背中を押す言葉
アンディーナ騎士団の西側詰め所に呼び出しを受けたシェダとタラゼドが駆けつけ、その応接室にて笑顔で座るレビアがタラゼドと顔を合わせる。
「お久しぶりですね陛下」
「陛下はやめてください、今は、レビアというあなたとかつて旅をした仲間と思ってください」
「わかりましたレビア。ところで、エルクリッドさんは何でうずくまってるんですか?」
微笑むタラゼドが部屋の隅で膝を抱えどんよりとした空気を漂わせながら座るエルクリッドに気がつき、それにはちょっとねとレビアは言いながらまだ腫れの残る頬を触り、タラゼドもそれを見て納得しつつシェダと共に空いてる席についた。
「エルクリッドもそこにいないで座ったらどうだよ、そのままなのも失礼だろ」
「ダッテオウサマナグッタシ、アタシモウイキテケナイ……」
シェダに促されるもさらに気を落としながら片言気味にエルクリッドは返し、それを流石に見兼ねレビアが助け舟を出す。
「気にしなくていいよ、反省してるならむしろ向き合ってほしいな」
穏やかなその言葉にようやくエルクリッドは動き、身体を縮こまらせながら空いているレビアの正面席に座る。
水の国アンディーナ国王レビア・アンディーナ・エノスミ。若くして即位した王であり、十五年前にタラゼドと共に旅をした仲間の一人であり火の夢の事件を見届けた生き証人たる存在だ。
王族らしい気品ある雰囲気はありながらも気さくに、穏やかな空気を纏うレビアにはノヴァも想像していた人物像と異なるのを感じ、エルクリッドもまた少しずつ肩の力を抜きながら目の前のティーカップを手に取り紅茶を一口飲む。
「ほんとにごめんなさい、あたし……」
「まぁ、不審者と思われる事してたのはボクの方だから……それに、タラゼドさんもだし、クロスさんの弟子とその仲間、リオさんが同行した理由みたいなのもこうして対面してわかる気がするよ」
穏やかに振る舞うレビアであったが、こほんとわざとらしくリオが咳払いをし無言の圧をかけ、それには苦笑せざるを得なかった。
リオもまた、呆れながらも騎士団に赴いた時にレビアが抜け出てた事を聞いたのや、その為に奔走していた事を明かす。
「団長に会いに行って話を聞いた時は肝を冷やしました。レビア様はもっと立場というものをお考えください、我々騎士団が常に目を光らせてるとはいえ、何かあってからでは遅いのですよ」
「反省してるよ、ほんとに申し訳ない」
本当に反省してるのかと疑いの目をリオが向けつつそれを流すようにレビアは微笑み、そのやり取りにタラゼドがクスッと笑いながらかつてを思い返す。
「そういうところは変わっていませんね。確かクロスについて行った時も事後承諾だったとか」
そうですねとレビアが答えるとよりいっそうリオの眼差しが鋭く刺さり、流石のレビアも苦笑いしつつ紅茶を飲み誤魔化すように目を逸らす。
エルクリッドも断片的に師クロスの仲間との旅路の事は聞き及んでいる。水の国にて開かれたリスナーの大会において無名のリスナーだったクロスが優勝を果たした事、その腕を見込まれ国専属リスナーに誘われたが断った事、そしてそんな彼に押しかけ弟子の形でレビアが同行した事を。
(王様若いな……あたしにとってのノヴァみたいな感じ、かな?)
