第8話
私は、上も下もわからない、淡い緑色の光の中に浮かんでいた。
自分の体は「ここにある」と認識できるけれど、そこはあきらかに私の住む世界とはまったく別の世界。
おそらく異次元空間。
なんの音もない。何もない。私はただ一人。目に映る限り、見えるものはその光だけ。
でも、なぜか頭の中にはいろんな言葉?みたいなものが流れてきて・飛び交って、
それが波のように・つぶやきのように入ってくる。
これは一種のテレパシーのようなものなのだろうか?
言葉ではなく。
いろんな人の「想い」が直接頭の中に入り込んでくるみたいだ。
それは、悲しそうであり、叫びであり、助けを求める「声なき声」・・・
姿は見えないのに、無数の呼びかけが私の頭に入ってくる。
私は、じっとその「呼びかけ」に耳を済ませてみた。
ほとんどの言葉は、暗号みたいなものだったり、何処かの国の言葉らしきものだったり、
認識できても私には応えられないものばかり。
けれど、唐突に入ってきたひとつの言葉に、私は飛び上がった。
”だれか!!だれかいませんか!!・・・助けて!!”
美奈だ!!!
声が聞こえたわけじゃない。だけど私にはわかった。
その「テレパシー」を美奈が発しているということが。
”お母さん、お父さん・・・亜紀!!誰か助けて・・・”
疑いようがない、これは美奈だ!!
私は、全神経を集中して・声を上げて叫んだ。
”美奈!!美奈!! 私の声が聴こえる?亜紀よ、私よ、美奈!!”
私の声は、淡い空間に吸い込まれていって・反応がざわめきのように私の頭の中に入ってきた。
そしてその中に、はっきりとつぶやくような美奈の「声」が・・・
”亜紀?本当に亜紀?いるの、ここにいるの?!亜紀!!”
”美奈、私はここよ。きっと同じ空間のどこかにいる。もしかしたら会えるかもしれないから・・・美奈、”
”亜紀!!どうすればいいの?!ここはどこなの!!”
”美奈、私に会いたいって、強く思って。私もあなたを思うから。もしかしたら・・・波長が合えば、もしかしたら、”
”亜紀・・・、あなたのところに行きたい!!”
美奈の強い「想い」が私の頭を掠めた瞬間。
まるで風に運ばれるように、今まで何もなかった空間の彼方から美奈が現れた。
「美奈!!」
私が彼女の姿を確認すると、私達の距離は一層近くなった。
私は手を伸ばして美奈の体を捕らえた。もう、離れていかないように。
美奈は、十年前に壁の中に消えた時そのものの美奈だった。
あの時のコート。手袋。ブーツ。マフラー。十年前の、美奈。
私は胸が熱くなった。・・・しかし美奈は、とまどった表情で私を見ている。そして言った。
「あの・・・亜紀?・・・ほんとうに、あなたは亜紀なの?」
私ははっとした。
壁に吸い込まれた時の十年前の美奈だとしたら、それから十年後のこの「私」のことなど、知ろうはずもないし、想像もつかないだろう。
呼びかけ、呼び寄せられて会えた私が、彼女の知っている私でないことを、
まず私は美奈に説明しなければならなかった。
「美奈、私は亜紀よ。 これから話すこと、落ち着いて聞いてくれる?」
~つづく~
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