第17話 兄弟



「2人まとめて運ぶなんて無茶だよ!」


 衰弱した私ですら大きい声を出して否定しまうぐらいグスタフの案は無謀だと思う。それでもグスタフは有無を言わさずエリクと私を背負い、ロープで固定して歩き出す。


「何と言われようとも俺は2人を運んでみせる。特にエリクはどんどん顔色が悪くなっているからな」


 今日ほどグスタフを逞しいと思ったことはない。私とエリクを背負い、3つのリュックを引きずりながら歩く彼を見ていると私の小さい頃を思い出す。私のお父さんも体格が良くて力強く、逞しかったなぁって。


 グスタフに運んでもらうこと30分――――徐々に彼の歩みが遅くなってきた。大丈夫なのかな? 声を掛けてみよう。


「グスタフ……平気?」


「ああ、多少疲れてはいるが問題ない。フィオルも毒を喰らっているんだから寝てていいぞ?」


「ううん、眠らないよ。カッコいいグスタフの歩みを見届けたいから」


「ははっ、照れくさいな。でも、本当に無理はするなよ?」


「それはこっちの台詞だよ。グスタフは良くも悪くも頑張り過ぎちゃうところがあるから」


「まぁ、それが俺の役目みたいなものだからな」


「役目?」


 性格や性分ではなく役目と言ったのが気になる。他の人よりも本能的・直感的に生きているグスタフらしくない言葉だ。


 グスタフは長い沈黙の後、言葉の真意を語り出す。


「嫌がられるかもしれないが俺はテオとエリクを弟のように思ってる。テオが次男でエリクが三男だな。そうなると長男の俺は体を張りたい訳さ」


「……私のことも妹みたいに思ってる?」


「妹と同じぐらい大切な存在だと思ってるよ」


 妹と『同じぐらい』って言い方はちょっぴりズルく感じる。異性として家族と同じように大切に想ってくれているのか否か、私には尋ね返す勇気も資格もない。今は大事に想ってもらえているだけでも感謝しなくちゃ。


 グスタフは更に話を続ける。


「……で、長男の俺が体を張って、もし倒れてしまったら……その時は次男のテオにエリクとフィオルを守って欲しいんだ。そしてテオも倒れてしまった時はエリクがフィオルを守る。どうだ? 良いリレーだろ? 俺は先頭を歩くことに誇りを持ち、頼れる弟2人を背中に感じながら生きていきたいんだ」


 グスタフがテオの話をしてくれたのは私が8年前の話をしたからかな? テオとまた仲良くなれるはずだと励ましてくれているように感じる、私の考えすぎかもしれないけど。


 エリクを挟んでいるからグスタフの体温は感じないはずなのに不思議と彼の温かみを肌に感じる。ゲーム内で知り得なかった彼の想いを知れてよかった。


「ありがとう、グスタフ」


 私の礼に対して「おう!」と簡潔に応えたグスタフは少しだけ歩くスピードを上げた。


 10分、20分と歩き続けて遂に船の前に到着した私たち。宣言通り歩き切ってみせたグスタフに駆け寄ってきたドルフさんは私とエリクを砂浜に降ろして労をねぎらう。


「フィオル様、エリク様、グスタフ様! ご無事で何よりです。予定より帰還が遅く心配していたのですよ?」


 少し涙ぐんでいるドルフさんに対し、グスタフは私とエリクの足首を指差して「2人が足に毒針を刺された跡がある。すぐに診てやってくれ」と伝えてくれた…………と思った次の瞬間、彼は手も膝もつかずに勢いよく前方に倒れてしまう。


「グスタフ様!」


 叫びにも似た声をあげたドルフさんはグスタフの体を仰向けにしてから額に手を当てる。どうやらかなりの熱があるらしく、ドルフさんは続けてグスタフのズボンの裾を少し捲る。そこには私とエリクの足首にある刺跡が4箇所もあった。私は眩暈のする体でグスタフに這い寄る。