青年らしさを残すレビアと一回り程の歳の差というのをエルクリッドは感じつつ、ノヴァも成長すれば似たようになるのかと思うと不思議なものを感じた。師の仲間が弟子と会い似たような存在が傍らにいる、師が師ならば弟子も弟子というのを思える。
そんな事をエルクリッドが思っているとそれで、とタラゼドが話を切り出し眼鏡の位置を整えながらレビアを見つめながら問いかけた。
「何故また一人で外に? リオさんの言うように何かあってからでは遅いですし、それがわからないあなたではないはずですが……」
改めて問われた理由にレビアは小さく息をついて椅子に寄りかかると、天井を見上げ言葉を選ぶように穏やかに、懐かしむように答えていく。
「街の賑わいを見てて、ちょっと昔を思い出したんです。クロスさんが初めてこの街に来て出会った日の事を、あの人やルイさん、タラゼドさんにカラードさん……辛い事も楽しい事もあった日々の事を、そしたら自然と一人で外に出てしまいました」
その変わらぬ純粋さにタラゼドは思わず笑みをこぼしながらも、眼鏡を光らせつつぐっと言葉が溢れるのを我慢しつつそうですかと冷静に答え、一方で王らしからぬ真っ直ぐすぎる眼差しには仕えるリオは思うものがあったのか少し落ち着いた様子を見せていた。
王という立場は重責そのもの、自由もない立場でもある。それを承知で出たくなる程に街の賑わいは輝いて見えていた、かつての旅を思い返す程に。
「事情はわかりました、わたくしからも先王様や大臣様にお話をしましょう。ですが今後は護衛の一人くらいはつけるようお願いします」
「気をつけますタラゼドさん、リオさんにも気苦労かけてしまって申し訳ない……」
いえ、とリオが返すのを見てタラゼドは何かを閃いたのかクスッと小さく笑みを浮かべ、やり取りを見守っていたエルクリッドら三人はそれに気付き、次いでタラゼドがある事をレビアへと提案する。
「代わりにというのも何ですが、レビア様、一つお願いがあります。リオさんも星彩の儀を受ける了解をしていただけませんか?」
「タラゼド殿それは……」
思わずタラゼドの方へ向きながらリオが席を立つも、言い切る前にレビアがいいですよと即答し向きを王たる彼の方へと変えた。
「レビア様も! 私はあなたからの指示もありますが、一介の騎士が……」
「星彩の儀を受けるのに騎士も王も関係ないよ、分け隔てなく全ての者に平等に機会を与えるという決まりがある。それにタラゼドさんがわざわざ言うという事は、それだけあなたが無理をしてるという事……王としても、それは見過ごせないよ」
穏やかな雰囲気が一気に冷静沈着なものへ変わりながら、レビアの言葉は優しくリオの心へ突き刺さる。確かに今回の星彩の儀は全てのリスナーが受けられ身分を問わないとしており、リオも受けることはできる。
そして万が一の為にと彼女は参加証を持ち、神獣ウラナを退けた戦いを経た事で得た挑戦権も保持したままだ。
その状況で挑む気持ちはあるのに十二星召へ挑まない事がどれだけのものか、そう思ってエルクリッドがあたしからもとリオへ声をかけて振り向かせ、シェダ、ノヴァも頷く。
「やりたいのにやらないってのは良くないって思うっすよ。もちろんリオさん次第っすけど」
「僕も同じです。リオさんも素晴らしいリスナーなんですから、五曜のリスナーになれるならば目指してもいいと思います!」
「シェダ、ノヴァ……」
胸が熱くなり手を握り締めるリオがやや俯き、そんな彼女の背を押すようにエルクリッドが大丈夫ですと言い切り笑顔でさらに快活に言葉を紡ぐ。
「五曜のリスナーにならなくても良い腕試しって思えばいいんですよ! 少なくともあたしはそう思って星彩の儀を受けてます、あたしが勝ちたいあいつを越えるには十二星召全員に勝ちたい、ううん、必ず勝つんだって思ってますから」
届くかどうかわからない目標とわかっていても、それを目指すと決めて前へと進む者の言葉は前向きで明るく、道を指し示すように照らすかのように思えた。少なくともリオはそう感じ、心の中でローズ達アセスが頷くのを感じ心を決めた。
「エルクリッド……そう、ですね。わかりました、私も、此度の行事にて高みを目指します……!」
「そうこなくっちゃ! やっぱあたしとシェダだけやってて、リオさんやらないの変だったしね、良かったー」
満面の笑みを浮かべるエルクリッドにリオが微笑み応える姿に、レビアは在りし日の己とクロスの姿とを重ね合わせる。それはタラゼドも思いつつ、では、と言ってゆっくり立ち上がりその場を締めるべく言葉を続ける。
「わたくしはレビア様に付き添いますので、皆さんは先に宿に戻っていてください。もちろんエルクリッドさんが挑戦権を得る為に戦うというならそれも構いませんよ」
「はーいわかりましたー。じゃあ王様、改めて殴った事はごめんなさい、っていうのと、リオさんのことありがとうございました!」
席を立ち改めてレビアへ謝罪と感謝とをエルクリッドが伝えると、レビアもまた席を立ちどういたしましてと微笑みながら答え、タラゼドと共に城へと向かう事となった。
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