第8話
朝からシャルルは超絶機嫌が悪かった。
──と言うのも、この日は年に一度の聖誕祭。
本来ならば騎士団長であるレオナードがシャルルの護衛役として側を護ってくれているはずだった。
だが、数日前から森で魔獣の目撃が頻繁にあり、指揮役としてそちらに向かってしまった。
そんな訳で、本日の護衛役は……
「お久しぶりです。聖女様」
「──チッ!」
副団長のラリウスが笑顔でやって来た。
「会って早々に舌打ちされたのは初めてです」
「すみませんすみません!うちの聖女が!」
睨みつけるシャルルを遮るようにルイスが飛んで来た。やって来るなり頭を何度も下げているが、シャルルは面白くなさそうにそっぽを向いているだけ。
「構いませんよ。見下されるのも悪くありませんから」
平然と言ってのけるので、本気なのか冗談なのか境目が分からず、ただ汚物を見るような目で軽蔑した。
「分かんねぇなぁ。団長様よりこっちの騎士様の方がいい男じゃねぇか?愛想もいいし」
何も知らないダグの部下であるエドガーがそんなことを口にした。
「あ、こら!そんなこと言ったら──!」
慌ててルイスがエドガーの口を抑えたが、もう遅い。
ゆらっと体を揺らしながら不気味に微笑むシャルルがエドガーに近寄ってくる。その表情はまるで幽鬼の様で、威勢の良い者でも息を止めてしまうほど恐ろしいものだった。
「どの口ですかぁ?レオナード様を悪くいう口は……──この口かぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁ!!!」
勢いよく頬を掴まれたエドガーは、半泣きになりながら謝罪の言葉を口にしている。
「あ~ぁ、これは長くなりそうですね」
「仕方ありませんね。彼女は本当にレオナードの事を好いているようですね」
遠い目をしながら呟くルイスに、生暖かく見つめるラリウス。
「好きなんて表現生温いですよ」
「ははっ、確かにそのようだ」
同意するように頷くラリウスに、ルイスは眉間に皺を寄せて気になる事を訊ねてみた。
「……貴方はそれでいいんですか?」
「──と言うと?」
「貴方も聖女様を気に入っているのでは?」
「ええそうですね。君はまだ恋愛に疎いようだから教えてあげます」
勿体ぶるような仕草を見せられれば、苛立ちよりも興味の方が勝る。ルイスは黙ってラリウスが口を開くのを待った。
「恋愛は言うなれば戦いです。奪い奪われ、気付き気付かせる。恋愛は駆け引きが大事なんです」
「はぁ……」
「他の者から自分に熱い視線が移った時の快感はどんなものかと好奇心がくすぐられるんですよ。簡単に堕ちては面白くない。その点では、聖女様が最高にそそられるんです」
恍惚の表情を見せるラリウスに対し、王子様と謳われるラリウスの裏の顔を知ったルイスは、犯罪者でも見るように白い目を向けていた。
(聞かなきゃ良かった…)
ガラガラとイメージ像が崩れる。
(まあ、あの人に限って大丈夫だと思うが…)
未だにレオナードがどんなに素敵で素晴らしい方を熱弁しているシャルルを見ながら心の中で呟いた。
「さあさあ、そこまでです!時間ですよ」
このままでは夜になってしまうと、ルイスがパンパンッと手を叩き、興奮状態のシャルルを落ち着かせた。
当の本人は恨めしそうに顔を歪めているが、この人にかまけていたら祭りが始まらないと、ラリウスに頼み無理矢理祭壇へと連行して行ってもらった。
***
祝詞は滞りなく進められていた。
「真面目にしていれば素晴らしいし聖女様なのに…」
祭壇で立派に聖女を務める姿を見て、思わずルイスが呟いた。
「先輩は姉御の事が嫌いなんスか?」
そう声をかけたのは、ダグ一味の一番の下っ端マルクスだ。
「そんな訳ないじゃないですか。ただ、もう少し聖女としての落ち着が欲しいんですよ」
「えぇ?俺は今のままでいいと思うスっよ?姉御、毎日が楽しそうじゃないっスか」
まあ、マルクスの言う通りだが……聖女としての威厳が……
「俺、他の国の聖女見たことあるスけど、何処も形式的に淡々と業務をこなすってだけで、無表情で感情がない傀儡の様だったっス。それ見た時、可哀想と言うより惨めに感じたんスよ」
淡々と話を続けるマルクスに、ルイスは黙って耳を傾ける。
「他人の幸せを願うばかりで、自分の幸せが何なのか解らないなんて惨め以外の何ものでもないじゃないっスか」
その言葉を聞いた瞬間、胸に重い刃が突きさったような感覚があった。
「聖女なんて名ばかりで、国を上げての生贄だと思ってたんスけど、姉御に出会ってこんなに自由に生きてる聖女もいるんだって気付かされたんス。だから、俺は姉御の生き方はスゲェ尊敬してるんスよ」
自分の眼で見てきたこそ、マルクスの言葉には重みと説得力はある。
──……が、それはそれ、これはこれ。
「貴方はまだ青いですね…」
「え!?」
「ウチはウチ他所は他所です。そんなあまっちょろい考えではあの人の世話は出来ませんよ」
長年仕えて来たこそ分かることがあると、虚ろな目でルイスが諭せば、マルクスはその重責にただただ感服した。
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