第19話 豪華すぎる食事
作戦会議の心労から、アデルはアジトのリビングのソファで、つい、うとうとと眠ってしまっていた。
どれくらい眠ったのか、ふと目を覚ますと、辺りには信じられないほど芳しい香りが立ち込めている。
食欲をそそる肉の焼ける匂い、魚介の濃厚なスープの香り、甘く香ばしいパンの香り。
アデルが、眠い目をこすりながらダイニングの方へ向かうと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
巨大なダイニングテーブルの上には、王侯貴族の晩餐会でもお目にかかれないような、豪華絢爛な料理の数々が、所狭しと並べられている。
七色に輝く巨大なエビ、黄金色のオーラを放つキノコのポタージュ、銀色に輝く魚のムニエル、そして中央には、人の頭ほどもある、見事な霜降りのステーキが鎮座していた。
「あら、先生。お目覚めになりましたか」
厨房から現れたアブリルが、にこやかに微笑んだ。
彼女の清楚なエプロン姿は、非常に様になっている。
アデルは、目の前の料理を指さし、呆然と尋ねた。
「ア、アブリル…これは、一体…?どこからこんな食材を…?」
「うふふ。私の部下たちが、少々頑張ってくれまして。先生のためなら、と喜んで」
アブリルは、事もなげに答える。
アデルが席に着くと、早速、ヒロインたちによる仁義なき料理アピール合戦が始まった。
ドッゴォン! という轟音と共に、カイネが大皿に乗った豪快な猪の丸焼きをテーブルに叩きつけるように置いた。
「先生!これは、私が先ほど裏の森で仕留めてきた猪です!新鮮さは保証します!私の分隊では、これが一番のご馳走なのです!さあ、存分に召し上がってください!」
次に、チナツが、繊細なガラスの器に入ったスープを、魔法でふわりと浮かせながらアデルの前に差し出した。
「先生、私の料理をどうぞ。これは、魔法で素材の旨味を再構築した究極のコンソメスープですわ。カイネさんのような、ただ焼いただけの野蛮な料理とは違いますのよ」
「なんだと!?」
続いて、シエルが大きな籠いっぱいに、豪快に手でちぎられた野菜を持ってきた。
「先生!見た目は悪いかもしれねえが、愛情だけはたっぷり詰まってるぜ!俺がそこらの畑から満遍なく引っこ抜いてきた、とれたてだ!」
そして最後に、アブリルが完璧な焼き加減の飛竜のサーロインを切り分けながら、優雅に微笑んだ。
「先生、どうぞ。メインディッシュでございます。最高の食材を、最高の技術で調理いたしました。皆様の愛情も素晴らしいですが、やはり、食事は質で決まりますわよね」
四者四様の料理がアデルの皿に、断る間もなく、次々と盛られていく。
アデルの皿は、あっという間に食材の山と化した。
アデルは、ここ数年で年老いた自分の胃の限度を知っていた。
その胃袋にとって、いきなりの豪華すぎる食事は、あまりにも負担が大きすぎた。
しかし、目の前で「さあ!」「どうぞ!」「食ってくれ!」「召し上がれ!」とキラキラした瞳を向けてくる四人の教え子たちを前に、「食べられない」とは、口が裂けても言えなかった。
「う、美味い…美味いぞ、みんな…」
アデルは、顔を引きつらせながら、料理を口に運んだ。確かに、どの料理も絶品だった。だが、それぞれの個性が強すぎた。
カイネの猪肉は、生命力に溢れすぎていて、一口食べるだけで力がみなぎりそうだが、胃には重い。
チナツのスープは、複雑な旨味が脳を直接刺激するようで美味しいが落ち着かない。
シエルの野菜は、土の味が力強く、素朴の味で口が渇く。
アブリルのステーキは、口に入れた瞬間とろけるが、その脂がダイレクトに胃を攻撃してくる。
「先生、こちらも!」
「先生、おかわりはいかがですか?」
「まだまだあるぜ!」
「パンも焼き立てです」
半ば強制的に皿に追加される料理の量に、彼の胃は早々に悲鳴を上げた。
それぞれの愛情が、物理的な重さとなって、アデルの消化器官にのしかかる。
彼は、脂汗を流しながら必死で笑顔を保ち続けた。
なんとか、地獄の晩餐会を乗り切った(と思い込んだ)アデルは、食後のデザート(妖精蜂のハチミツがたっぷりかかった特大ケーキ)を前に、ついに意識が遠のきそうになっていた。
彼の顔色は、土気色を通り越して、青紫色に近い。
一方、少女たちは、アデルが自分たちの料理を「美味しそうに」平らげてくれたことに、大満足だった。
「ふふ、先生、私の料理を一番気に入ってくださったようですね。何度も頷いていらっしゃいました」
「いいえ、私のスープを飲み干した時の、あの恍惚とした表情、見間違いようがありませんわ」
「いやいや、俺の野菜を食ってる時が、一番いい顔してたぜ!『力が湧いてくる』って言ってたしな!」
「皆さん、お黙りなさい。先生が、最後に手に取ろうとしていたのは、私のステーキでした。無意識に本能が求めていたのですよ」
自分たちの手料理で、アデルがすっかり元気になったと信じて疑わない彼女たちは、互いにマウントを取り合いながらも、幸せそうな表情を浮かべていた。
その傍らで、アデルが、胃もたれと胸やけのダブルパンチで、静かに椅子からずり落ち、テーブルの下でダウンしていることに誰も気づいてはいなかった。
彼の小さな呻き声は、彼女たちの楽しげな会話にかき消されていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。