水の王ーKingー

水の都再び

 王は見守る者にして統治する者。


 王は不動にして誇り高き者。


 それを知る為に彼は旅に出た。


 それを理解する為に彼は戦った。


 今その座について思えるものがある。


 今その立場だから見えるものもある。


 でも時には、若き日を思い出して彼は城を抜け出る。


 ほんの少しの遊び心と、過去を振り返り気を引き締め進む為に。



ーー


 十二星召リリルからもてなしを受けて英気を養い、それからエルクリッド達は次の戦いの為に水の国アンディーナ首都エトモへの船へと乗った。


 エルクリッドは十二星召ニアリットとリリルを倒し二勝、シェダはニアリット戦の勝利と神獣ウラナを獲得した事で同じ数の資格を得ている。

 バエルに挑むには十二星召に勝利もしくは神獣の獲得が必要であり、最低でもあと五人は倒さねばならず神獣も四枚と絞られ先じて誰かが獲得している可能性はあった。


 もっとも十二星召全員を倒すくらいに、と意気込んでるエルクリッドにはその点はさして問題とは思っておらず、三日前に激闘をしたばかりというのに元気にエトモに向かう大型船の甲板に出て手すりに掴まりながら海風を浴び、心地良そさそうに肩の力を抜いて堪能する。


「船っていいねー、何回乗っても飽きないや」


「わかります、僕もお父様の船に乗ってて気持ちいいってなります」


 エルクリッドの傍らに寄り添うノヴァもまた満足そうな笑顔を見せ、その様子を少し引いた所で座るシェダが見つめて小さくため息をつき、休憩用の椅子に座るリオとタラゼドもまた安堵した様子でそれを眺めていた。


「エルクリッドは、やはり回復が早いですね。聞けばエルフの力とか……」


「治療の手間が減るのは嬉しい限りですが、その分無茶をしないかは注視していかないといけません。もちろんシェダさんとリオさんも無理はなさらぬようお願いしますね」


 えぇ、とタラゼドへ苦笑気味にリオは返し、シェダもわかってますよと同じように苦笑いしつつ返す。

 必然的に戦いの頻度が増えれば休息する間もなくなり、体力やカードはもちろんアセスの消耗やそれによって機会を逃す事は増えてくる。事実リリル相手にシェダはアセスの回復が間に合わないのもあった事や、エルクリッドと違い最低限の戦いをこなす事を鑑みた時に戦わない事を選んだ。


 無論それはリリルと戦う機会を別の十二星召と戦うのに回せる、ということでもある。対策をしっかり練って挑む事も戦略の一つであるし、勢いに任せ挑んでいくのも本人の判断で良い。


 やり方は自由、それが星彩の儀における大きな特徴であると言える。無論、これから向かうエトモは普段から盛んにリスナー達が競い合う場がある事から、エルクリッドは次の挑戦権の獲得にはもってこいと言える。

 同時に今現在、首都エトモに滞在している十二星召の情報も聞いており、その事だけが唯一エルクリッド達にとっては懸念材料であった。


「エトモには今、クレスさんいるんだよね……あたしあの人苦手なんだよね」


 深淵の剣士の名を持つ十二星召クレス。魔剣アンセリオンを手に自ら戦う稀有なリスナーであり、同時にその苛烈な戦いぶりは恐れ知らずというのをそのまま言葉にしたものである。


 以前一度手合わせした際も自身が傷つく事など気にする事なくとにかく前へ攻めに行き、神獣ウラナにも単身突っ込み奮戦するというまさに戦いの為に全てを捧げていると言っても過言ではない。

 それでいてただ横暴なだけではなく冷静さも兼ね備え、十二星召でも特に実力が高いと言える。反面自らを危険に晒すというのは危険がつきまとい、決して付け入る部分がないわけではないのも確かだ。


 とはいえ出会い頭に剣を抜いて切りかかるような危険な性格である事には代わりなく、リリルの話によれば挑戦権の有無に限らず片っ端からリスナーと戦い撃破しているという。


「クレスさんは確かに強いけどよ……剣を折っちまえばそれはちゃんと反射されたりするならまだいける、と思うぞ」


「まぁそうなんだけどね。でもあれだけ苛烈な戦いをされると手が止まるというか、やりづらいなぁって……でも倒さなきゃだから、頑張るけど」


 シェダに答えるエルクリッドがクレスを直接傷つける事の可能性を思い手が止まる事や、それもまたクレスなりの試し方なのだと思うようにし気持ちを切り替える。

 自らアセスを手にするという事はそれを狙いやすいとも言える。無論それを打ち破るだけの実力は必要なのだが。


ーー


 何事もなく荒天もなく順調な航海が続き船は海上都市であるアンディーナ首都エトモへと到着する。

 

 相変わらず美しい水の街としての様相と老若男女行き交う賑やかな街の雰囲気は心地良く、特に闘技場周りは熱気が遠くからでも伝わるかのよう。

 と同時に本来広場である場所に天幕が設営され数多の怪我人が寝かされ治療を受ける姿もあり、それがクレスと戦った者達の果てというのは察しがつく。


「うわぁ……なんか片っ端から倒してないあの人」


「クレス様ならあり得なくはないのが何とも言えませんね……」


 思わず口から出るエルクリッドのそれにはリオも苦笑しながら同意せざるを得ず、頷くノヴァとシェダもそれは同じである。


 とはいえエルクリッドはリリルとの戦いを経た事で再び証をもつ者達と競い合って資格を得る必要があり、まずはそれが最優先なのだが。


「それじゃあどうします? エルクさんの戦う相手探しですか? それとも宿を先にとりますか?」


 前に元気よく一歩出て振り返りながらノヴァが一行に意見を求め、それに答えようとした刹那、タンッと石畳を蹴る音と共にノヴァのすぐ後ろへ誰かが着地し素早く突き出された刃が彼女の頬を掠めながらエルクリッド達へと突きつけられた。


「戦え、今すぐに」


 凛としながらも闘志を剥き出しに鋭く睨みを効かせながらそう言い放つのは十二星召クレスその人であった。少し遅れて剣がかすめた事にノヴァが竦み上がり、慌てて隠れるようにタラゼドの後ろへ来て彼をぐいぐいと押して前へと追いやり話をさせようと促す。


「ノヴァ、落ち着いてください。クレス様も規定を守らねば流石にデミトリア様から何か言われますよ」


「強い奴を見つけ出すならば片っ端から倒せばいいだけだ」


 唯我独尊超好戦的なクレスは相手の事情など知った事ではないと言った様子であり、流石のタラゼドも苦笑しつつどうすべきかを考えてしまう。

 その間にこっそりとエルクリッドが逃げようとするもクレスが見逃すはずはなく、行く手を遮るように素早く回り込んで剣を振るい躱させながら相対する。


「とっとと私と戦え、断るなら殺す」


「そんな脅しをされましても……」


「あ゛?」


 正論に対して圧を放ってねじ伏せに来るクレスにエルクリッドは完全に押し切られてしまい、頷きかける。と、クレスが振り上げかけた剣をピタリと止めてやや俯き気味にぶつぶつ小さく何かを呟き、その後舌打ちしつつ剣を鞘へと収め肩に羽織る衣を翻しながらその場から去っていく。


 急に来て急に去る彼女行動には戸惑うしかないものの、相変わらずの好戦的っぷりにエルクリッド達は少し安心しつつ、ひとまずは宿探しから始めるのだった。

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