第1話 酔いも覚める頃
「…んぁ」
ぼんやりと視界が開ける。
自分はどこで寝ているのだろうか、体を起こそうとしたところで、ズキと頭に痛みが走った。
「…」
二日酔いか。
うまく働かない脳が、なんとか解毒魔法と状態異常回復の魔法をかけると、ぼやけていた視界も、明確な輪郭を帯びて、その子たちが見えるようになった。
…?
ソファから飛び起きて、目をこする。
そして、前を覗いてみれば、そこには。
「お、おはようございます…ご主人様」
小さな子がオドオドとそう声を上げると、後ろの子供達も続いて挨拶をする。
「…おはよう」
改めて思考を回す。
昨日は行きつけのバーに行って、王国への愚痴をポツポツとこぼして…
「…あ」
奴隷を大人買いした。
そしてすぐに引き取った後は家に帰って、それで。
今、前を向けば、そこには。
その奴隷がいたんだ。
おほん、とはじめから冷静であったように喉を鳴らす。
「…君たちには、将来私の婿になってもらいたい」
魔女は、早速購入した理由を彼らに説明する。
1人寂しくバーでお酒を飲んでいる日々にはうんざりだった。
「だが、別に全員がそうなるわけじゃない」
そう、奴隷は逃げ出したり自分の好みに育たないことも多々ある。
魔女はそれを見越して、奴隷をたくさん購入したのだ。
指を立てる。
「1人だ」
「1人でいい。私に命を捧げて、私の世話をして、私を愛すんだ」
主人に口答えは許されない。
この大人びた口調をしている魔女と年齢差があることは疑う余地もなかったが、彼らは首を縦に振るしかなかった。
が、1人、こう声を上げた。
「あのう…婿になれなかったモノはどうなるんでしょうか?」
彼らの目は、薄く汚れた体に反して、強く光っている。
成長途中のその華奢な存在。
しかし、薪を焚べれば今すぐにでも牙を剥けそうなほどの生命力を感じさせた。
「…?」
魔女はそんなことを一切悟ることができなかったので、素知らぬ顔を傾けるだけ。
「特段、何もしないが?」
「な、何もしないとは?」
食事や衣服などもろくに与えられずのたれ死ね、ということなのだろうか。
「いや、好きに育ってくれ。買ってしまった以上は、最低限の面倒を見るつもりではあるが」
「…わかり、ました」
いけない。
もしや何か間違ったことを言ったのだろうか、と魔女は悩んだ。
もとより裕福な家庭に生まれたわけでも、地位や身分が高いわけでもなかったのだから、それが子供の奴隷にさえ透けて見えるのは少々癪にさわる。
いや、なにより恥ずかしい。
「ありがとう、ございます…」
返ってきたのは、感謝の言葉であった。
奴隷とはいえ子供に強く当たることは、曲がりなりにも持っている罪悪感によって心が抉られることとなる。
どうやら発言に問題はなかったようで、そのようなことをする必要はないと魔女は安堵した。
「その、名前は…」
そう問われ、魔女は少し逸らしていた目をその少年の顔に向けた。
緋色の髪はボサボサながらに、輝きを帯びている。
エメラルドのような透き通った瞳と、サファイアのような熱を感じさせる瞳が、淡い光を彼女に送っている。
対する彼女の瞳は、輝きを帯びていなかった。
表情は鉄のようにピッシリと固まっていて、動かない。
しかし、綺麗だ。
光さえもその目を通り抜けてしまいそうなほどに、臼浅葱の色をした瞳がまるでお人形のように組み込まれていた。
特段手入れもされていないように感じられる伸び切った髪は、強い黒色に染められており、漆黒と表現するのが正しいだろう。
膨らみのない体つきから見れば年を食っていないようにも感じられるが、冷然とした喋り方に加え、それがエルフの血を継いでいる証拠であるツンと尖った耳がそれを否定した。
「…名前か」
魔女は、少々思い悩んだ。
彼女を産んだ親は、つけた名を彼女が知る前に消えた。
どこかでその命の灯火が潰えそうになっていたその時、貧しくも心優しい人に拾われる。
しばらくすれば魔法の力で様々なことができるようになっており、拾ってくれた人の村の仕事を手伝うこととなった。
当時からついた名前は「クロガネ」
その頃から魔女の表情は鉄のように変化しなかったのであり、それが由来なのである。
(いやそんな由来の名前をこれから奴隷に呼ばせるのは困る…)
奴隷として買ったものに、自分の変な呼び名を使わせるのは少し、抵抗があった。
「好きに呼べ」
「…承知しました」
彼らは深々と礼をした。
とりあえず、王国に与えられた無駄に広い家がやっと有効活用できる。
ゆっくり、待とう。
二度とヤケ酒なんてするものか、とそう考えながら、魔女は彼らの世話をする準備をし始めたのだった。
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