第11話 人生の続き



 グスタフとの楽しいデートの翌日、あらため連休最終日の朝――――私は屋敷中の本棚を漁っていた。使用人たちは『フィオル様は休みの日なのにどうしたのだろう?』と首を傾げている。


 変に思われるのは嫌だけど、それでも私にはやらなきゃいけないことがある。自室の机の上に本を積み上げた私は椅子に座って気合を入れる。すると近くの窓からコンコンとガラスを叩く音が聞こえてきた。


 虫か何かが飛んできているのかな? と思い窓に近づいた私は驚きの声をあげてしまう。何故なら窓手すりにモーズさんが立っていたからだ。


「遅くなったが約束を果たしに来たぞ、スミレ。中に入れてもらえるか?」


 モーズさんとの約束……それはフィオルの魂と会話する場を与えてくれるというものだ。大地に妖精の力が満ち、月も満ちている夜にのみ霊魂と会話できると彼は言っていた。どうやら今日がその日みたい。


 私は礼を伝えつつ窓を開けてモーズさんを部屋に招き入れる。早速、霊魂との会話について具体的な話をするのかと思ったけれど、モーズさんは机の上に重なる本を見て首を傾げる。


「何だ、この本の山は? 開拓資料、古代学、魔導学、それにアルバムか? ジャンルが随分とバラバラのようだが……」


 これらの本とアルバムを選んだのにはもちろん理由がある。しょうがないとはいえエリクとグスタフは私のことを想って自分の時間を割き、勉強してくれている現実がある。


 だったら今の私にできることは沢山勉強して2人の負担をちょっとでも軽くすること。そして、2人が大事に想う本物のフィオルに私が少しでも近づくこと……それが学術書、資料、アルバムを集めていた理由だ。


 身の回りでただ1人、いや1匹だけ私の転生事情を知っているモーズさんには私が頑張る理由を伝えてもいいよね?


 私は決意表明と多少の惚気を込め、デートのことを全てモーズさんに伝える事にした。するとモーズさんは猫とは思えないほど大人びた顔で薄く笑う。


「大事な人達の為なら貴重な休日を勉強に潰してもいいということだな。フッ、スミレらしいな」


「ありがとう。で、話を元に戻すけど今からフィオルの魂に会いに行くってことでいいのかな?」


「いや、会話は月の出ている夜にしかできない。それにテオと遭遇したら面倒だ、深夜に行くとしよう」


「深夜かぁ……夜間の外出を両親が許してくれるかなぁ……」


「そこに関しては我に考えがある。安心して夜を待つがいい」


 自信満々に言っているから大丈夫かな? 他に手も無いから信じるしかないと判断した私は夜までの時間を勉強とフィオルの思い出探しに使うことにした。







 そして、気が付けばあっという間に時刻は夜0時を回っていた。モーズさんは内側から器用に窓を開けるとクイっと首を動かす。


「窓に足を掛けて我の体を両手で掴め。誰にも見つからずに外へ出してやる」


「えっ? ここ3階だよ。本当に大丈夫なの?」


「心配するな。この世界の人間の体と魔術はとても力強い。それに我の風魔術は超一級品だ、大船に乗ったつもりでいるといい」


 今、サラっと『この世界の人間』と言っていたけどモーズさんは他の世界や現実世界に来た事があるのかな? いや、今となってはミーミル領も間違いなく本物の世界だと思っているのだけれど。


 彼に従い私は両手で体を掴む。モーズさんは体に魔力を纏うと……


「ウィンド・パス!」


 前方に緑色の風のアーチを描くと300メートルほど北にある空き家の庭へ自身と私の体を飛行させ、フワリと着地させてみせた。高所からくる恐怖と初めて見る魔術のワクワクに動悸が止まらない。


