第47話
いつもと違う面子で囲む食卓は私の苦慮をよそにつつがなく進んだ。言いつけ通り姉は恋人関係に触れず、しきりに昔の思い出話を語る。茜はそれに耳を傾け、時折乗っかっては話を一段と盛り上げる。と思えば今度は茜がテーマを派生させて別の切り口から花を咲かせた。
私の言葉をどう受け止めているのか、茜の表情や口ぶりからは察することはできない。
でもきっと隠しているんだと思う。
今までの付き合いの経験が語るのか、なんとなくだがそう感じていた。
「どうしたの茉莉花、箸進んでないじゃないか」
「え……いや、そんなことないよ。美味しい、とっても」
油断したところに父から言及され慌てつつ何事もないふり。
周りが楽しんでるなか私だけ気分が乗っていないため異質に見えてしまう。茜だって気をつかってるだろうに、これでは私のせいで雰囲気ぶち壊しだ。
「おぉまりー、私がいなくなっちゃうからってまだ泣くのは早いよ〜」
「は、はは、そうだね。てか泣いてないし」
泣きたいのはそっちだろ。
「ほらほら、ままさんの美味しいご飯食べよ。はい、あーん」
幾度ともなく繰り返したこれも最後。
「あら〜仲良いのね、二人とも」
「べ、別に」
「そりゃ仲良しですよ! 親友なんで!」
手が緩んで箸が指の間から滑り落ちた。
カランカランと床で箸が数回踊る。
「ぇ……」
「茉莉花? 落ちたよ」
「……」
「まりー?」
「あ……ご、ごめんなさい」
呼ばれた自分の名で我にかえって、しゃがみ込む。止めようとしても止まらない震えを隠しながら落ちた箸を拾い上げようとする。しかし
「もう、新しいの置いとくよ」
「……」
ようやく掴んだそれを急ぎ足でシンクに置くと私はうわずった声で告げた。
「私ちょっとトイレ行ってくるね」
逃げるようにダイニングを出て、二つ飛ばしで階段を登る。
分かんない、分かんないよ!
自室に入るとそのまま扉を背にしてずるずるとへたり込んだ。
『親友なんで!』
「どうして……求めてたはずなのに……」
私は彼女なんて嫌だ。
恋人なんて嫌だ。
そう思ってたのに。
今までの関係のがいい。
それのが暮らしやすい。
そう思ってたのに。
「なんで親友って言われて苦しくなるの……?」
背反する心と体に理解が及ばず、私の視界は滲み出す。
もう分からない。
自分自身が分からない。
私はどうしたいの?
その問いに答えをくれる者はいない。
模範解答なんてない。いくら勉強ができたって、いくら偏差値高い大学に行ける見込みがあったって、いくら成績が良くったって。
こんなこと一つ分からない。
コンコンコン。
「まりー?」
ノックの音はドア越しに私に伝わる。
「いるんでしょ、開けるよ」
「だめ」
開こうとする扉を背中で押さえつけた。
「……そっか」
「ごめんね、だめで……。だめな恋人で……。楽しいはずの、パーティーなのに……
」
恋人である事は隠そうと言っておいて、親友扱いされたら泣きだす。自分でも嫌になる程、あまりにも身勝手過ぎる。でもどうしたらいいのだ。
「そんなことないよ」
衣擦れの音が聞こえてくる。
「大事な大事な幼馴染が引越しちゃうから……って皆は思ってるから」
「ごめんね、私ばっかり、自分勝手で。泣いて、吐き出して、ずるくて」
「……ふふ。それはそうかもな〜」
伝わるはずないのに伝わってくる気がする温かさ。
「寛大な茜ちゃんは、そんなあなたを待っていてあげましょう。落ち着いたら一緒に戻ろ」
扉の木材を挟んだ向こう側。
そこにはいつも一緒にいてくれた背中があると、確かに感じることができた。
私達はじっと床に座り込む。
私が取るべき選択肢を決断するまで。
それは
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