第19話 図書館
『ルーナ様とミトさんが姉妹』『ミトさんがルーナ様の為に何か手伝いをしている』『実はミトさんはフィオルと少しだけ関りがあった』などなど色々な情報がいっぺんに入って頭がこんがらがってきた。
ミトさんはフィオルの墓を作る手伝いをしていたからわざわざ海を越えてミーミル領に足を運んでいることになる。ってことはルーナ様の手伝いとは墓を作ることだったのかな?
もしそうならルーナ様はテオとも行動を共にしていたのかも? テオと違ってルーナ様は私への態度は変わらないから転生者であることに気付いていないとは思うけど。
そもそもフィオルの墓の近くに蓄音機を置いたのは誰なんだろう。フィオルもモーズさんも知らないと言っているし、テオとミトさんはそもそも会話を録音された側だし。となると墓の正体を知っている可能性があるのはルーナ様だけになるけど何の為に?
ルーナ様を疑いたくはないけど怪しく見えてきた。いや、そもそも魂となったフィオルの発言だって矛盾している……だって彼女はミトさんを知らないと言っていたのだから、とはいえフィオルがミトさんと会ったのは幼少期と書いてあるからフィオルが覚えていないだけの可能性もあるのだけれど。
誰かが嘘を言っているのか、それとも誤解を招く何かがあるのかな? 私の小さい脳みそじゃ分からない……分からないよ……。
「フィオル……聞いていますか? フィオル!」
「うわっ! び、びっくりしたぁ……どうしたの?」
考える事に夢中になり過ぎてエリクが呼びかけてくれている事に気が付かなった。エリクは不思議そうな表情でこちらを見つめているものの、声が聞こえてなかった理由には触れずに話し始める。
「ここで調べられる事は大体調べられたと思います。ミトさんがルーナ様と繋がりがったことには驚きましたが、大した情報は得られませんでした」
「そうだね、じゃあ次はどこを調べる?」
「引き続き屋敷を調べつつ、ミト様と関りがあった者へ聞き込みすることにしましょう。屋敷の人たちやクラントさんと面識のある僕が聞き込みしてきますので、フィオルは物的な調査をお願いします」
「分かった、じゃあ行ってくるね」
「あ、その前に1つ僕の見解を聞いてくれませんか? ミトさんの死因を調べるのに役立つ可能性は低いのですが。僕が気になっているのはここ10年間、ミーミル領周辺で色々なことが起きすぎているというものです。1つ1つ解説していくと――――」
エリクの主張はかなり合点がいくものだった。
『5年ほど前から突如現れた魔物モルペウスによるアナイン病の発生』
『ミトさんクラントさんが夫婦で珍しい病気になったこと』
『10年に1度しか現れないと言われるクラーケンと見事に遭遇したこと』
『8年前、ダイアウルフが現れるはずのない山で遭遇したこと』
『モルペウスを筆頭に未開拓森林地帯の危険度が上昇していたこと』
などなど、50年間を10年に圧縮したような不可解な状況が何かに起因したものなのではないか? というものだった。
私の転生も含めてミーミル領周辺に途轍もない何かが起きようとしているのかも? もっともミーミル・ファンタジー内では魔王みたいな凶悪な存在が現れたりはしなかったけど。
でも今、生きているミーミル領はゲームとの相違点が山ほどある。安心なんかできっこない。
「なるほど、確かにおかしいよね。分かったよ、そのことを気に留めつつ調べてくるね」
エリクに一旦別れを告げた私は他の部屋を調べまくった。しかし、屋敷自体にそもそも物が少なくて手掛かりになりそうな物が無い。
端の部屋から順番に調べていた私は遂に最後の部屋である書斎の扉を開けた。だけど、そこにある書物もほとんどが施政に関わる物ばかりで役立ちそうにない。
成果が無くて思わず大きな溜息を漏らしていると後ろからコンコンとノック音が聞こえてきて私は扉を開けた。そこにはさっき会話をしていた青年の執事が立っていた。
「フィオル様、何か手掛かりになりそうなものは見つかりましたか?」
「いえ、正直あまり進展はありませんね」
「やはり一筋縄ではいきませんね。毎日一緒にいた私たちですら何も掴めていないのですから。ですので、上手くいかなくても落ち込まないでくださいね」
