第16話 食糧問題
ドルフさんが語る8年前の出来事は思っていた以上に衝撃的だった。ゲーム以上に漢気に溢れたテオの過去を知ることができて嬉しい反面、今の私が嫌われている事実が辛い。
きっとテオは私が偽物だと気付いている、もしくは気付き始めているのだと思う。それでも私はフィオルの人生の続きを生きると決めたのだからフィオルらしく振る舞うだけだ。
フィオルにとって大切な思い出を胸に抱き、もう1度眠ることにしよう。明日はエリクたちを手伝いたいから。
「ドルフさん、昔の事を教えてくれてありがとう。改めて自分が沢山の人から大切にされてきたのだって思えたよ。ドルフさんが執事で本当に良かった。起きてからまだ1時間も経っていないけど良い夢が見れそう」
「喜んで頂けて光栄です。では、明日の朝になりましたら起こしに伺いますね」
ドルフさんにおやすみの挨拶をした私は甲板の隅に寄って毛布を被り、再び眠ることにした。
※
「フィオル、起きてください、フィオル」
瞼が張り付いて何も見えない視界の中、エリクの声がクリアに聞こえる。ゆっくりと瞼を開くと目の前には水平線から離れた太陽、そして美味しそうに焼かれた鶏肉とキノコの乗った皿が並べられている。
今は8時か9時ぐらいかな? 早朝に起こされると思っていたけど気を遣って寝させてくれたみたい。朝食までしっかり用意してもらえてありがたい。
「おはようエリク。この朝食は誰が?」
「おはようございます。素材は僕とグスタフが採ってきましたが、調理してくれたのはドルフさんです。食べられる物の選定から毒抜きまで本当に手際が良く、尊敬するばかりです」
「そうなんだ! 流石はうちの自慢の執事だよ。エリクたちも危ない森林地帯で採取してくれたんだもんね、ありがとう!」
「どういたしまして……と言いたいところですが、実は採取と狩りの結果が振るわなくて……今、目の前にある料理だけで素材の底がついてしまったのです」
渋い顔で語るエリクは今いる地帯での食糧確保がかなり難しいことを教えてくれた。
どうやら毒性のある動物や果物、そして食べれるかどうか分からない物がかなり多いらしい。船を動けるレベルまで直すのにも後丸1日はかかるらしい。航海中の食事の事も考えると多めに採取しておかなければ。
私は顔洗い、複雑な気持ちを抱えたまま料理に手を伸ばす。遭難中の食事とは思えないぐらい味は美味しいけれど、量は正直かなり物足りない。
何とかして食糧を確保し、せめて船員さんたちだけでも栄養をつけてもらわないと。そうしないと船を直すことも動かす事もできなくてマズい。何か手はあるのか聞いてみよう。
「このままだと体力が持たないよね? ねえ、エリク、何か解決策はないかな?」
「一応アテはあります。ここから少し離れた場所に底が見えないほどの大空洞があるのを見つけましてね。そこに大量のフルーツが生えていました。ドルフさんフルーツの形状と数を伝えたところ、どうやらほとんどのフルーツが栄養も豊富でバランスが良く、航海に耐えられる量があるとのことです」
「やったね! 食糧問題解決だよ。早速取りに行こうよ」
やる気の湧いてきた私は両腕をグルグルと回す。だけど、エリクの表情は変わらず渋く、理由を彼は答えてくれた。
「大空洞の内部が物凄く暑いのです。耐暑装備か体を冷やす魔術がないと耐えられないほどに。なので申し訳ないのですがフィオルの水魔術と氷魔術を頼りたいのです。まだ疲労は抜けていないかもしれませんが、僕とグスタフに同行してくれませんか?」
エリクは眉をひそめてお願いしているけど私としては頼ってもらえて凄く嬉しい。フィオルの体に転生して以降、誰かに頼られることなんてほとんどなかったし、本物のフィオルの魔術と比べられることが多かったから劣等感を覚えてばかりだった。断る理由なんて無い。
「申し訳なくなんてないよ! 是非行かせて!」
「ありがとうございます。では、グスタフと合流して向かいましょう」
私とエリクは軽装に着替えてから木陰で休んでいたグスタフと合流し、真西にある大空洞へと歩き出す。目的の場所へは2時間近くかかるらしく、私たちは小刻みに休みながら雑談しつつ歩を進めた。
移動中ではエリクとグスタフが氷魔術を扱えるようになった私のことを祝ってくれてとても気分が良かった。いつも優しくしてくれる2人の言葉を受けるとどうしてもテオのことを考えてしまう。昨晩、ドルフさんから話を聞いたから尚更だ。
そんなことを考えているせいで私の顔は少し暗くなっていたみたいでグスタフが「どうかしたか?」と声を掛けてくれた。少し迷ったけど誤魔化すのは良くないと考えた私は昔のテオについて話すことにした。
「実は昨晩、ドルフさんから8年前に起きた事故のことを教えてもらってね、それで――――」
フィオルがテオに救われた話をするとグスタフたちも驚いていた。どうやらテオはグスタフとエリクにすら本当のことを話してはおらず、テオの腕に今も残る傷についても山で転んだものだと聞かされていたらしい。
