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僕には超能力がある。


超能力と言っても、空を飛んだり身体を透明にしたりするような漫画的な事は出来ない。

『物の位置を入れ替える』

出来ることはただそれだけだ。

例えばリビングにあるペンと、キッチンにあるコップの位置を指を鳴らせば入れ替える事ができる。

それぞれの物の位置を把握して頭に思い浮かべれば何でも入れ替え可能だが、別段役に立つ能力ではない。

人間同士でも出来るが、常に動いていて場所を把握しづらい生き物はやりにくい。

人間同士の入れ替えをやったのは一度だけ。

育児放棄していた両親が幼い僕と弟を置いて夜映画を観に行った際に家が火事になってしまった時、僕は自分と弟と両親の位置を入れ替えた。

それっきり。


バイト先のパチンコ屋に行くと、店長が「今日の最高気温39度だって!とろけちゃうよねぇ〜。」と薄くなった前髪に浮かぶ汗を拭っていた。

「今日も常連さんばっかりだから、焦らず丁寧によろしく!」

と、適当に中礼をする店長。

特に流行っている街でもないこの場所には、ほぼ決まった人しかやって来ない。

曜日ごとに違う台に座る客、何故かパチンコ屋で競馬新聞ばかり読んでいる客、毎日同じ台にいる夫婦、店員と話したがるおじさん、などなど。


その中で僕が気になっているのは、毎日同じ台に陣取っている派手な夫婦だ。

色黒でガタイが良く、常に他人を見下しているような態度の夫と、厚化粧過ぎて年齢不詳の妻。

バイト仲間の間では【社長】と【愛人】と呼ばれていた。

噂では子持ちで、幼い男の子が二人いるそうだが僕は見たことがない。

僕が育児放棄されていたから何となく分かるけど、この人達もマトモに子育てしていない。

幼い頃の僕と弟のように子供たちが育児放棄されてなければ良いけど。

「おい、兄ちゃん。」

ハッと気付くと【社長】が僕を手招きしてた。

「ここの台、最近調子悪過ぎじゃね?何か細工してる?俺に恨みでもあんの?」

自分が負けてると店員に鬱憤をぶつける嫌なタイプ。

「安い賃金で働いてて可哀想だよねぇ。こんな車も買えないんだもんねぇ。」

と、有名な自動車メーカーのキーホルダーが付いた車のキーを僕の目の前でゆらゆら揺らす。

別に車欲しいって言ったことないんだけど。

こんな大人にはなりたくないな。


時間が経っても店内にいる人間は変わらなかった。

僕は黙々と床の掃除をしている。

すると、床の隅に【社長】の車のキーが落ちていることに気が付いた。

面倒臭いけど届けるか。

しかし、トイレから戻る途中の【社長】と【愛人】に声を掛けようとした瞬間、二人の会話を聞いてしまい、手が止まる。


「ねぇ、車移動させなくて良いのぉ?」

「は?面倒臭ぇよ。日陰に停めたし、あいつら前も大丈夫だったし別に今日も平気っしょ。」

「あはは、死んじゃったらやばーい。」

「勝手に死ぬ奴が悪いし。」

「あはは。やばーい。」


ゾワッと一瞬にして血の気が引いた。

震える身体をどうにか抑え、ゴミを捨てに行くフリをして店外に出る。

駐車場を探し回ると、誰も来ないような駐車場の隅の目立たない場所に置かれている【社長】の車のキーホルダーと同じメーカーの車を発見した。

時間が経ち、もう車の周りに日陰はない。

エンジンもかかっていない。

恐る恐る中を覗くと、嫌な予感は的中した。

二人の幼い子供がグッタリとしている。

───早く助けないと。

急いで持っていた【社長】の車のキーを差し込もうとした時、ふと、考えてしまった。

トイレから戻った【社長】と【愛人】はまたしばらく同じ台にいる。

二人は子供の命を何とも思っていない。

ここで二人を助けても、また同じような事が繰り返される。もしかしたらもっと酷い事も。

僕は自分の両親の事を思い出した。

子供は親を選べない、よね。

じゃあ、と僕はゆっくり右手を目の前に出し、指を鳴らした。


二人の子供が、二人の醜い大人に入れ替わった。

え?という声がしたと思ったら車の中でギャアギャアと騒ぎ出す。

『ちょっと待って何これ!?暑いんだけど!?』

『おいテメェ、見てないでさっさと開けろ!』

車の中から篭った声で僕を罵る【社長】と【愛人】を一瞥し、僕は背を向ける。


今日の最高気温は39度らしい。

暑くてとろけちゃうね。




〈終〉

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