第9話

「さあ!遊びますわよ!」


 役目を終えたシャルルは、露店が立ち並び賑わいを見せる街中へとやって来た。


「あまり遠くへ行っては駄目ですよ」


 後ろからルイスが、子供に言い聞かせるように声を掛けて注意を促している。

 その横ではラリウスがクスクス笑ってるが、気分が上がっているシャルルの視界には映りもしない。


「姉御!待ってください!」


 ダグら新米護衛達が、人混みに紛れるシャルルを見失わないように必死で追いかけている姿は、昨年の自分を見ているようだとルイスがしみじみと呟いた。


「正直、あのゴロツキ達を護衛にするのは反対だったんです。団長様が承認してしまったら仕方ないと、渋々教会へ入れたんですが、こうして見ると彼らも役には立つようですね」

「彼女のお世話は大変そうですしね」


 そんな話を交わしながらも、ラリウスは周りからの黄色い声に手を振って応えている。そんなラリウスを見て、貴方も大変そうだとルイスは心の中で呟いた。




 一方、シャルルはいつの間にかルイスとラリウスの姿は見えなくなり、ダグ達が息を切らして来たところで立ち止まった。


「ここまで来れば大丈夫ですわね」

「はぁ…はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと休憩……」


 人混みから外れ、その場にしゃがみこんで息を整える。


「だらしないですわねぇ。そんなんじゃ、私の護衛は務まりませんわよ?」


「無茶苦茶だ」と文句を口にしたいが、息が切れて言葉にならない。


 シャルルがワザと人混みに紛れたのは、口煩いルイスを撒くため。ついでにラリウスも撒けたのは好都合。


 本来なら護衛であるレオナードの横を歩きながら、楽しく祭りを回る予定だったのだが……


 チラッと視線を向けた先には、横たわる新米騎士達の姿。


「本当はレオナード様と街を散策したかったのですけど……仕方ありませんわ。彼も忙しい身。大人しく引くのも、いい女の在り方です」


 ウンウンと自分の意見に頷いていると「あっ!」と シャルルの耳に明るい声が聞こえた。


 もう見つかったのかと驚きながら振り返ると、玩具を見つけた子猫のように目を輝かせているリオネルが立っていた。


「おじさん!」


 リオネルはシャルルなど目にも留めずに横を通り過ぎ、真っ直ぐダグの元へ駆け寄った。


「おお、坊主!久しぶりだな!」


 こちらも嬉しそうに飛びついたリオネルを高々に持ち上げて、その場は一気にリオネル中心となっている。彼らは一応聖女付の護衛となっているが、つい先日までただのゴロツキだったので、剣の腕前がめちゃくちゃ。その為、時間の余っている騎士達が基礎から教えてくれている。基礎を教えるならとリオネルも一緒に稽古をつけてもらっているので、自然と仲が深まったらしい。


 そんな感じで、完全に蚊帳の外に放り投げられたシャルル。自分よりも先にリオネルに懐かれて悔しくないと言えば嘘になる。


(口惜しいですわ……!)


 ギリッと唇を噛みしめながら恨めしそうに見るが、その輪に入る手段がない。


「あれ?シャルルいたの?」


 いつもならイラっとする言葉も今は気づいてもらえたことに喜びすら感じる。ダグもようやくシャルルの存在に気付いたらしく「すいやせん!」と頭を下げていた。


「もういいですわ……折角ですから貴方も一緒にどうです?」


 断られるだろうと思いつつ、リオネルに声をかけると「いいの!?」と何とも子供らしい顔をしてくれた。これにはシャルルも驚いたが、笑顔で頷くと迷子にならないようにと手を差し出した。


「僕、おじさんとがいい!」


 ……だと思いました。


 苦笑いを浮かべたダグに肩車され、ご機嫌のリオネル。傍から見れば親子だと見間違える光景に、シャルルは涙が込み上げてくる。


「これがレオナード様だったら……」


 どんなに最高だったか……


「おいおい、俺だって中々だろう?」

「私はレオナード様がいいんですの!」


 グズグズと嘆いているシャルルに物申すが、それは火に油を注ぐ様なもの。頭上から「諦めが悪いなぁ」とリオネルの冷たい言葉が降り注ぐ。


「ほ、ほら、姉御!西洋のお菓子だって!」

「こっちは呪いの人形スっよ!」


 他の二人が寄って集ってご機嫌を取ろうとしてくるが、シャルルはムッと頬を膨らませたまま。


 さて、困ったと顔を見合せた時──


「魔獣だ!魔獣が襲ってくる!急いで逃げろ!」


 顔面蒼白の騎士が、息絶え絶えになりながら駆けて来た。





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