第2話【取ります大型免許!!】
腹を抱えて笑い転げていたおっさん達も、やがて落ち着きを取り戻し、汗を拭いながら茶をすすっていた。源さんが、まだおかしそうに肩を震わせながら言った。
「いやしかし、あづさちゃんのその根性、どっから湧いてくんねん。看護師さんからいきなり大型トラックやなんて、普通は考えもせんやろ」
その言葉に、あづさは遠い目をして、ふっと息を漏らした。
「そやけどな、源さん。うちかて、最初からこんな鉄の塊が好きやったわけやないんどすえ」
どこか懐かしむような響きに、おっさん達は黙って耳を傾ける。あづさは、指先の泥をいじりながら、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
あれは、二年ほど前のことやろか。
白衣を脱いで、途方に暮れてたうちが、なけなしの金で買ったリクルートスーツを着て、とある運送会社の事務所のドアを叩いた時のことどす。
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「失礼します」
安っぽい合板のドアを開けると、タバコと芳香剤の匂いが混じった空気がむわりと頬を撫でた。壁には安全運転のスローガンと、トラック野郎たちの集合写真が貼られている。隅の応接セットに促され、緊張で汗ばむ手で履歴書を差し出した。
目の前に座る恰幅のいい社長は、腕組みをしながら「ふむ」と唸った。
「履歴書、見せてもらいました。山本あづささん、ね。…ほう、元看護師さんか。立派な仕事やないの。なんでまたウチみたいな、むさ苦しい運送屋に?」
「はい。心機一転、何か人の役に立てる、違う仕事がしてみたいと思いまして」
ありきたりの答えだった。本当は、夜勤のストレスと人間関係に疲れ果て、ただ逃げ出しただけだったけれど、そんなことは言えない。
社長は人の良さそうな笑顔で頷いた。
「なるほどなあ。まあ、縁の下の力持ちって意味では、ウチも負けへん仕事やからな」
社長は履歴書に視線を落としたまま、続ける。
「事務所勤務でええんかな?電話番とか、伝票の整理とか。経験なくても、まあ女の子やったらすぐ覚えられるやろし」
その言葉に、あづさは少し眉をひそめた。「女の子やったら」。まるで、それしかできないと決めつけられているような響きだった。
「いえ、あの、できれば運転の方を…」
言いかけたあづさの言葉を遮るように、社長は顔を上げて、からからと笑った。
「運転?あんたが?冗談きついで、お嬢ちゃん」
そして、悪気のない、父親が娘に言い聞かせるような口調でこう言ったのだ。
「女性でドライバーってのもねぇ。夜道は危ないし、荷物の積み下ろしは力仕事や。男の世界やで、ここは。事務なら席あるけど、どうする?」
その瞬間、あづさの中で何かがぷつりと切れた。
看護師の世界だって、同じだった。力仕事も、夜勤も、精神的なプレッシャーも男女関係ない。それなのに、どこかでいつも「女だから」という見えない壁を感じてきた。患者の家族から「若い女の看護師さんじゃ不安だ」と言われたことも一度や二度じゃない。
また、ここでも同じなのか。
この人は、うちの何を見て「できない」と決めつけるのか。
この、細い腕か。おとなしそうな顔か。履歴書に書かれた「看護師」という経歴か。
悔しさが、ふつふつと腹の底から湧き上がってきた。それはやがて、冷たい炎のような決意に変わった。
黙り込んだあづさを、社長が不思議そうに覗き込む。
「…どないしたん?」
あづさは、すぅ、と息を吸い込むと、背筋を伸ばし、社長の目をまっすぐに見据えた。さっきまでの頼りなげな雰囲気は、もうどこにもなかった。
「社長」
凛とした声に、社長が少し驚いたように目を見開く。
「うち、トラックに乗せてもらいます。大型の免許、すぐに取ってきますさかい」
その言葉は、もうお願いではなかった。宣言だった。
「ほんで、牽引もフォークも、仕事に要るもんは全部取ります。男の人にできることで、うちにできひんことなんて、あらしまへん」
あっけにとられる社長を前に、あづさは静かに、しかしはっきりと言い切った。
「見ててください。うちが、この会社のエースになったりますさかい」
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