「自分は刺されていないって言ってたのに……私たちを心配させない為に嘘をついたの?」


「……へへ、悪いな。こうでもしないと大人しく運ばれてくれないと思ってな。ハァハァ……でも、船まで運べたわけだし終わり良ければ総て良し、だよな?」


「グスタフが大変な目にあってるんだよ? 総て良し、なんて言えないよ……」


「ははっ、泣きそうな顔をするなよフィオル。こんな毒すぐに…………」


 言葉の途中でグスタフは気を失ってしまった。


 駆け寄ってきた船員たちに担がれて船室へと運ばれた私たちはベッドに寝かされる。2人のことが凄く心配。だけど、私も人のことを言えないぐらい意識が朦朧としてきた。


 悔しいけど今の私にできることは何も無い。あとはドルフさんたちに任せよう。







「お目覚めになりましたか、フィオル様。丸1日以上眠っておりましたので心配しましたよ」


 …………この声はドルフさんだ。昨晩も全く同じ台詞を聞いた気がするけど……って、あれ? 喉が異様に乾いてる……私はまた眠ってた? そうだ、グスタフが気を失うのを見届けてから私も限界がきて眠ったんだっけ。


 勢いよく上半身を起こした私はベッドの横で座るドルフさんから視線を移し、窓から外を眺める。どうやら既に出航していて夕陽が出ているみたい。船に帰ってきたのが昼過ぎだったから28時間ぐらい眠っていたのかな。どうりで喉がカラカラに渇いているわけだよ。


「おはようドルフさん。私たちを運んでくれてありがとう。エリクとグスタフは大丈夫そう?」


「おふたりはまだ眠っております。エリク様はかなり顔色が良くなりましたが、グスタフ様は変わらず息苦しいご様子で、船医が付きっきりで診ております」


「そっか……単純に私の4倍の毒を喰らっていたんだから苦しくもなるよね。そのうえ私とエリクと荷物を同時に運んで長距離を歩いたわけだし……」


「……フィオル様、どうか自分を責めないように。お三方が体を張ってくれたおかげで私を含む船員と乗客が飢え死にせずに済んだのですから」


 落ち込んだ顔をしないように気を遣ってはいたけどドルフさんにはお見通しみたい。流石は長年フィオルを見てきただけのことはある。




 その後、日を跨ぐ頃にエリクの目覚めを見届けた私は彼と一緒に甲板で夜風を浴びていた。一応、海棲の魔物が現れないか見張る役目があるのだけれど、そんなことを忘れてしまいそうなほどに波は穏やかで風が気持ちいい。


 エリクも同じように感じていたのか両腕を上げて気持ちよさげに背筋を伸ばすと笑顔を向ける。


「適度にひんやりとした良い風ですね。本当はグスタフを含めた3人で涼みたかったものですが」


「私もそう思うよ。グスタフは1番の功労者だもんね。船医さんが言うには私とエリクの解毒処理が後1時間遅れていたら後遺症が残っていた可能性があったらしいし」


「ええ、毒の危険性のことも、グスタフが僕とフィオルと荷物を纏めて運んでくれたこともドルフさんから聞きました。グスタフには感謝してもしきれません。それと同時に悔しい気持ちも湧いてしまうのですが」


「悔しい気持ち?」


 言葉の意味が分からず尋ねる私。エリクから帰ってきた答えは、ある意味とても男の子らしいものだった。


「僕にとってグスタフは越えられない大きな壁なんです。小さい頃からずっとね。なのに今回の件で更に壁が高くなってしまいました。毒を隠して運びきるなんて尋常じゃない強さがないと不可能です、肉体と精神ともにね」


「私からしたらエリクも充分頼りがいがあるよ?」


「充分では駄目なんです。僕はグスタフの横に立ち、背中を預けてもらう男になりたいので。グスタフはまだ僕のことを守るべき存在……弟のように扱っている気がするのです」


 エリクの感覚は半分正解、半分不正解な気がする。だってグスタフは自分自身に何かあった時にフィオルを守る役目を任せられると言っていたのだから。


 エリクが気を失っている間に言っていたグスタフの言葉をそのまま教えてあげたいけど、きっとグスタフはそれを望まない。だから私の胸に秘めておこう。そしてエリクには応援の言葉を……いや、私の本心を伝えよう。


「グスタフがエリクをどう扱っているのか私には断言できない。でも、私の本心は言える。私がまたアナイン病で眠ることがあれば、その時は最初に2人の顔を見たいってね。それだけ私にとってなくてはならない2人だから」


 エリクは一瞬、キョトンとした顔を見せるとすぐに優しい笑みを浮かべる。その顔からはグスタフへのコンプレックスが少しだけ和らいでいるように見えた。


「それは光栄ですね。ある意味、グスタフと同じレベルになれた訳ですから。少し元気が出てきましたよ、ありがとうございます」


「えへへ、どういたしまして。って、本心を吐露しただけの話なんだけどね」


 見張りという名の楽しくて少し照れくさい時間は瞬く間に過ぎていく。



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