第2話

 この国には『血濡れの騎士ナイト』そう呼ばれる騎士がいる。それが目の前の騎士で団長でもあるレオナード・ドゥルマ。血を浴びたような深紅の髪に、冷たく光る切れ長の目。常に威圧感を放っていて、人を寄せ付けよとしない。


 そんな彼が来たと言うことは……


「あ、ああああんたは、もしかして……」


 辺鄙な村でも彼の噂ぐらいは耳にしているようで、先ほどの勢いはどこへやら。顔面蒼白になり震えている。


「環境破壊及び人身売買。挙句に聖女への暴行未遂……ただで済むと思うなよ」

「ッ!!!!」


 こちらまで息が止まりかける程の冷たい声色。


「──クソッ!」


 大人しく捕まればいいのに、行き詰まりヤケクソになった村人はあろうことかレオナードに牙を向けた。数では勝っているんだからどうにかなるだろうと、安易な考えが働いたのだろう。


 当然、団長が素人相手に負けるはずなく、秒で決着はついた。


 地面に蹲る村人はレオナードの部下である騎士達が取り押さえ、城へと連れ帰るのを見送った。


「レオナード様、ありがとうございます」

「礼はいらん。任務を遂行したまでだ」


 聖女である私が礼を伝えても素っ気ない態度で返された。普通の女性なら怖がって話しかけようなどとは露程も思わないが、シャルルは違う。一言でもいいから声を聞きたい。話がしたいと言う一心で声をかけている。


 それもこれも、彼がシャルルの想い人。


「毅然とした態度が素敵…」

「そんな事思っているのは貴女ぐらいですよ」


 頬を薄く染めながらポツリと呟くと、その言葉を耳にしたルイスが呆れるように言い返してくる。


「可哀想に……大人の落ち着きというものを知らないのね」

「あの人のは落ち着きじゃなくて威風って言うんです」

「そこもひっくるめて素敵だと言っているんです」

「まったく……」


 他人にこの気持ちを知ってもらおうとは思わない。むしろ知らなくて結構。ライバルは少ないにこしたことはない。


 そうは言っても、侯爵家である彼には縁談の話が多く来ている事も事実。多少の威圧感があるだけで、蓋を開けてみれば優良物件には変わりないのだ。


「まあ、彼と結婚するには一筋縄ではいきませんけどね」


 ルイスが口にするように、彼には防波堤となるある人物がいる。それが──……


「父様!」


 茂みから飛び出してきたのは、歳幼い子供。レオナードの事を父様と呼ぶこの子は……


「リオネル」


 レオナードの一人息子であるリオネル・ドゥルマ。5歳になったばかりの男の子。父親譲りの赤い髪、母親譲りだと言われる翡翠色の瞳を大きく開いてレオナードに抱き着いた。


「ん?」


 すぐにこちらに気が付き、シャルルをその瞳に映すと勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。


「あれぇ?シャルルじゃん。性懲りもなく父様の後を付け回してるの?」


 眉間が震えるシャルルをルイスがハラハラしながら見ている。


「相手は子供……こんな幼稚な挑発になんて乗りませんわよ」

「それならいいんですけど」


 ええ、ほんのちょっと…結構、羨ましいと思いましたけど……


として一言いいかしら?」


 前振りをした上で、リオネルに近づいた。


「な、なんだよ」

「ふふっ」


 不気味に微笑むシャルルに、強気だったリオネルも顔を引き攣らせている。そんなリオネルの弾けるような若い頬を両手で引っ張りながら伝えた。


「その様に乱暴な言葉遣いはいけませんわ。目上の相手には敬意を示さなければ。女性ともなれば尚更ですわ。そんな事では侯爵家の品が疑われますよ?」

「ひゃにすんひゃよ!」

「おやおや、まだ分かっていないようですね。猿でも分かるように伝えたつもりでしたが?」

「ッ!!」


 クスッと嘲笑うように言えば、悔しそうに顔を歪めて涙を滲ませている。


「もういいだろ。子供相手に言い過ぎだ」

「父様~!」


 シャルルの手からリオネルを奪うと、軽く叱責された。レオナードの腕に抱かれると、仕返しとばかりにこちらに向き直り「べぇ」と舌を出して挑発しくる始末。


「諦めましょう。貴女の負けです」

「──くッ!」


 冷ややかに言うルイスに唇を噛みしめた。


 そう。レオナードに相手が出来ないのは、何もこの人の性格の問題だけではない。リオネルという伏兵がいるのが一番の理由だとシャルルは思っている。


 まず、このリオネル。自他共に認める生粋のファザコンで、レオナードに近づく女は片っ端から潰しにくる。シャルルも例外ではなく、二人きりになろうものなら何処からともなく飛んでくる。


 血の繋がった家族であるレオナードが取れらてしまう不安と恐怖。それに、後々出来るであろう弟か妹の存在が彼を苦しめている。


 この子の母親は産んですぐに亡くなったと聞いているが、おかしな事に誰も母親を知らない。──というか、この人が結婚していたと言うことを知る者がいない。一時は、レオナードの子ではないのでは?と言う噂が立ったが、リオネルがあまりにもそっくりだったので、そんな噂もすぐに消えた。


 そんな境遇を知っているからこそ、あまり強引な事は出来ない。


「帰りましょう」


 レオナード達の姿を見送り、私達も教会へと足を進めた。

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