それは短い恋だった

雪野花恋

ちょうどいい関係

「じゃあ、またな」


 やることやったらあいつはいつもすぐに帰っていく。



 いつからだろう。彼女がいるはずのあいつとこうして体を重ねるようになったのは。


 飲み会の日、バ先の同い年だったあいつが酔っ払った真っ赤な顔で「彼女じゃ満足できないんだよね」と相談してきた。そのとき連れられたホテルのネオンがやけに魅力的に見えて、私たちは一線を越えた。



「君じゃなきゃ満足できない」


 あいつがそう言った時、ほんとは誰でもいいんでしょなんて笑ったけど、本当は、だったら私を彼女にしてよと言いかけた。


 でもあいつの彼女はコロコロ変わるから。仮に付き合えたとして、どうせすぐに別れて気まずくなって、ただの元カノの内の1人になってしまうくらいなら。



 私は今のままの関係でいたいと願ってしまった。



 彼女がいる男とそういう関係になる私は最低? じゃああいつはもっと最低だ。


 でも、2人とも最低なら私たちはかえってお似合いじゃない。



 あいつは私に彼女の話を平気でする。今度こそ運命の人だとか愛してるとか。



 だったら、私との関係をなぜ今も続けているの? その言葉は口先だけなんだろう。



 それでも、そんなあいつでも私は好きになってしまった。



 もう重症だ。でもそれでいい。それがいい。心地いい。



 今はただ、あいつの腕のなかでただ夜の闇とあいつの言葉に溺れていたいと思っていた──。



 だから、あいつの口からあんな言葉が出るとは思ってもみなかった。



「この関係、もう終わりにしたい」


 ドラマの見過ぎだろうか。私はその時咄嗟に「これからは彼女になって」と言われると勝手に思っていた。



「俺、結婚するんだよね」


 誰と? いつから? どうして?


 そんな言葉が私の頭をぐるぐる回る。本当はその全てを口に出したかった。


 でも、最後くらいカッコつけて終わりたかった。あいつ、いい女だったなって思ってもらいたかった。



 だから私は、「そう、おめでとう」とだけ言って、あいつとの最後の夜を過ごした。


 あいつは最後の夜でさえすぐにホテルを出ていった。


 愛する妻の元へむかったのだろう。



 ──あぁ、最悪だ。こんなことなら一度くらい好きだと言ってみればよかった。


 涙がぽろぽろと溢れるけど、もう遅い。



 ホテルを出ると、ネオンライトが光っていて、それがやけに目に染みた。



 もう、私は1人だ。

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