第20話 ミトの人望



 ミトさんの屋敷を訪れて、彼女が亡くなったことを知った翌朝――――宿屋の食堂にて私とエリクは朝食を食べていたのだけれど今朝のエリクは様子がおかしかった。


 いつもより明らかに食事のペースが早く、すぐに食べ終わると「では僕は昨日に引き続きミトさんの知人を当たってきます。フィオルは急がずゆっくり朝食を食べてくださいね」と言い、私が止める暇もなく去って行ってしまったのだ。


 昨日からエリクの言動が気になる。だけど考えれば考えるほど不安は膨らんじゃうし、考えたって答えが出るものではないよね。今は出掛ける準備をしよう。


 私は宿泊部屋へと戻り、図書館から借りた本を鞄に入れていた。


 昨晩、ミトさんが借りていた本を調べていたうち気になった本が2冊ある。1つは様々な機械に関する仕組みや素材を記した本だ。ミトさんが本を参考にして小型蓄音機を作った可能性があると考えている。まぁミトさんは録音されていた側の人間だから多分違うとは思うけど。


 そして、もう1つの気になる本はいわゆる『オカルト本』だ。中身は幽霊とか霊魂について書かれていて転生者である私からすれば少しドキッとする内容のものが幾つかあった。その中でも特に気になる記述が『異世界が存在する可能性と推論』という章だった。


 その章では漫画やアニメで言うところの並行世界とか文明レベルの異なる世界がある可能性を示唆するものだった。具体的には古代物を中心に別世界の存在を推測できるという内容であり、もしかしたらミトさんは私が転生者であるだけじゃなく別の世界から来た人間だということも分かっているのかもしれない。正直背筋がゾッとする。


 昨日だけでも沢山調べたけど、まだまだ図書館の本は残っている。昨日見つけた本と、これから見つける本の関連性が判明すればミトさんの真の目的が分かるかもしれない、頑張ろう。



 私は図書館の開く朝8時ちょうどに足を踏み入れて、昨日借りた本の返却を済ませてからすぐに本棚へと向かい、貸出カードを調べる作業を始める。


 2時間、3時間と経過し、午前中だけでも腕の筋肉が張るほどに疲れが溜まってきていた。


 一旦作業を止めた私は図書館の前にある公園で丸太のベンチに座り、昼食のサンドイッチを食べることにした。パン生地の甘みとハムの塩味が単純作業で疲れた体に染み渡る。


 私が大地の恵みに感謝していると後方から誰かの足音が近づいてきているのを感じた。誰だろうと思い後ろを振り返ると、そこには昨日世話になったルスコール家の執事さんが立っていた。


「お疲れ様です、フィオル様。進捗のほどはいかがでしょうか?」


「こんにちは執事さん。そうですね、調査の方向性自体は決めっているので順調と言えば順調です。ただ、ちょっと時間と人手が足りてないかもしれませんね」


 私はミトさんが借りていた本をひたすら調べていることを執事に伝えた。だけど執事は私が本を調べていることを受付の女性から聞いていて既に知っていたらしく、私に提案を持ち掛ける。


「よければ私にも作業を手伝わせてもらえないでしょうか? 執事の仕事は別の日に埋め合わさせて欲しいと屋敷の者たちには伝えてきましたので」


「……つまり仕事抜きの個人的な手伝いということですね? 助かりますけど、どうしてそこまでしてくれるのですか?」


「ミト様をお慕いしていましたからね、亡くなられたことがただただ悔しいのです。ミト様はシレーヌの光と言ってもいい存在でしたから。そんなミト様のことを調べたいのは私だけではありません。彼女も名乗り出てくれましたよ」


「彼女?」


 執事さんが視線を移し、釣られた私も顔を向ける。そこには図書館の受付の女性が立っていた。彼女は両拳をギュッと握り私に頭を下げる。


「フィオル様! よろしければ私にも手伝わせてもらえないでしょうか? 私はミト様が広めてくれた読書文化によって本が好きになり、今の仕事に就きました。私にとっても大事な人なので真相を追い求める手助けがしたいのです」


「とても嬉しいです! 是非お願いします。それじゃあ午後は3人で頑張りましょう! っところで今更ですが、おふたりの名前を伺ってもよろしいですか?」


「オルガノです」


「ソフィです」


 執事の彼がオルガノさんで、受付の彼女がソフィさん、っと。ってアレ? 私たちの名前って……


「ソフィさんとオルガノさんの名前を部分的に足したら私の名フィオルになりますね。フフッ、なんだか不思議な縁を感じます」


 私が笑うと2人も同じように笑ってくれた。少し打ち解けられた気がする。




 昼食を済ませて図書館に戻った私たち3人は分担して本を調べ始めた。やっぱりマンパワーは正義と言うべきか、どんどんと調査が進んでいく。


 結局、今日は目ぼしい本は見つけられなかったけど、このペースでいけば明日の昼過ぎには全ての本を調べられそうだ。


 宿屋に戻った私は今日の進捗を報告しようとエリクの部屋を尋ねた。だけど、部屋には彼がおらず、机の上に『今日は帰りが遅くなり、明日は早朝から出かけるので進捗は明日の夕方にでも聞かせてください』と書かれた手紙が置いてあった。


