第9話
私は話した。
美奈が壁に吸い込まれてから、自分がこの空間についての研究を始めて、十年経ったこと。
そして今、ここに来て美奈に会えたこと。今の私は、あれから十年経った私だということ。
「亜紀・・・」
驚きながらも、私の言うことを真剣に聞いて受け止めてくれた美奈の目がにじんで、彼女は涙をぽろぽろこぼした。
「ありがとう、亜紀、、私のために」
私は、かすかに目を伏せてうつむいた。
違う。
私のせいで。
私のせいで、こんなことになったのだ。
私のふとした悪戯心が、美奈をこんな空間に吸い込ませてしまったのだ。
私には、ありがとうなんて言ってもらう資格なんてない。・・・
私は、唇を噛んで、苦い想いを飲み込んだ。
「亜紀、それで・・・ここからはどうやってもとの所に帰るの?」
涙を拭いて、美奈が問いかけた。
「そうね。・・・私にも確かなことはわからないけど」
私は息を静かに吸い込んで吐き、周りを見渡した。そして言った。
「今、美奈と呼び合ったときみたいに、私達が”もとの世界へ帰りたい!!”と、強く思えば、戻れるんじゃないかと思うの。
時間や、場所や・・・できるだけはっきりと思い描いて」
この考えは、何も実証があるわけじゃない。私だってこの空間に初めて入り込んだのだから、上手くいくなんて保証は全然ない。
でも、とにかくやってみないと・私達は永遠にこの空間から出られなくなってしまうのだ。
「亜紀・・・わかった。じゃあ一緒に」
「ええ。きっと二人なら大丈夫よ」
私を一途に信じきっている美奈に、私は小さく微笑んだ。
いちかばちかの選択だ。
もし・これで上手くいかなかったら?
いえ、上手くいって三次元世界へ戻れたとしても、思ったとおりの時間と場所に出られなかったら?
不安は私の中で轟々と音を立てている。でも。・・・でも!!私には確信があった。
”美奈は、元旦の朝、わたしの前に姿を現した。無事に帰ってこれたのだ”
そして、美奈は言ったではないか。
”亜紀が、呼んでくれたから”と。
「美奈。・・・今から二人で強く想うの。あの日・あの時のあの場所を。
時間は、午前一時半ちょうどにしましょう。際どい時間に戻ってしまって、万がいち十年前の自分たちに鉢合わせしたらまずいような気がするから」
美奈は真剣な表情でうなづいた。
私達は、手を握り合った。目を閉じて強く願う。
帰りたい・・・帰るのよ、あの場所へ!!
突然。
私達のすぐ傍の空間が、白い光を放って渦を巻いて迫ってきた!!
美奈が、怯えと興奮の入り混じった表情を私に向ける。
私は彼女にうなづいた。
美奈はまだ知らない。これから自分の身にふりかかる「死」を。
私には言えない。話せない。
”死なせない、美奈”
死なせるものか。
そして、私達を光の渦が飲み込んでいった・・・。
~つづく~
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