どうやら心配されるレベルで落胆の色が出ていたみたい、気を付けないと。
ただ、手詰まり感があるのは事実だから何か別のアプローチを考えないと。とりあえず今までに得た数少ない情報からミトさんの動きを予測してみよう。
私の予想だとミトさんは多分あまり“自己開示をしないタイプ”なのだと思う。お金持ちだけど屋敷の中に高価な物がほとんどないし、自分の功績を誇示する物も一切置いてない。
この世界に生きる貴族の中では珍しいタイプだと思う。まぁ、夫であるクラントさんの意向かもしれないけど。
折角だし執事からもミトさんの人となりを聞いてみよう。
「お聞きしたいことがあります。執事さんから見たミトさんはどのような人でしたか?」
「そうですねぇ、一言でいえばルーナ様に似ていると思います」
「ルーナ様に? と言いますと?」
「常に民衆第一の考えを持っていた方だったのです。自分の贅沢や名誉などには微塵も興味がありませんでした。シレーヌが発展したのもミト様が貧しい者たちの働き口を増やす為に必死になって動いたからなのです。同様にシレーヌ内に本、書店、図書館などが多い理由も子供たちを中心に見聞を広めてもらいたいという願いからでしてね。ミト様が私財を投じて支援してくれたからなのです」
聞けば聞くほどルーナ様に似た名君だ。きっとシレーヌはルスコール家を中心に栄えたのだと思う。
これだけ仕事に熱心な人だったら趣味に没頭する時間はほとんど無かったのかな? 掘り下げてみよう。
「ミトさんはずっと仕事一筋だったのでしょうか? 例えば趣味などで屋敷から離れて何処かへ行っているのなら、その場所と時間に起因して奇病に罹った可能性があるのではないかと思うのですが」
「いえ、それは無いと思われます。ミト様は会食・会談などを除けばほとんど屋敷で仕事をしていましたから。亡くなる数年前から頻繁に近くの図書館へ足を運び、読書に没頭するようにはなりましたが、図書館で奇病に罹るとは思えませんので」
頻繁に図書館へ……何の変哲もない趣味だけど、私には少し引っ掛かる。色々とイレギュラー起き始めた、ここ数年……。そして、50歳を超えて突如始まったミトさんの趣味。
考えすぎかもしれないけどミトさんは何か調べようとしていたのではないかな?
気になった私は執事に礼を伝え、すぐに近くの図書館へと向かうことにした。
到着した図書館は大きい点以外は、ごく普通の図書館だけど何か情報を得られるかもしれない。まずは受付のお姉さんにミトさんのことを尋ねてみよう。
「すいません。私、ミト・ルスコールの知人なのですが職員さんにお尋ねしたいことがあります。ミトさんが生前どんな本を借りていたのか教えてくださいませんか?」
「あ、お客様はもしかしてクワトロ家のフィオル様でしょうか? お噂通り綺麗……っていけない……仕事をしないと。ミト様の借りた本ですが、当図書館では個人ごとの貸出履歴を残していないので、お教えすることはできません。ただ、当図書館の本には巻末に貸出カードの収納スペースがありますので運よくミト様の名前を見つけられる可能性はありますが……」
海を越えた先にある港町でも美貌が伝わっているなんて。フィオルの顔面偏差値とクワトロ家の知名度が高くて驚いちゃう。
だけど、今回はフィオルの美貌も家柄も役に立ちそうにない。借りた本が分からないのは本当に困った。せめてヒントだけでも掴みたい。こうなったら次の手は……
「じゃあ、うろ覚えでも構わないのでミトさんがどの辺りの棚から本を借りていたのか教えてくれませんか? そこから順に総当たりで調べるので」
「ほ、本気ですか? ここには8万冊以上の本があるのですよ? まぁ、ミト様が手を伸ばしていた奥のエリアの本棚に限定すれば3万冊ほどに絞れますが……」
「奥のエリアですね、ありがとう」
受付のお姉さんは心配してくれているけど私に止まっている暇はない。図書館の営業時間は日が出ている間だけだし、私たちがシレーヌに滞在できるのも7日間だけだ。エリクもドルフさんも忙しいだろうし私1人でやるっきゃない、急がないと!
