第4話
「こんにちは、聖女様」
この日、シャルルは朝から慌ただしく聖堂へと向かっていた。先日の訓練ではリオネルを追いかけたまでは良かったが、最終的に見失い探している間に訓練が終わっていた。子供の逃げ足を舐めていた……
そんな訳で、今回もまたレオナードの勇姿をこの目で拝む事が叶わなかったと、苛立っている所に思わぬ訪問者がやって来た。
やけに黄色い悲鳴が聞こえると思えば……なるほど、この人か。
「あら、副団長様が何用でしょうか?」
一応、
ラリウスの後ろには、その姿を一目見ようと押しかけた神女らが、壁や柱の陰から顔をのぞかせているのが見える。
(あの子達は……)
後で一言言っておかなくてはと、小さく溜息を吐いた。
「突然の訪問申し訳ありません」
「いいえ、問題ございませんわ」
心に思っていない事でも、口ではなんとでも言える。
「あはは、あまり歓迎されていないようですね」
「そんな事はありませんよ」
笑顔を崩さず、心を無にして伝えた。
「聖女様は嘘をつくのが下手ですね。顔に全部出てますよ?」
「ウソ!?」
「嘘です」
「……」
心優しい聖女様タイムは終了とばかりにラリウスを睨みつけた。
「冗談は顔だけにして頂ける?」
「あははは!貴女は本当に面白い」
「用がないのなら、お帰りください」
先程までの態度とは一変、冷たくあしらいながら言うが、ラリウスは気にせずシャルルの後を付いてくる。
「用はありますよ」
前に回り込むと、シャルルの手を取り訴え始めた。
「最近、貴女の事を考えると胸が苦しくなるのです」
言い切った瞬間「きゃーーーー!!」と耳が痛いほどの悲鳴が響き渡る。
流石は、騎士団きってのプレイボーイ。背景にバラの花が浮かんで見えるほど威力はあるが、そこはレオナードにしか興味が無いシャルルが相手だ。
苦虫を噛み潰したような顔でラリウスを見下ろしていた。
「ここは診療所はじゃありません。あぁ、腕のいいお医者様をご紹介しましょうか?心疾患に詳しい方がおりますの」
「残念ながら、この病は薬や治療で治るものじゃないんです」
手を振りほどこうとするが、がっちり掴んでわざとらしく苦しそうに顔を歪めている。
「なるほど、頭の中身の方がイカれてるようですね。虫でも湧いてるんじゃないんですか?」
「ふはっ!手厳しいですね」
何を企んでいるのか分からないが、いい加減ウザい。皮肉混じりの嫌味を言ってもへこたれない精神は最早尊敬する。とは言え、こんな所で押し問答をしているヒマはない。
シャルルは小さく息を吐くと、呆れながらラリウスに視線を向けた。
「まったく……甘い言葉を吐けば簡単に堕とせるとでも?どれだけ自分に自信があるのか知りませんけど、必死になっている姿は惨めでしてよ?」
目を細めて下卑た笑みを浮かべると、ラリウスの眉間にシワがよったのが分かった。ここに来て、ようやくラリウスの表情を崩すことが出来たとほくそ笑んだ。
「ここは人目もありますので、これ以上恥をさらさない方がよろしいのでは?みんな憧れの王子様像が崩れてしまいますよ?」
「二度と話しかけないでくださいね。クズ野郎」周りに聞こえないように耳元で伝えると、すっきりした顔でその場を立ち去ろうとした。
「──お待ちください」
ラリウスの横を通り過ぎた瞬間、腕を掴まれた。
「ここまで言われたのは初めてです」
整っていた髪をグシャッと手でほどきながら真剣な表情でシャルルを見つめた。
「あら、女に馬鹿にされたのが癪でしたかしら?」
「ははっ、まさか……ただ、貴女を本気で欲しくなったと言ったら?」
「貴方ねぇ──」うんざりしながら振り返れば、腕を引かれラリウスの腕の中に抱かれてしまった。
「私は本気だと伝えましたよ?」
「はっ、今更ですわ」
「どうすれば貴女のその瞳に私の姿を映せますか?」
目の前に指を突き立てられたがシャルルは微動だにせず、ジッとラリウスを睨みつけていた。
「いいですね……ゾクゾクします」
「変態を相手にする趣味はありませんの。他を当たっていただける?」
「貴女こそ自分の立場を分かっていますか?今なら簡単にその唇を奪う事が出来るんですよ?」
そっと唇を指でなぞりながら脅迫ともいえる言葉を掛けられた。
「あらあら、脅迫でもしないと気を引けないなんて残念な方」
「あははは!いいですね、その勝気な態度。ますます鳴かせたくなります」
「最っっ低」
「私も男ですからね」
女にだらしない男だとは思っていたが、下半身までだらしないとは……いっその事、この場で息の根を止めた方が世の女性達の為では?いや、生殖器を先に潰した方が……そう思い始めた所で「聖女様!」とルイスの慌てた声が聞こえてきた。
「申し訳ありません!この人が失礼なことをしたんですよね!?僕からよく言い聞かせますんでお許しください!悪い人じゃないんです!」
綺麗な土下座を決めたかと思ったら、何度も頭を床に押し付けながら謝り始めた。これにはシャルルが面白くないとばかりに言い返した。
「ちょっと!なんで私がやらかした事前提なんですの!?」
「そりゃそうでしょ!貴女が問題を起こさなかったことあります!?」
「──ぐ」
ルイスの鋭い突っ込みに流石のシャルルも言い返す言葉が見つからなかった。その様子を見ていたラリウスは「あはははは!」と腹を抱えて笑い出した。
「貴女は見ていて飽きませんね。もう少し一緒に居たいところですが……残念。時間切れの様です」
チラッと視線を逸らした方を見れば、レオナードが顔を手で覆っているのが見えた。心なしか、肩が震えている様にも見える。
「れ、レオナード様!?どうしたんですの!?」
心配したシャルルが駆け寄るが、レオナードはすぐに表情を戻し「大丈夫だ」と言って踵を返してしまった。その後をシャルルが子犬のように付いてくのが見えた。
「あれは絶対笑いを堪えてましたよね」
「……僕、初めて団長様が笑ってるの見ました」
「私もですよ」
残されたラリウスとルイスが消えゆく二人の背中を見つめながらぽつりと呟いた。
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