからな」


「び、尾行ですか? 確かにルーナ様は学房の敷地内で寝泊まりしていますから夜のうちに遠くまで行くとは思えませんね。学房付近にいたらしいモーズと秘密の話し合いをしている可能性は十分にありますね」


 グスタフの作戦は私には到底思いつかないような尖ったものだった。モーズさんと関わっているのが前提の手ではあるけれど、直接やりとりしている場を抑えられれば彼の言う通り言い逃れはできないはず。


 でも、モーズさんはかなりの手練れだから尾行に気付かれてしまわないかが心配かも。実際、私が初めてフィオルの墓へ行った日は歩いて近づいてくるテオの存在にかなり早い段階で気付いていたわけだし。しかも、モーズさんが視認できない位置に居たにもかかわらず。言及しておかないと。


「良い作戦だと思うけど、モーズさんが尾行に気付いちゃうかも?」


「その点は対策を考えてある。詳しくはミーミル領に帰ってから説明する。安心してくれ」


 気になるところだけど帰ったら教えてくれるなら追求するのはやめておこう。


 これで私たちの今後の行動は大体決まったかな。一区切りがついたところでグスタフは大きく背筋を伸ばすと今まで以上に真剣な目を私に向ける。


「真面目な話ばかりで有耶無耶になっていたが、改めて言わせてくれ。スミレ……俺たちの世界へようこそ。そして、フィオルの肉体に転生してくれて本当にありがとな」


「ありがとうはこっちの台詞だよ。3年前から大好きだったグスタフたちの輪に入れてもらった立場なんだから」


「……そういえばさっきもゲームがどうのこうのって言ってたよな? 結局、ゲームって存在が全くピンとこないんだよなぁ。単に俺やエリクたちの名前が出てくる小説みたいなものなのかと思ったが、小説みたいに結末が決まっているわけでもないんだよな?」


 テレビも無いような世界の人間にゲームのことを伝えるのは難しい。だけど、小説って形で物語を楽しむ文化があるのなら小説に寄せて説明した方が分かりやすいかも。とりあえず特定の選択肢で対応したページに飛ぶタイプの書物を例に出して説明してあげよう。


「じゃあ頭の中に分厚い小説をイメージしてみて。それで説明するから。グスタフは今から物語の中で自分が登場人物となり、貴族の令嬢や騎士、商人の娘などと出会い、己の言葉や行いによって未来が変わってゆく不思議な書物を持っていると想像してみて」


「分かった。俺は騎士……俺は騎士……」


 グスタフは目を瞑ったまま剣と盾をエアーで構えている。子供みたいでちょっとカワイイ。


「書物の最初にグスタフは『花を贈る』か『歌を詠む』か選びます。各選択には対応したページ番号が振られていて、グスタフは選んだページを開きます。開いたページによって展開も異なり、ある者とは恋に落ち、ある者には嫌われることもあります。選んだ道により結ばれる相手も、語られる結末も変わり、再び最初からページを捲り始めれば別の運命を試すこともできる物語……それがゲームなのです。と言っても私が遊んだゲームは文字より絵がメインだからマンガ寄りだけどね」


「おお! それは面白い遊びだな。今度、屋敷の者と何か作ってみるかな。ちなみにスミレが口にしたマンガってのは何だ?」


 そうだ、当然ミーミル領にはマンガもないよね。グスタフが一層目をキラキラさせているし、マンガについても教えてあげよう。私は近くの机の上に置いてあるメモとペンを使って簡単なパラパラマンガを描いてあげることにした。マンガと呼ぶのも恥ずかしいぐらい下手な棒人間の絵だけど。


「なるほど、これがマンガか。画期的な技法だな。手足の周囲に細い線を描き込むことによって動きを表わしているわけか。斬新すぎて新大陸を見つけたような感動だ」


 それでもグスタフは私の絵を見て喜んでくれている。考えてみればマンガという文化そのものがないのだから集中戦や効果線の概念が無いのも当然なのかもしれない。ただ自分のいた世界の知識を披露しているだけなのに気持ちよくなってきた。


「えへへ、そんな褒められると照れちゃうよ。だけど、私は絵が下手だから魅力の10分の1も伝えられていないけどね。本物のゲームは白黒じゃなくてカラフルだし、実際の人物と見間違えそうなほどに綺麗だったりもするからね」



――――ち、ちょっと待ってください! 今、何て言いましたか!?



