第27話 聖騎士団到着。教え子、無双

ジラルド率いる聖騎士団が貧民街の入り口にその姿を現した時、行き交う人々の喧騒はぴたりと止んだ。


「ひぃ…!せ、聖騎士団様だ…!」

「どうして、王都最強の騎士団がこんな場所に…」

「何かあったのか…?」


磨き上げられた白銀の鎧。

風にはためく王家の紋章が刻まれた旗印。

一糸乱れぬ隊列から放たれる殺気にも似た威圧感に、住民たちは怯え、蜘蛛の子を散らすように物陰へと姿を消していく。


ジラルドは馬上で手綱を引き、深く息を吸い込むと、腹の底から声を張り上げた。


「我々は聖騎士団である!この地に潜む、反逆者アデル・スターロの身柄を、引き渡し願いたい!」


声は静まり返った通りに響き渡る。

ジラルドは、アデル自身がこの声を聞き、出てきてくれることを願っていた。

まずは話をするのだ。討伐などではない。


「抵抗する者は、反逆者とみなし、実力をもって排除する!」


しかし、彼の前に進み出てきたのは、待ち望んだ親友の姿ではなかった。

静寂を破って現れたのは、二人の少女。


一人は、月光を思わせる銀髪を風になびかせ、腰の長剣に手を添えている。狼のように鋭い金色の瞳が、真っ直ぐにジラルドを射抜いていた。

もう一人は、快活そうな短い赤毛を揺らし、ゴキリ、と拳を鳴らしている。小柄ながら、その全身からはち切れんばかりの闘志が溢れていた。

カイネとシエルだった。


「先生に用があるのは、あなたたちか?」


カイネが静かに問う。


「何のようだ。言っとくが、先生は反逆者なんかじゃねえぞ」


シエルが牙を剥くように凄んだ。


ジラルドは、その二人の少女を見て、わずかに眉をひそめた。

どこかで見たことがあるような気もしたが、はっきりとは思い出せない。

彼は馬から下りると、少女たちを傷つけたくない一心で諭すように言った。


「少女たちよ、退きたまえ。これは、君たちが関わるべきことではない。我々は、アデル・スターロ本人と話がしたいだけだ」

「話、か…」


カイネの目が、ジラルドの後ろに控える完全武装の騎士たちに向けられる。


「ずいぶんと物々しいお話のようで、安心できない」

「そうだそうだ!問答無用でぶっ飛ばしに来たって顔に書いてあるぜ!」


交渉は始まる前に決裂した。


カイネが、鞘から静かに剣を抜き放つ。

澄んだ金属音が不吉に響いた。


「先生に指一本でも触れるというのなら、ここが貴様らの墓場になる」


その言葉が、引き金だった。血気にはやる若い騎士の一人が侮辱に耐えかねて激昂した。


「この小娘が、何を生意気なッ!」

「待て、よせ!」


ジラルドの制止の声は、空しく響いただけだった。

騎士はすでに、カイネに向かって剣を振りかぶり、斬りかかっていた。


次の瞬間、その騎士は、自分が何をしたのか、何をされたのかも理解できないまま、地面に崩れ落ちていた。

カイネは、一瞬で懐に潜り込み、剣の柄で鳩尾を、さらに返す攻撃で首筋を正確に打ち抜き、完璧に意識を奪っていた。


「なっ…!?」

「今、何が…!」


どよめく騎士団を前に、ジラルドですら、その神速の動きを目で追うのがやっとだった。

それを見て、シエルがニヤリと不敵に笑う。


「おいおい、抜け駆けはずるいぜ、カイネ!あたしの相手はどいつだ?」

「後方の重装部隊を頼む。足止めを」

「へいへい、お安い御用だ!」


シエルは言うが早いか、近くに打ち捨てられていた荷馬車の残骸――大人二人でも持ち上げるのが困難なほどの木材の塊を、片手で軽々と持ち上げた。


「な、なんだあの馬鹿力は!?」

「俺の相手は、そっちのデカブツどもだ!まとめてかかってきな!」


砲弾のように投げつけられた木材の塊に、聖騎士団の隊列は轟音と共に崩壊した。


「うわあああっ!」

「避けろ!」


ジラルドは、信じられない光景を前に愕然としていた。

なんだ、この少女たちは。これが、人間の強さだというのか。


「全軍、戦闘態勢!だが殺すな!制圧を目的とせよ!」


悲鳴に近いジラルドの号令が飛ぶが、もはや手遅れだった。


カイネは疾風となって騎士団の中を駆け巡る。

彼女の剣は決して刃を使うことはない。しかし、その峰打ち、柄での打撃は、的確に騎士たちの鎧の隙間を突き、急所を打ち抜き、一人、また一人と戦闘不能にしていく。

聖騎士たちが誇る鉄壁の連携剣術は、たった一人の少女の前で、脆くも崩れ去った。


「くそっ、攻撃が当たらん!」

「速すぎる!どこにいる!?」


一方のシエルは、まさに人間台風だった。


「邪魔だ、どけぇっ!」


彼女は騎士たちの剣を素手で受け止め、へし折り、分厚い鎧ごと殴り飛ばす。

その拳の一撃は、軍馬すらも怯ませ、後ずさらせるほどの威力を持っていた。


「ぐはっ…!鎧が…意味をなさない!」

「こいつら、本当に人間か…!?」


王国最強。王都の守護者。

その長年培ってきた自信とプライドは、たった二人の少女によって、この日、木っ端微塵に打ち砕かれた。


やがて、悲鳴と金属音が止んだ時、その場に立っているのは、ジラルドただ一人になっていた。

周囲には意識を失い、あるいは動けずに呻く部下たちが転がっている。

だが、死者は一人もいない。

相手は、最初から殺す気などなく、ただ無力化することだけを目的としていたのだ。

その圧倒的な実力と手際の良さに、ジラルドは背筋が凍るのを感じた。


カイネが、血振りをするように剣を軽く振ると、静かにジラルドの前に立った。


「…団長、あなたが最後だ」


ジラルドは覚悟を決め、剣を構えた。

聖騎士団長として、ここで引くわけにはいかない。


「…参る!」


火花が散る。

しかし、数合打ち合っただけで、ジラルドは絶望的なまでの実力差を痛感させられた。

技術、速さ、太刀筋の読み、全てにおいて、目の前の少女が自分を遥かに上回っていた。


(速い…!太刀筋が全く読めん!これが、この小娘の本当の実力…!)


キィン!と甲高い音を立てて、ジラルドの愛剣が宙を舞った。

勝負は決した。


ジラルドが、敗北を認め、膝をつこうとした、その時だった。


「やめろーっ!みんな、やめてくれーっ!」


場違いなほど切羽詰まった声が響き渡る。


見れば、アデルが炊き出しで使っていたお玉を握りしめたまま、息を切らして駆けつけてくるところだった。

彼は、倒れ伏す聖騎士たちと、ジラルドの前に立つカイネとシエルを見て、何が起こったのかを瞬時に察し、顔を青くした。


「ジラルド…!?それに、カイネ、シエル…!なんてことを…!」


事態は、彼が最も恐れていた、最悪の方向に進んでいた。


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