重機オペレーターあづさの、旦那(の病院)建てます日誌
志乃原七海
第1話【パワーショベル】
夏の陽射しが容赦なく照りつける昼下がり。土埃とディーゼルエンジンの匂いが混じり合う造成地に、甲高い金属音と重低音が響き渡っていた。
その中心で、巨大な黄色のパワーショベルが、まるで自らの腕のようにアームを操っている。掘り起こした土砂を正確にダンプの荷台へと流し込む様は、熟練の職人技そのものだ。
「よっしゃ、あづさちゃん、昼にしょか!」
拡声器から飛んできた親方の声に、パワーショベルの動きがぴたりと止まる。運転席のドアが開き、ひらりと地面に降り立ったのは、作業着にヘルメット姿の若い女だった。山本あづさ、23歳。汗で張り付いた髪をかきあげると、泥の跳ねた頬に白い肌がのぞく。
休憩所のプレハブ小屋で、ヘルメットを脱いだあづさが缶コーヒーを開けると、現場の古株である源さんたちがニヤニヤしながら取り囲んだ。
「あづさちゃん、ほんま大したもんやで。その細腕のどこに、あんな鉄の塊を操る力があるんや?」
源さんが、節くれだった指で自分の腕を叩きながら感心しきりに言う。あづさは、ふぅ、と小さく息をつくと、涼しい顔で答えた。
「力やのうて、コツですわ。源さん」
おっとりとした京都訛りが、むさ苦しい男たちの間にふわりと広がる。そのギャップがたまらないのか、おっさん達の顔がさらに緩んだ。
「それにしても、ようこんなキツい仕事やろう思うたな。前は看護師さんやったんやろ?白衣の天使様が、なんでまた油と泥にまみれて」
別の男が茶々を入れると、あづさは缶コーヒーを一口すすり、こともなげに言い放った。
「金や」
きっぱりとした物言いに、おっさん達が一瞬きょとんとする。
「金。それしかないですやろ。人の命預かって、夜勤もこなして、人間関係で神経すり減らして…。そんで手元に残るもんは、すずめの涙。割に合わしまへんわ」
あっけらかんと言い切るあづさに、おっさん達は顔を見合わせて笑った。
「そりゃあ、まあ、そうやけども!」
「あづさちゃんが言うと、身も蓋もねえなあ!」
ひとしきり笑った後、源さんが「せやけど」と話を続けた。
「こっちの世界も、資格あってのもんやろ。よう取ったなあ、ショベルの免許」
「ええ、まあ」
あづさは少し得意げに胸をそらした。
「聞けば、とにかく資格や、て言われましたんで」
「ほう、他にもなんか持っとるんか?」
「ええ、まあ、一通りは」
あづさは指を折りながら、こともなげに数え始めた。
「まず、普通免許取ってから、すぐに大型取って。ほんで、現場入るなら要るやろって、牽引も」
「おいおい、トレーラーまで運転できんのか!」
おっさん達がどよめく。だが、あづさの“資格列伝”はまだ終わらなかった。
「そんでフォークリフトに、移動式クレーンと玉掛けはセットやし。あ、もちろん、今の車両系建設機械の免許も」
「……」
次から次へと繰り出されるガテン系の資格に、さしものおっさん達も唖然とし、プレハブ小屋に奇妙な沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、源さんの震えるような声だった。
「…おま…お前、一体、何になろうとしとんねん!」
その一言が引き金だった。
「ぶははははっ!」
「アカン、腹痛い!」
「資格コレクターか!」
「男でもそんだけ持ってるやつ、おらんで!」
おっさん達は腹を抱え、涙を流して笑い転げた。その大爆笑の真ん中で、あづさは少し頬を赤らめながらも、満更でもないといった顔で缶コーヒーをすすっている。
「か弱い女の子や思うてた俺らがアホやったわ!」
「あづさちゃんは、重機動かすターミネーターやったんや!」
やがて休憩終了のサイレンが鳴り響く。
「ほな、もう一稼ぎしてきますわ」
あづさはそう言うと、空き缶をごみ箱に放り込み、再び戦場へと向かっていく。
その後ろ姿を見送りながら、源さんがぽつりと呟いた。
「…たいしたタマやで、ほんまに」
その言葉に、周りのおっさん達も深く頷く。
やがて、巨大なアームが再び唸りを上げ始めた。土埃の向こうで、華奢な身体に鋼の魂を宿した京都女が、今日も「金のため」に鉄の獣を乗りこなしている。
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