 マンガやゲームの話で盛り上がる中、突然エリクが声を裏返す。


 私が「実際の人物と同じぐらい綺麗な絵が使われているって言ったけど……」と繰り返すとエリクは驚いた理由を口にする。


「つまり登場人物である僕やグスタフの容姿が描かれていたわけですよね? 言い換えればスミレの世界でゲームを作った人間はミーミル領に来た事がある、もしくはミーミル領を覗ける人間なのでは?」


 言われてみれば確かにそうだ。厳密に言えばキャラクターの身長など微妙に違う点はあるけれど、かなり正確なレベルだ。もしかして私たちが知らないだけでルーナ様やミトさんと接触している日本の協力者がいるのかも?


「エリクの仮説を頭の隅に置いたうえでルーナ様と話した方が良さそうだね。まだルーナ様が異世界と関わっていると決まったわけじゃないけど」


「全ては接触の結果次第ということですね。とりあえず難しい話はここまでにして、また夜にでも話し合いましょう」


 エリクの提案に頷く私とグスタフ。一区切りついたところでパンッと1回両手を叩いた私は2人に提案する。


「じゃあ話し合いは一旦終わりってことで、ここからは私が自分のいた世界で触れてきた文化とか娯楽を深掘りして紹介しようと思うのだけど、どうかな? マンガやゲームの話しみたいに喜んでもらえると思うの」


 私が提案するとエリクは「いいですね。是非聞きたいです」と返してくれた。しかし、意外にもグスタフは反応が鈍かった。沈痛な面持ちと言っていいほどに暗い顔で理由を話す。


「すまん、今日はやめておく。体がまだ本調子じゃないから、たっぷり寝ておくことにするよ。折角、教えてくれようとしていたのに悪いな、スミレ」


「ううん、気にしないで。グスタフは頑張り過ぎなぐらい頑張ったんだもん。もっと休んだ方がいいくらいだよ。じゃあ、私とエリクは部屋を出るね。おやすみ、グスタフ」


「ああ、おやすみ」


 グスタフの視線を背に感じながら私とエリクは部屋を出た。船内の廊下を少し歩いたところで足を止めた私はエリクに尋ねる。


「グスタフの負った毒は思っていた以上に重たいのかな?」


「いいえ、戦闘をするならともかく日常生活レベルなら99%治っていると思いますよ」


「え? じゃあ、どうしてグスタフは……」


「きっと、1人になってフィオルの死を受け入れる時間が欲しかったのだと思います。落ち込むにしても泣くにしても男は弱々しい姿を見せたくない意地がありますから。正直、今日の彼は少し空元気に見えましたし。っと言っても絵の話が楽しいという気持ちは間違いなく本物でしょうけどね」


 付き合いの長いエリクが言うなら間違いないと思う。グスタフがあまりに逞しいから私自身、配慮が足りていなかったかも。もっと早く1人にしてあげるべきだった。


 今思うとエリクとグスタフは普通のお葬式みたいにフィオルの亡骸を見ていないから死を受け入れるフェーズを通っていないことになる。彼らが本当の意味で前へ進む為にもモーズさんを介して再びフィオルの魂と対話し、エリクとグスタフへの遺言みたいなものを聞き出した方がいいのかもしれない。


 2人のこと、特にさっきのグスタフの顔を思い出すと私も泣いてしまいそう。それでも私がメソメソしてちゃいけない。フィオルと話すことができた私は恵まれているんだ、前へ進まないと!


 各自が複雑な思いを抱えたまま船はミーミル領へと帰っていく。



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