私は端から順番に本を開いては貸出カードを確認し続けた。傍から見たら変な人だけど周囲の目なんて気にしてはいられない。
1時間、2時間と時は流れて1500冊ほど調べたところで夕方となり閉館のベルが鳴り始めた。1500冊の中でミトさんが借りていた本は6冊発見できた。今日のところは見つけた6冊を借りて夜のうちに宿屋で中身を確認しよう。
受付に行き本を借りた私は1度ルスコール家の屋敷へ戻ってエリクと合流してから宿屋へと向かうことにした。
宿屋への道中は調査という名目が無ければ美しい石畳の街路を潮の香りが抜ける、波音が心地良い絶好の散歩デートコースなのだろう。だけど、今の私に楽しむ余裕は無いし、エリクもずっと無言だ。互いに収穫がほとんど無かったのだから仕方がない。
暗い気持ちになるのは良くないから、ここは前向きな言葉を掛けておこう。
「ミトさんの死因や蓄音機に関する情報が掴めなかったのは残念だけど、落ち込んじゃ駄目だよ? まだ時間は残っているんだしね。明日もお互い頑張ろうね」
「……え? ああ、落ち込んでいる訳ではないですけどね」
「あれ、そうなの? じゃあ、どうしてエリクは元気が無いの?」
「それは……まぁ、その色々ですよ。旅の疲れもありますし。それより少し話は変わってしまいますがフィオルに聞きたいことがあります」
露骨に話題を変え、改まった言い方をするエリク。何だか少し緊張する……。それは彼も同じだったようで緊張した様子で尋ねてきた。
「録音された音声の詳細をテオに直接尋ねるのはやっぱり怖いですか?」
「え?」
急に答え辛い質問をされて思わず短い感嘆の声を漏らしちゃった。テオに聞けるならそれが1番だけど、テオと私が気まずい事はエリクも知っているはず。
それにテオは私が転生者であることを知っているかもしれないのだから蓄音機のことで詰めよろうものなら逆に私が転生者であることを皆にバラされる可能性だってある。聞けるわけが無い
何て返せばいいのだろう……普通に怖いって言えばいいのかな? でも私が怖いと言えばエリクが『僕が代わりに尋ねましょうか?』と善意で提案される可能性もあるよね?
返す言葉が見つからず黙ってしまう私。気が付けば私たちは宿屋のロビーについてしまっていた。
足を止めたエリクは申し訳なさそうに頭を掻きながら口を開く。
「変な事を聞いてしまってすみません。ただ、最終手段としてテオに聞くのもアリかと思ったのです。やっぱり駄目ですよね? テオとフィオルは今、顔を合わせ辛い状況ですし。それに、もしテオが……」
ここで何故か黙ってしまうエリク。私は「続きを聞かせて」とお願いしたけれど……
「何でもありません。気にしないでください。それより港町の夜は体を冷やしやすいので温かくして寝てくださいね。それじゃあ、また明日」
伏せた言葉を明かしてもらえなかった。まさか1日に2回も隠し事をされるなんて。私は何かやらかしてしまったのかな?
不安な気持ちは膨らむけど宿泊部屋でもやらなきゃいけないことが残ってる。ミトさんが借りた本を調べないと。
こうして、不安と忙しさに包まれた夜は更けていく。
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