「帰りが遅くて、出発が早いってことは遠くで何か良い情報が掴めるのかも?」


 少しの不安と期待を胸に私は自室に戻り、眠りについた。





 港町シレーヌについてから早3日――――私は今日も朝から図書館にこもって作業を続けていた。ソフィさん、オルガノさんの助力もあって遂に私たちは全ての本を調べ終わった。最終的に見つかった目ぼしい本の数は少なかったけど、かなり興味深い本が追加で2冊見つけることができた。


 その2冊は驚くことにミトさんだけでなくルーナ様も借りていたのだ。2冊の本のタイトルはそれぞれ『人ならざる者との対話』と『古代文明イロスとイロス語の解明』と書かれている。


 前者はモーズさんとフィオルの魂を想起させられる。後者はエリクとのデート中に海岸を歩いている時に教えてもらった場所だ。海岸から目視できるぐらい近い距離にある古代文明調査を進めている島のことだ。責任者はルーナ様だとエリクは言っていたはず。


 山ほどある本の中で姉妹が同じ本を借りていることに強い意味があるように思える。それにモーズさんがルーナ様の暮らすミーミル学房の敷地に近い場所を歩いていた点も気になる。もしかしてモーズさんとルーナ様とミトさんは全員繋がっているんじゃないかな? ただ、それだとモーズさんが“蓄音機の事は知らない”っと言っていたのが嘘っぽくなるけれど。


 どっちにしてもモーズさんかルーナ様、もしくは両方に詰め寄った方がいいと思う。どちらも恩があるから気が重いけど。


 これで図書館から得られるミトさん関連の情報はすべて調べられたと思う。改めて2人に礼を言っておこう。


「おふたりとも本当にありがとうございました」


 私が頭を下げるとソフィさんが浮かない顔で問いかける。


「そのー、良い情報は得られたのでしょうか? この3日間で見つけた本はほとんどが死因の究明に役立たないものばかりだったような気がするのですが。オルガノさんもそう思いますよね?」


「そうですね。ですが、フィオル様の顔は少し晴れやかになった気がします。私とソフィさんには分からない糸口みたいなものを掴めたのではないですか?」


 流石は執事を務めているだけあって鋭い。だけど、転生のこともモーズさんのことも言うわけにはいかにから誤魔化さないと。


「あはは、まぁそんな感じですね。でも、情報は点と点で散らばっている状態なので綺麗に纏まったら、後日お伝えしますね」


 ちょっと苦しい言い方だったけど2人は納得してくれたようで一旦解散の流れとなった。でも、私個人としてはミトさんの借りた本を調べる以外にも図書館でやりたいことがまだ残っている。それは『私が転生した理由』が分かるような本を探すことだ。


 2人の姿が見えなくなったところで私は事前に目星をつけておいた本を無心に調べまくった。しかし、2時間、3時間と調べたものの結局役立ちそうな情報は得られなかった。


 転生した私が読むからこそビビッとくる本があるのでは? と期待していただけに残念だ。


 3日間も調べ作業を続けたから流石に肩が凝ったかも。閉館が迫る夕暮れ時の図書館で私は椅子に座ったまま大きく背筋を伸ばし、マッサージを兼ねて腰を横に捩じって後ろへ向いた。


 その時、私は背後にいる人物を見て、驚きのあまり腰を180度捩じってしまいそうになった。何故なら柱にもたれかかって無言で私を見つめるエリクが立っていたから。


「エリク!? いつからそこにいたの?」


「10分前ぐらいですかね。凄く熱心に調べものをしていたので黙って眺めていました」


「ひ、人が悪いなぁ~もう。それにしてもどうしてエリクが図書館にいるの? 屋敷の人から私がここにいるって聞いたの? 急にいなくなるって手紙が置いていったから心配したんだよ?」


「その件についてですが、実はフィオルに謝らなければいけないことがあるのです。どうか落ち着いて聞いてください」


 前置きするエリクの顔はとても真剣で、それでいて少し怯えているようにすら見える。何かとんでもない事実を告げられちゃうのかも。生唾を飲み込む私にエリクは話を続ける。


「僕は宿泊部屋に忙しさを示唆する手紙を残していたでしょう? ですが、本当は忙しくなんてなかったのです」


「そうなの? じゃあエリクは何をしていたの?」


「…………フィオルを監視していました」


「……え?」


 私の声が小さく震えて漏れ出す。


 私を監視ってどういうこと? 私が何か悪い事をしたと思っているの? いや、それならエリクは真っすぐ追求してくるはず。同様に誠実なエリクがストーカー気質な行動を取るとも思えない……となると私が監視される理由はもう1つしか……。


 エリクの口から放たれたのは私が最も避けたかった言葉だった。


「フィオル……いや、貴女は本当のフィオルじゃありませんね?」



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