捨てられたロボットと海の少女の話
しゃも
本編
静かな湖岸に、人影が一つ。
そこは、とてもこの世の物とは思えない様な美しい場所だった。
白い砂浜に、可憐なピンク色の二枚貝。透き通った海は、夜の闇に染められていた。水面には大きな満月が反射し、光がきらきらと揺らめいていた。
冬だからか、やけに星が綺麗に見えた。しかし、その人影は何も感じないという風に、無表情だった。
その人は一歩、足を引きずりながら歩みを進めた。水はパシャリと音を立てて、不規則な波を作り出す。
この張り詰めた空気の中で、その人影だけが異彩を放っていた。それの顔は酷く精巧に作られていたが、その目に生気はない。
左半身は服が、髪が、皮膚が裂けて、鉄の骨格が剥き出しになっている。いくつもの配線が身体からとび出し、火花を散らす。
それは、非常によくできたロボットだった。
それは、また一歩、一歩と踏み出し海を切り裂いて行く。水深はどんどん深くなり、遂に膝下まで浸かってしまった。
空気が、水が、身体が冷たい。それが不思議と心地よかった。こんな綺麗な景色と一つになれたら、どんなに素敵なことだろう。
もう一歩、踏み出したその時。
「何、してるの?」
後ろの正面、きっかり六時の方角から軽やかな声が跳ねて来た。
ぎ、ぎ、ぎ。それは不恰好に首を回すと、まだ見える方のレンズで、声の主を映し出した。
そこには、少女が立っていた。長い黒髪が風に揺れて、月明かりを乱反射している。
「沖に行ったら、溺れちゃうよ」
少女は無垢な瞳と鈴の音がなるような声でそう告げる。まるで、何かの歌を聞いているみたいで、心地いい。
「…」
しばらく、沈黙が続いた。少女はその間一言も発さず、それが口を開くのを辛抱強く待っていた。波の音が二人の間を駆け抜けている。
「…わ私は、壊されるために生み出されました」
ずっと長い時間をかけて、ロボットは、少女とは対照的に無機質な機械音で言った。それも、ノイズが入り混じって酷く聞き取りにくいものだった。
「ごごご主人様から、もう用済みだから、処分されろとのめめ命令がありました」
「だから、ここへ来たの?」
それは何も言わずに、無言で首を縦に振った。少女は相変わらず歌うように続ける。
「…でも、用済みになったんなら、前のご主人様の命令を聞く必要は無いんじゃない?」
少女は少しいたずらっぽく笑う。ロボットは何か考え込むようにレンズを逸らした。
「そそそうですね。しかし、わ私は命令で動きます。ご主人様に捨てられた今、私はどこへ行けばいいか分かりません」
そう言うと、それは踵を返して、また一歩海へと踏み出した。
「っ待って!」
少女は、初めて大きな声を上げると、それに向かって駆け出した。綺麗な砂浜に、小さな足跡が点々と刻まれた。
「待って、待ってよ」
少女はそのままの勢いで、海に足をつけた。跳ねた水が光に照らされ、宝石のように輝いて見えた。
背の低い彼女にとってこの海は少し深く、かなり濡れてしまっていた。真っ白なワンピースが、水に浸かって水面下でなびいている。
ロボットは、まさか少女がここまで来るとは思わなかったのか、固まってしまった。少女はその手を取って、軽く引いた。
「じゃあ、私がご主人様になって、私に命令してあげる」
少女はそれを真っ直ぐに見上げて、目を合わせようとした。
「死ぬくらいなら、私のために生きてよ」
ロボットもそれに答えるように、そちらを向いた。その瞳には宇宙が映っていた。
「…いいよ」
それは初めて不恰好な笑顔を見せて、少女に笑いかけた。少女も満足そうに屈託の無い顔で笑う。やけに冷たい風も、今だけはふさわしかった。
月明かりだけが、二人の姿を照らし出していた。
捨てられたロボットと海の少女の話 しゃも @Yawa0125
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