昔のテオはグスタフたちと仲が良かったから彼らだけには本当のことを話しているものだと思っていたのに。改めてテオが真面目で慎重で苦労話などもしない人なのだと実感すると同時に『私も伏せておくべきだったのかもしれない』と不安になってきた。両親にさえバレなければいいと考えていた私は思慮が足らなかったかも。
1人反省会をしながら更に歩を進めた私たちは遂に大空洞に到着する。
目の前の大空洞は聞いていた通り本当に大きく幅200メートルはゆうに超えた螺旋状の穴になっていて視界が歪むほどの熱気を放っている。
大穴の底に繋がる螺旋状の下り道沿いには白銀の皮に包まれたバナナのような植物を生やす樹が大量に生えている。エリク曰く、バナナ型の植物は栄養豊富で、数さえ確保できれば航海中の食事は充分賄えるらしい。とりあえず白銀バナナと名付けよう。
あとは降りていって白銀バナナを採取するだけだ。私は覚えたての氷魔術で周囲に氷の粒を旋回させた。
「これで暑さを凌げるよね? 私の魔量が尽きる前にサッサと採取を終わらせちゃおう!」
駆け足で大空洞を降りた私たちは手際よく白銀バナナを鞄に詰めこむ。3人分のリュックにパンパンに詰め込んだから食糧問題はこれで解決だ。急いで大空洞を出た私たちは熱気の届かない位置まで移動し、水分を補給をしつつ白銀バナナを口にする。
「どんな味なのかなぁ~、いただきまーす! ん? これは……」
異世界で初めて食べるバナナっぽい植物の味は正直味がしないぐらい薄かった。まるで何の味付けもされていない寒天みたい。栄養が豊富だからとびきり甘いフルーツ的な味を期待していたのに……。
「……俺はもっと甘みが欲しかったなぁ」
「……僕もです。綿を齧っているような気分ですよ」
エリクとグスタフも期待していたのか凄くしょんぼりとしている。怒られた犬みたいな顔で食事を続ける彼らが正直ちょっと不憫カワイイ。ゲーム内でも見たことが無い表情を見られただけでもヨシとしよう。
無事に採取を終えた私たちは船に向かって歩き出す。帰りも2時間かかることを思うと気が重いけど頑張ろう。
10分、20分と歩き続ける私たち。疲れが溜まって段々と全員の口数が少なくなっていた。それでも2人は定期的に私の体調を気遣って声を掛けてくれていたから本当に優しさが身に沁みる。
更に歩を進めて復路を半分ほど移動した私たち。するとエリクは突然足を止めて大きく息を切らし始める。
「ご、ごめんなさい。ちょっとだけ休んでもいい……です……か?」
急に呂律が回らなくなったエリクは驚くことに両膝をついてしまう。何か体に異変が起きたかもしれない。
エリクの体を支えなきゃいけないと思った私は背中側に回って手を添える。その時、私の体にも異変が起きてしまう。視界が急にチカチカと光だして平衡感覚が保てなくなってきたのだ。
エリクの体を支えきれなくなった私は一緒に地面へ倒れ込む。ただ1人立っているグスタフは目をかっぴらいて私とエリクの額に触れる。
「凄い熱だ……。ここにきて風邪を引いたのか? いや、風邪だとしたら2人が同じタイミングで熱を出すとは思えない。もしかして!」
何かに気付いたグスタフはエリクと私のズボンの裾を少しだけ捲り上げた。すると私の足首に一カ所、エリクの足首に二か所、針で刺されたかのような傷口と共に皮膚が紫色に腫れていた。グスタフは少し考えた後、傷口について言及する。
「恐らく大空洞での採取中、虫か何かに刺されたな。毒の性質が分からない以上、無理して歩かない方がいいだろう。エリクはどう思う?」
「…………」
グスタフの呼びかけに応えられないぐらいエリクは消耗しちゃってる。私より強い毒を喰らってしまったのかも、傷口も私より多かったし。ここは一旦、私とエリクを置いてグスタフだけ帰ってもらった方がいいかもしれない、提案しよう。
「グスタフ……貴方だけ先に帰って助けを呼んできて。グスタフは刺されていないでしょ?」
グスタフは自分のズボンの裾を捲って確認した後、再度私に顔を向けて首を横に振る。
「……幸いなことに俺は刺されてない。だが、俺だけ先に帰るつもりはないぞ」
「ど、どうして?」
「フィオルたちをここに置いていけば野生の魔物に襲われる可能性がある。今いる場所も未開拓エリアだから、どんな危険があるのか分からない。それに受けた毒が長時間放置しても大丈夫なタイプとも限らない。1分1秒でも早くフィオルたちを船に届けて船医に診てもらう」
「で、でも、私とエリクは歩けないんだよ? どうやって船まで移動するの?」
至極当然な疑問を投げかけると驚くことにグスタフはエリクを自身の背中に乗せた後、更に私をエリクの背に乗せ……
「俺が2人を担いでいく」
とんでもないことを口にする。
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