第3話

 数日後、シャルルは演習場へとやって来ていた。


 今日は待ちに待った騎士の公開訓練日なのだ。この公開日は年に数回あるのだが、日程は前日まで報されない。


 それは騎士達も例外ではない。数日前に報せてしまうと浮き足立つ騎士が多くいて、通常の訓練とは別物になってしまうと言うのが理由らしいが、一説では推しの騎士目当てに押し寄せてくる令嬢対策とも言われている。


 前日となれば、予定を変更するにしても厳しい事が多い。現に、聖女で多忙をきたしているシャルルは見逃していた。


 今回は三度目と言うこともあり、絶望のあまりに死んだ目をしながら花占いをしていたところ、流石に不憫に思ったルイスが何とか口添えしてくれ来れることとなった。


「持つべきは聖女思いの側近ですわ」

「あんな顔されちゃダメとは言えないですよ」


 目を輝かかせて演習場へ入ってくる騎士に目を向けているシャルルに、ルイスが疲れた顔をしながら応えていた。そんな時──


「きゃぁぁぁぁ!!!」


 一際大きな歓声が上がったのは、副団長のラウリス。イケメン揃いの騎士団の中で最も人気のある騎士だ。


 稀に見る王子様気質で、人当たりもよく愛想もいい。団長であるレオナードがあんな感じなので、自然と好感度が爆上がりしたとも言いきれない。


 そんな笑顔で手を振るラリウスの前には、仏頂面で前だけを見据えているレオナードの姿もあった。


 そんな姿にシャルルは「ほぅ…」と顔を赤らめて見つめていた。


「周りの声に惑わされぬお姿……感服ですわ……!」

「まあ、確かに格好いいとは思いますけど……」


 寡黙で実直。後ろ姿だけで全てを語っている。


 誰にでもヘラヘラと愛想を振りまくラリウスよりも全然好感が持てる。


「あ、ほら見て。あの子……」


 ふと耳にした言葉に視線を向けた。前に座っている令嬢が、隣の令嬢に耳打ちしているところだった。


 その令嬢達の視線の先には、リオネルが俯き加減で座っていた。


「あぁ、不義の子だっけ?」

「違うわよ!孤児院で自分に似た子を引き取ったんでしょ?」


 噂とは怖いもので、未だにこんなくだらない話が一人歩きしている。


「血が繋がってないのに息子面してるんでしょ?縁談が上手くいかないのも、あの子のせいらしいじゃない。子供癖に生意気なのよ。レオナード様後ろ盾がなければ、ただの子供の癖に」

「それって躾のなってない犬と一緒じゃない?いつまでも父離れ出来ないなんて、レオナード様も大変ねぇ。自分の子じゃないなら捨ててしまえばいいのに。そこら辺の犬の方が余程利口じゃない?」


 誰も聞いていないと思って随分と好き勝手言ってくれる。というか、子供相手に言う言葉じゃない。


 リオネルはいつもの強気な態度は何処へやら。顔を赤らめたかと思えば勢いよく立ち上がり、その場から逃げるように去って行った。


「あらら、聞こえちゃったかしら?」


 白々しい言葉を吐きながらクスクス笑っている。完全に悪意があった証拠だ。


「もうすぐ始まりますから…落ち着いてください。はい、深呼吸して深呼吸」


 ルイスは、怒りで震える私に向かって必死に抑えるように言ってくるが、目の前でこんな胸糞悪いことされちゃ楽しめるものも楽しめない。


 気づけば件の令嬢らの前に蔑むような視線を向けながら前に立ちはだかっていた。

 急に現れたシャルル聖女に、令嬢達も驚いている。


「失礼ながら、子供相手に随分な言い草ですわね?それも、この神聖な演習場という場での発言……武神が許しても私は許せません」


 まさか聖女である私に聞かれていたと知った令嬢らは、慌ててこの場を切り抜けようと言い訳を模索しているようだった。


「今更、見苦しい言い訳は無用ですわ!」


 彼女らが何か言う前に、先手をとってやった。


「そんな貴女がたは、チーズの角に頭をぶつけておしまいなさい!」


「ふんっ!」と鼻息荒くしながら言い切ると、リオネルの後を追いかけた。


 一方で、取り残された令嬢とルイスはあまりの言動に言葉を失いポカーンとしていた。





「ふはっ!随分と威勢の良い聖女様ですね」

「……」


 一部始終を見ていたラウリスが、堪らず吹き出した。横ではレオナードが頭を抱えながら苦悶の表情を浮かべていた。


「リオネルの為に啖呵を切ってくれたんですよ?素晴らしいじゃないですか。何が気に入らないんです?」

「……あいつは聖女だ。子を想うのは当然だろ」


 興味がないとばかりに素っ気ない態度で示すと、ラリウスが頭の後ろで手を組みながら問いかけた。


「そんな考えならば、私が貰ってもいいですよね?」

「!?」


 分かりやすく動揺したのが見え、ラリウスの口角も吊り上がる。


「あんなに面白い子、そうそういませんからね。興味があるんです」

「悪趣味だな」

「なんとでも言ってください」


 飄々とした態度で接してくるラリウスに、レオナードは顔を顰めながら「勝手にしろ」と吐き捨て、自分の持ち場に付いた。


「まったく……素直じゃありませんね」


 去り行くレオナードの背中に向かってポツリと呟いた。


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