第17話 アデル先生救済作戦会議

元教え子四人が集結した翌日、アブリルが用意した作戦会議室で、「第一回アデル先生救済作戦会議」が厳かに開催された。

部屋の中央には、王都の精巧な立体地図が置かれた巨大な円卓があり、その上座に、アデルは「議長」として座らされていた。

形の上では、彼がこの会議の最高決定権者であるはずだった。


「えー、それでは、これより会議を始めます。まず、議題だが…」


アデルが、乗り気でないままおずおずと口火を切ろうとした、その瞬間だった。


「はい!議長、発言の許可を!」


カイネが、軍人のように背筋を伸ばし、素早く挙手してアデルの言葉を遮った。

そして許可を待たず、立ち上がって立体地図を指し示す。


「まず、現状の戦力分析と、作戦目標の確認から入るべきです。目標は二つ。第一に、国王及びルキオン王子の身柄確保。第二に、先生を陥れた奸臣たちの粛清。異論は認めません」


カイネはそう言うと、懐から取り出した駒を地図の王城の上に置きながら、淀みなく語り始めた。アデルが何かを言う隙は、もはやどこにもなかった。

会議は、開始わずか数秒で完全に教え子たちのペースで進み始めた。


カイネの提案を皮切りに、四人の少女たちは、次々と過激な報復案を提示し始めた。


「作戦はこうです。私の国境警備隊精鋭三十名が陽動として王城の正門を強襲。敵の意識がそちらに向いた隙に、私とシエル殿が別動隊として城壁を越え、内部に突入。玉座の間を制圧します。所要時間は、半日もあれば十分でしょう」

「おう、殴り込みなら任せとけ!国王の胸ぐら掴んで、先生に土下座させるまで、俺の拳は止まらねえぜ!」

「お待ちになって。物理的な制圧は、あまりに芸がありませんわ。脳まで筋肉ですの?」


チナツが、カイネとシエルを鼻で笑う。


「私が開発した広域精神感応魔法『マインド・ディスターブ』を使えば、王都中の民衆に、王政への怒りと不満の感情を植え付けられます。民衆が、自らの手で腐敗した王政を打倒する…その方が、物語として美しいでしょう?」

「まあ、皆様、血の気が多いこと。もっとエレガントに参りましょうよ」


今度はアブリルが、優雅に扇子を広げた。


「私が持つ情報網を使えば、王族や貴族たちのスキャンダルなど、腐るほど探し出せます。横領、不倫、出生の秘密…。それを各国の情報屋や吟遊詩人にリークし、彼らの社会的信用を完全に失墜させるのです。死んだも同然の抜け殻になったところを、私が裏から支配すれば、この国は静かに、そして平和になりますわ」


「ま、待て、みんな!なんだその物騒な話は!王国を滅ぼす気か!俺は、ただ誤解を解きたいだけで…!」


アデルが必死に声を上げるが、議論に白熱している四人はまるで彼の声が聞こえていないかのように話を続けていく。


「ふん、まどろっこしい!」

「いえ、それが最も確実ですわ」

「殴り込んだ方が早い!」

「美しくありませんわ!」


議論は、さらにエスカレートしていく。

四人は、いつの間にか互いの案を組み合わせ、より完璧で、より過激なプランを練り始めていた。


「カイネさんの武力制圧は、私の幻術魔法による兵士の無力化と組み合わせれば、より被害を少なく、迅速に行えますわね。眠らせるか、同士討ちさせるか、どちらがお好みで?」

「なるほど。アブリル殿の情報で、城内の警備が手薄になる時間とルートを特定できれば、さらに確実性が増すな。参考にしよう」

「その間に、シエルさんには、街で食料の配給などを行っていただきましょうか。革命には、民衆の支持が不可欠ですわ」

「おう!ついでに、ふんぞり返ってる悪徳商人から奪った金もばら撒いてやるぜ!義賊の登場ってわけだ!盛り上がるぜ、こりゃあ!」


王城制圧、民衆扇動、情報操作、経済支配。

彼女たちは、楽しそうに、きらきらと目を輝かせながら、完璧な国家転覆プランを完成させていく。

その光景は、アデルにとって悪夢以外の何物でもなかった。


「いい加減にしろぉっ!!」


アデルは、ついにテーブルを力強く叩いた。


「俺は!そんなことは望んでいないと言っているだろう!」


その声に、四人は初めて一斉にアデルの方を向いた。

一瞬の静寂。

しかし、その後は四人同時に、にっこりと花が咲くように微笑んだ。


「先生、ご心配なく」

「全て、我々にお任せください」

「先生は、ただ玉座にお戻りになるだけでよろしいのですわ」

「俺たちが、アンタのために、最高の国を作ってやるからな!」


致命的な勘違いだった。

彼女たちは、アデルが自分たちの計画の危うさを心配してくれているのだと、心の底から信じきっていた。

アデルの真意は、一ミリも伝わっていなかった。




* * *




「よし、では作戦の第一段階として、まずは王城への潜入と、内部情報の収集から始めましょう」

「ええ、それが合理的ですわね。警備体制、兵士の配置、奸臣たちの動向を探る必要があります」

「潜入任務か…誰が行く?」

「私が行きますわ。私の変装術と魔法があれば、誰にも気づかれません」

「いや、俺が行く!壁だろうが天井だろうが、気合で乗り越えてやるぜ!」

「いいえ、私が。先生のためならば、この身、いくらでも危険に晒しましょう」

「皆さん、落ち着いて。ここは適材適所です」


アデルが何かを言う前に、話は勝手にまとまっていく。もはや、彼にできることは何もなかった。

アデルは、議長席の椅子に深く沈み込むと、両手で顔を覆い、そのままテーブルに突っ伏した。


「もう、だめだ……おしまいだ……」


彼の小さな呻き声は、今後の潜入計画について、熱く、そして楽しそうに語り合う少女たちの声にかき消された。

彼の望む平和的解決への道は、果てしなく遠い。

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