第10話
息を切らし、倒れ込んだ騎士は身体中に傷があり、今から来るであろう魔獣の恐ろしさを物語っていた。
こうなっては祭り所ではない。一瞬の内にその場は阿鼻叫喚の地獄絵図とかす。
シャルルは倒れた騎士の元へ行き、傷の手当と状況を詳しく聞こうとしたが、それよりも先にリオネルが駆け寄った。
「と、父様、父様は!?」
取り乱したように騎士に詰め寄り叫び続ける。シャルルも安否だけでも知りたいと思ったが、険しい騎士の表情を見て口をギュッとつぐんだ。
そして、リオネルの肩に手を置くと、極めて冷静に口を開いた。
「落ち着いてください。貴方の父様は大丈夫ですよ。あの方はお強い。それは貴方が一番分かっている事じゃないですか?」
「……」
言われなくても分かっているけど、最悪の事態しか思い浮かばないって顔をしながら俯いている。
「聖女様!」
「ルイス、丁度いいところに──って、あ!」
騒ぎを聞き付けたルイスとラリウスが走ってくるのが見えたことで、ほんの少し気が抜けてしまった。その一瞬の隙を抜って、リオネルがシャルルの手を振り切り森へと駆け出した。
「しまった!」
すぐに後を追おうとするが、ラリウスがそれを止めてきた。
「聖女様はここで街の人達を護って下さい!街を結界で覆ってくれれば魔獣が入れません!」
「ッ!」
ラリウスの言う通り、私が街全体を結界で覆えば魔獣は愚か虫すらも入って来れない。
分かってる。それは自分の役目だって。だけど──
「10分です」
「え?」
「10分。僕らがこの街に結界を張っておける時間です」
ルイスが腕を捲り上げながら伝えてくる。その後ろには数人の神官らの姿もある。
「我々も粗雑ながら神に仕える者。貴女ほど強力なものは張れませんが、街の者たちを護るぐらいは出来ますでしょう」
「だから10分で必ず戻ってきて下さい」そう言うルイスに感謝しつつ、シャルルは森へ向かって駆け出した。
「大丈夫なんですか!?」
ラリウスがルイス達を心配して、何度も見返している。
「ルイスですか?彼なら大丈夫ですよ。普段は頼りありませんが、聖力は神官の中でトップクラスですわ」
そうは言っても、聖女の私と比べれば力の差は歴然。10分と言っていたが、それも持つかどうか……
「急ぎますわよ!」
不安になりながらも全力で森の奥へと進んで行った。
***
グルルルルルル……
地を這うような重く低い唸り声がその場に響いている。
見た目は狼のようであるが、その体はレオナードを見下ろすほどに巨体。真黒な毛を纏い、鋭い牙を見せつけながらギラギラとした眼を向けてくる。
「くそっ」
レオナード自身も、これほどまで大きな魔獣を目の当たりにしたことがない。精鋭揃いの騎士でも手を焼くほどで、辺りには負傷した騎士が倒れている。
このままでは全滅どころか、街にまで被害が及ぶ。
(一か八か……)
自分が囮になり、この場から離れるしか他ない。体力的にもそこまで遠くへは行けそうにないが、このまま全滅するよりはいい。
そう考えた時──
「父様!」
「!?」
突如飛び込んできたリオネルの姿を見て驚いた。
「何しに来た!!」
「父様を助けに来ました!」
「馬鹿なことを言うな!ここは遊び場じゃない!今すぐ戻れ!」
「嫌だ!僕も父様の助けになりたい!」
リオネルの手にはどこかで拾って来たであろう木の棒が握られていた。
「いい加減にしろ!!邪魔だと言っている!!」
「ッ!」
一際大きな声で怒鳴られ、リオネルはその声と迫力にたじろいだ。邪魔になることぐらい賢いリオネルは分かっている。けれど、黙っていることが出来なかった。
その意思はレオナードも分かっているが、状況が状況なだけに苛立ちが募ってしまう。
「急げ!」
レオナードは完全にリオネルに気を取られてしまい、背後に迫る危険に気が付かない。
「父様ッ!!」
リオネルの言葉で我に返ったが、数秒遅かった。
「ぐはッ!」
魔獣の鋭い爪がレオナードの背中を大きく傷付けた。
「父様!!」
「来るな!!」
立っているのが不思議なほどの傷なのに、リオネルを護ろうと魔獣の前に立ちはだかっている。その足元には血溜まりができ、傷の酷さを痛感させられる。
「早く……ここから逃げろ」
「嫌だ!!嫌だよ!!」
喋るのもやっとのレオナードの姿を見れば、リオネルは泣きじゃくりながら傍に寄ろうとする。それを騎士が必死に止めている。
「リオネル…」
息絶え絶えになりながら、振り向きリオネルの目をじっと見つめた。
「生きろ」
その一言が、どれほど重く意味のある言葉か幼いリオネルでも理解できた。
「父様--ッ!!!!!」
森を震わせるほどの悲痛な叫び声が響き渡る。
「あらあら、ヒーローは遅れて到着するという言葉がぴったりですわね」
「……今は冗談言っている雰囲気じゃないです……」
シリアス感を一瞬でぶち壊す言葉と、呆れるような言葉を吐いたのは、リオネルを追いかけて来たシャルルとラリウスだった。
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