「す、凄い! こんな魔術が使えるなんて」


「喜んでもらったところ悪いが大きな声は出さないように。夜間に屋敷を抜け出していることを忘れるな」


「あ、ごめんなさい。じゃあ、フィオルの墓へ行きましょうか」


 私たちは人目を避けながら進み、30分ほどかけてようやくフィオルの墓に到着した。


 モーズさんは体に魔力を纏い、墓石に触れながら呼びかける。


「月と妖精よ、フィオルの魂を映したまえ」


 モーズさんが呼びかけると墓石を中心に水色の半球状の空間が展開された。空間の中にある光の粒は少しずつ墓の横へと移動する。あの光の粒は何だろう? 瞬きすら忘れて凝視する中、集合した光の粒は徐々に人の形となっていき、最後には本物のフィオルへ見事に変貌を遂げる。


 こちらを見て優しく微笑む霊体のフィオルは透けていて、背格好が今の私と同じ19歳程度になっている。彼女の笑顔を生で初めて見たことで私は改めて自分が偽物なのだと思い知らされる。だって、鏡の前で私が笑った時とは違う生粋の品が宿っているから。


 大好きなゲームの主人公であり、今の私が生きていられる恩人。そんな彼女を前にしちゃうと考えていた言葉が出てこない。声にならない声を出している私に対し、フィオルは半透明の両手で私の右手を握る。


「初めましてスミレ。自分の声で貴女と話しできる日をずっと待っていたよ」


「え、あ、ありがとう……ございます」


 思わず敬語を使っちゃった……。今の自分と同じ見た目、同じ声の相手なのに。そんな私を見て本物のフィオルは笑う。


「あはは、敬語は要らないよ。だって私たちは両方ともフィオルなんだよ?」


「両方ともフィオル……うん、そうだよね。だからこそ改めて言わせて、貴女の人生を奪ってしまってごめんなさい」


 胸が苦しいような、謝れて楽になったような複雑な気持ちだ。何秒間ぐらい経っただろう? 下げていた頭を上げた私の目に映ったのは頬を膨らませたフィオルだった。


「もー! そこはごめんなさいじゃなくて、ありがとうでしょ? スミレは抜け殻になった体に入っただけなんだから。スミレは何も悪くない、むしろ私はスミレのことが大好きだよ。貴女が墓の前で言ってくれた誓いが凄く嬉しかったから」


 フィオルは私が以前に言った事を完璧に覚えていたみたいで、声を弾ませながら繰り返していた。


『今の幸せがあるのはフィオルの体があるから』

『フィオルに貰った命だからフィオルが大切にしていた人達のために使う』

『両親や友人たちを悲しませない為にフィオルのフリを貫き通す』


 他にも色々言ったけれど、1回しか言っていないことを全て覚えていてくれて本当に嬉しい。


 最初こそ恐縮に似た気持ちを抱いていた私だけど、いつの間に心が凄く軽くなっていた。すぐに相手の心をほぐす笑顔と言葉がフィオルの魅力なのだろう、エリクが必死に勉強して助けようとしてくれていたのも頷ける。


 気が楽になった私は今の両親の様子などを話してあげることにした。フィオルはとても嬉しそうに聞いてくれるから私まで嬉しくなってくる。


 一通り話し終えたところでフィオルは真っすぐに私の目を見て告げる。


「スミレと話せて楽しかったよ。私の体に宿ったのが貴女の魂で本当に良かった。私の人生の続きを生きてくれて、ありがとね」


 人生の続きを生きる……理屈では分かっていたはずなのに本物のフィオルが『続き』と口にしたことで本当に亡くなってしまったのだと実感が湧いてくる……泣いてしまいそうだ。


 でも、目の前のフィオルが笑っているのだから私が泣いてしんみりさせたくはない。必死に涙を堪えた私は「フィオルみたいな素晴らしい女性に宿ることができて私も嬉しいよ」と伝えた。


 私たちは感触も温度もないハグを交わし、友情を確かめ合った。10秒ほどのハグを終えて体を離したフィオルは朗らかな表情から一転、真剣な面持ちで私の斜め後ろを指差す。


「じゃあ、そろそろもう1つの目的に移ろうかな。スミレに見てもらいたいものがあるの。向こうの掃除用具箱の底板を外してみて。テオのことを深く知る為の大事なアイテムが入っているから」



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